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「エンプロイアビリティ」(1) このことばも最近はめったに目や耳にしなくなったように思う。インターネ ットで検索すると何千件か引っ掛かってくるが、新しい記事は少ないようだ。 まだ「死語」とまではいえないかもしれないが、一時のブームは完全に去った ということだろうか。 この手のことばのご多分に洩れず、これもまたアメリカからの輸入だ。英語 のemployとabilityをつなげたもので、「雇用されうる能力」という訳が一般 的だったように思う。この造語が出現した背景には、1980年代後半にアメリカ 企業が推進した経営合理化、今の日本でいう「リストラ」がある。当時のアメ リカ企業は日本製品に押されるなどして軒並み業績が悪化しており、その対策 のひとつが例の「プラザ合意」だが、もちろんアメリカ企業自身も強力に合理 化を進めた。ちなみに当時使われたことばは「リストラ=リストラクチャリン グ」ではなく、「リエンジニアリング」だ。二十代の人には初耳に近い人も多 いのではないかと思うが、当時は大いに流行して、ハマーとチャンピーの「リ エンジニアリング革命」は日本でもよく売れた。いまでは、最寄のブックオフ で100円で売れ残っているだろう。いずれ「エンプロイアビリティ」も同じ道 をたどるのかもしれない。 さて、この「リエンジニアリング」の過程で、多くのアメリカ企業が従来の 路線を転換し、大規模な雇用削減を行った。今ではすべてのアメリカ企業は雇 用に一顧だにしないというイメージが持たれている(このイメージもまた誤り である:アメリカにも雇用重視ですばらしい業績を続けている優良企業がいく つもある)かもしれないが、当時のアメリカ企業では−日本企業ほどではない にしても−それなりに雇用維持は重視されていた。それを放棄せざるを得ない 状況に到って、代わって登場したのが「エンプロイアビリティ」だった。企業 はもはや従業員の雇用を守ることはしない。しかし、それでは従業員の意欲は 低下するだろうし、人材確保にも支障をきたす。そこで、企業は雇用を守らな い、そのかわりに、いまの職場を離れても(要するに、クビになっても、とい うことだ)、すぐに他の企業で好条件で雇用=employされるような能力= abilityを身につける支援をしよう、という理屈が持ち出され、エンプロイア ビリティということばが生まれた、というところだろう。そして、社員のエン プロイアビリティをよりよく高める企業がいい企業であり、それが人材確保と 定着とにつながると考えられた。 したがって、これが日本で言われはじめたのが90年代の後半くらいで、成果 主義のブームがはじまるのと歩調を合わせているのも自然な話だったかもしれ ない。すべてがそうだとは言わないが、「エンプロイアビリティ」が余剰人員 に悩む一部の経営者や、それを取り巻くコンサルタントなどから、人員整理を 進めるために好都合な、魅力的な考え方として注目されたという一面も否定で きないのではないだろうか。となると、どうにかこうにか人員の適正化が進捗 したのにあわせて、このことばも影が薄くなっていったのも当然のなりゆきだ ったのかもしれない。 (編集委員 荻野勝彦) |