キャリアデザインマガジン連載
「キャリア辞典」

「エンプロイアビリティ」(2)

 エンプロイアビリティ(1)の内容に関して、「employabilityという語自
体は古くから使われており、80年代に出現したわけではない」というご指摘を
いただいた。たしかにそうらしい。もっとも、80年代の米国における経営合理
化の中で目立って使われるようになった、ということもいえるようだ。
 さて、日本でこのことばが定着しなかった理由としては、エンプロイアビリ
ティ(1)で書いたように、これが経営合理化とセットになっていたからだと
いうことに加えて、労働市場や人事管理のあり方が米国とかなり異なるわが国
では、米国の概念がそのままあてはまりにくかったのではないか、という想像
は容易につく。
 実際、経済界はエンプロイアビリティを日本の実情にあった概念として再構
築することを試みている。日経連(当時、現日本経団連)が1999年に発表した
『エンプロイヤビリティの確立をめざして〜従業員自律・企業支援型の人材育
成を〜』という報告書では、エンプロイアビリティをもっぱら「転職しうる能
力」とする米国型のものとしてではなく、「当該企業の中で発揮され、継続的
に雇用されることを可能にする能力」を加えた広い概念でとらえている。同年
8月に開催された「日経連人材育成フォーラム」では、奥田碩日経連会長(当
時)はこれを「日本型エンプロイヤビリティ」と呼び、「いつ解雇したり、さ
れたりするかわからないから、労使双方の自衛のために必要である、といった
アメリカのエンプロイヤビリティの概念とは、明確に一線を画するもの」と述
べた。ちなみに報告書の副題のほう、「従業員自律・企業支援型の人材育成」
についても、能力開発に従業員の主体性を求めるという考え方は当時としては
それなりに目新しかったが、具体的な内容は、OJTを中心とした企業での人
材育成と、自己啓発(一部企業の支援をともなうことがある)を組み合わせ、
キャリア・ステージの初期にはOJTなどに重点があるが、進むにつれて自己
啓発などに重点が移っていくという、やはり日本企業の実態を大いに考慮した
(そして大いにもっともな)ものとなっている。長期化する経済不振の中でも、
経済界が長期雇用のもとでの人材育成を重視していたことがみてとれる。
 いっぽう、行政の姿勢はといえば、厚生労働省が2000年に発表した「エンプ
ロイアビリティの判断基準等に関する調査研究報告書」のほうでは、エンプロ
イアビリティを「労働市場価値を含んだ就業能力」と、米国型の狭義のものと
している。続けて「即ち、労働市場における能力評価、能力開発目標の基準と
なる実践的な就業能力と捉えることができる」と書いているように、能力評価
制度を作ろうという研究会だから、それも当然だろう。実際、この研究会の委
員をみると、10人中4人までを人材ビジネス業者と関係者が占めている。「今
後、企業・業界などの垣根を超えて流動化する労働市場において、各労働者が
適切な処遇を得るなど、円滑な再就職を図るために」エンプロイアビリティを
測定することが必要だ、長期雇用・内部人材育成重視の人事管理への顧慮はほ
とんどみられない。
 ここまで経済界と行政の考え方がすれ違っていては、議論が深まらないのも
致し方のないところだっただろう。常識的に考えて「日本型エンプロイヤビリ
ティ」の「当該企業の中で発揮され、継続的に雇用されることを可能にする能
力」の部分については、「市場における能力評価、能力開発目標の基準」はな
かなか作りにくいだろうし、業種・業態によって実情はさまざまだろうが、そ
れがかなりの部分を占めているだろう。やりたいことが全く違うのだから、議
論がかみあうわけもない。
 こうした混乱も、「エンプロイアビリティ」ということばが普及しなかった
理由になったのではなかろうか。
                        (編集委員 荻野勝彦)

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