キャリアデザインマガジン連載
「キャリア辞典」

 「就職協定」

 4月に入り、就活シーズンが本格化している。かつては、就活スケジュール
を規定する「就職協定」というものが存在していたのだが、すでに9年前にな
る1996年に廃止されているから、今では就活の当事者である学生さんたちには
耳慣れない言葉になっているかもしれない。現時点でこれにあたるのは経団連
が発表している「新規学卒者の採用選考に関する企業の倫理憲章」だが、これ
とて聞いてピンとくる人は多くはないだろう。
 新卒就職に関しては、優れた人材を早期・確実に獲得したい企業サイドと、
選考活動やその後の「拘束」などで学業・学事が妨げられることを懸念する学
校サイドとの間で、古くから問題意識が持たれてきた。1950年頃、希少な大卒
者をめぐる獲得競争は過熱しており、1952年にはすでに当時の文部省が一種の
ガイドラインを示している。その翌年には、大学、日経連、文部省、労働省を
中心とした「就職問題懇談会」が発足し、推薦開始を10月1日とする「就職協
定」がスタートしている。しかし、これは特段の強制力を持たない「紳士協定」
であったため、協定破りで抜け駆けをする「紳士協定を守らない紳士」が後を
絶たず、10年後の1962年に日経連が就職協定廃止を宣言し、いったん中断した。
 その後は、大学だけによる「申合せ」で日程を一応決めてはいたものの、そ
の効果はほとんどなく、採用の早期化がエスカレートした。大学3年生での内
定は当たり前、大学2年生にまで企業の手がのびるという「青田買い」が行わ
れた時期だ。この事態を憂慮した関係者は、就職協定廃止10年後の1972年、7
月1日(もちろん、4年生の)を選考開始とする就職協定を復活させた。その
後、1976年にはスケジュールが見直され、10月1日企業訪問開始、11月1日選
考開始となった。しかし、この協定も当初から有名無実だったようだ。1971年
には、今度は労働省が青田買いや拘束などへの世論の批判を背景に協定からの
離脱した。その翌年からは、官庁を含まない、大学と企業による協定づくりの
模索がはじまることになる。
 1986年には、8月20日会社訪問開始、11月1日内定解禁という、大学と企業
による就職協定が再スタートした。1992年には、選考開始が8月1日前後目標
内定解禁は10月1日と見直された。ところが、この協定もやはり紳士協定で拘
束力が弱かった上に、そもそも協定自体が「就職協定遵守懇談会」参加企業し
か拘束しないという基本的な問題もあり、就職・選考活動の秩序維持には大き
な効力は発揮しなかった。1986年に52社で発足したこの懇談会は、就職協定が
廃止される1996年には312社まで拡大したが、それでも全国の新卒採用者数の
約1割しかカバーできなかったという。
 このような就職協定の有名無実化を受け、1996年に日経連が「正直者がバカ
を見る協定は無意味」として廃止を主張し、翌年度の採用からは、企業は「倫
理憲章」を発表し、大学は「要請」を発表して、双方が「申合せ」するという
現行のパターンに移行することになる。
 残念ながら、廃止の翌年からまたしても選考活動の早期化が進んだ。それに
よって、結果的にかつての就職協定に選考日程の秩序に一定の貢献があったこ
とが証明されたことになる。過去の経緯をみてみると、就職協定はおおむね10
年サイクルで廃止されたり復活したりしているようだ。1996年の廃止から来年
で10年、そろそろ協定の復活があるのだろうか。

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