キャリアデザインマガジン連載
「キャリア辞典」

「終身雇用」(4)

 一時ほどではないかもしれないが、「終身雇用」(長期雇用)は崩壊した、
あるいはいずれ崩壊する、という主張がまだまだみられるようだ。
 もっとも実際には、そのかなりの部分は「崩壊すべきだ」あるいは「崩壊し
てほしい」から「崩壊するだろう」という願望に近いものに思われる。代表的
なのは「労働力の流動化」をビジネスチャンスにしようという人材ビジネス業
者などだろうが、最近では長期雇用の正社員と、有期雇用が多い非正社員との
賃金格差に義憤を感じる人にもこうした主張がみられるようだ(かつては、こ
れに加えて「経営責任を問われずに人員整理したい」と考える一部の経営者た
ちにも同様の願望があったようだが)。
 現実をみると、業界や職種による温度差が大きいようだ。たとえば「金融経
済の専門家」、証券ディーラーやアナリストといった職種では、どの企業で働
こうがしょせん相手にするのは同じマーケットなのだから、仕事の内容にそう
大きな違いがあるわけでもなく、したがって転職も容易であり、長期勤続しな
い人のほうが多いようで(業界人のなかには十数回転職した経験を自慢にして
いて、本まで書いた人もいるらしい)、長期雇用が慣行になっているとは言い
にくいように思われる。同じように、勤務先が変わっても仕事の中身があまり
変わらない職種・業種、たとえば医療関係や研究職などには長期雇用慣行があ
るとは考えにくい。
 逆にいえば、同じ職種・業種であっても企業によって仕事の中身がおおいに
異なる場合には、長期雇用慣行が強固なものとなる傾向があるのではないか。
各企業に独特のノウハウ、技術があり、それが属人的であると同時に組織的に
蓄積されていて(一人だけが他社に移ってもその技術やノウハウが生かしにく
い)、それが企業の競争力に直結しているような場合だ。これは日本企業に一
般的にみられる特徴(欧米では日本ほど一般的ではないが、まったく特殊とい
うわけでもないというところか)だろうが、このような技術やノウハウの修得
にはかなりの長期勤続を要することが多く、それをもとにクリエイティヴで新
しい技術やノウハウを作り出すとなると、かなりの経験を要することになる。
典型的には製造業における熟練工ということになるだろうが、小売業やサービ
ス業、あるいはホワイトカラー職種においてもこれに該当する範囲はかなり広
いのではないか。
 これに対しては、技術の進歩のスピードが速くなり、技術やノウハウの陳腐
化が進みやすいから、長期をかけた熟練形成は成立しにくくなったとの反論が
ある。しかし、これはかなり皮相な議論だろう。こういう議論をする人の多く
は、熟練に対して伝統工芸の職人技のようなイメージを持っているようだが、
産業界における熟練はこれとおおいに異なるものだからだ。
 もちろん、産業界においても、たとえばプロ野球選手のグラブやバットを作
る技能工のように、伝統工芸的な熟練工も存在する。しかし、産業界の熟練工
の大勢、黄綬褒章を受けたり「現代の名工」に選ばれる人の多くはそうではな
い。そうした人たちのキャリアをみてみると、会社に入った当時はほとんどの
仕事が手作業で行われていたが、やがて自動機が導入され、ME機器、FAが
導入され、いまでは数値制御の汎用ロボットが並ぶ現場の監督者として活躍し
ている、というケースが多く見られる。こうした技術進歩に一つずつ対応して
いく中で、問題発見や問題解決、さらには人材育成や人事管理の高度なノウハ
ウを蓄積した人たちが、現場で尊敬を集める熟練工なのであり、部長や工場長
といった地位にのぼった人も珍しくない。こうした人材を育てるには、長期勤
続と内部昇進によることが有利であることは言うまでもない。つまり、長期雇
用慣行の最大の利点は効率的に高度な人材を育成できることなのであって、企
業に対する忠誠心などといったものは派生的なものにすぎないのだろう。見方
をかえれば、これは未熟練の若者にも経営幹部への道がひらかれるしくみでも
ある(もちろん本当にそうなるのは限られた一部であって、全員がそうなれる
というわけではないが)。
 これはもちろん、エンジニアや管理部門にもそれなりにあてはまるものであ
ろう。ある程度技術やノウハウが向上してくれば、当然ながら企業業績に対す
るコミットも強まってくる。企業がその技術やノウハウを企業の競争力につな
がげようという人材戦略をとっている以上は当然のことだろう。そう考えると、
長期雇用で企業業績にコミットする働き方、いわゆる「正社員」的な働き方は、
企業の人材戦略が変わらないかぎり(そしてそれはそう簡単に変わるものでは
ないだろう)、なくなるとは思えないし、長期雇用慣行も容易には崩壊しない
のではないだろうか。

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