キャリアデザインマガジン連載
「私のキャリア観〜キャリア・インタビュー〜」

「プロスポーツとキャリアデザイン(2)」(5回連載)
                   江戸川大学社会学部助教授 小林至
     (福岡ソフトバンクホークス取締役・元千葉ロッテマリーンズ投手)

【第2回】プロ入りまでのキャリア

−−−−−ただ、普通はプロになるような選手は野球で大学に入りますよね。
中学から高校に行くのとは違って、高校を卒業するときには、プロ入り、大学、
社会人と選択肢がありますが、これはどうやって決まるのでしょうか。

小林 いろいろな価値観があります。たとえば高校でプロから声がかかったと
して、将来チャンスがあるかどうかわからないから今チャレンジする、という
人もいるし、今プロ入りしても下位指名であまり期待もされず、試合にも出ら
れないだろうから、まずは大学や社会人に進んでさらに実力をつけてから、と
いう考え方もあります。これは本人が考えるというより、高校の監督とか、あ
るいはご両親とかが、身近にある前例を参考にしながら決めるケースが多いで
すね。

−−−−−ちょっと意外というか当然というか、高校の通常の就職の進路指導
と案外似ていますね。担任や進路指導担当教諭の代わりに監督がそれをやる。

小林 そうかもしれませんね。大学行ってダメなら今プロに行ってもダメなん
だから大学に行っておけ、ということを言ったりする。プロは必ずしも高卒選
手を育てるのが上手いわけではないんです。大学や社会人からもいい選手が入
ってきますから、試合出場の機会も少ないし、毎年、新人が入ってくる中でじ
っくり鍛えて、ともなかなかいかない。高卒をていねいに育てるノウハウは大
学や社会人のほうがあるというのが球界の定説です。高卒でプロ入りして活躍
する選手というと、イチロー選手は1年目にウェスタンの首位打者、松井秀喜
選手だって1年めから一軍で試合に出ていました。ライオンズの松坂は一軍で
最多勝。このレベルの選手ならば大学に行くのは時間の無駄で、すぐにプロに
行くのがいい。しかし、そうでない選手の場合、埋もれたまま、退団というこ
とになりがちで、それならば大学に行っておけば将来、つぶしも利くだろうと
いうことになります。こうしたことをを周りがいろいろ考えて決まっていく。
考えるのは本人ではなく周囲のことが多い。もちろん、人脈やおカネもありま
す。

−−−−−言葉は悪いですが、「裏金」といわれているものですね。値打ちの
あるものにおカネを払うことが必ずしも悪いかどうかはわからないですが。

小林 そう思います。プロだけではなく、大学進学でも奨学金という形で少な
からぬおカネが動いているといわれていますが、実力に対して相応のおカネを
払うのは当然だという価値観にしないとおかしくなると思います。ゴルフの宮
里選手にしても、プロになったとたんに契約金が何億円とかで、それでいいわ
けじゃないですか。それを変に制約したりするから、本人に堂々と払えずに周
囲にこっそり払ったりすることになりかねません。

−−−−−高校生は未成年だからとか、高校野球は教育だからとかいう建前は
実態に合っていないということでしょうか。

小林 高校野球といったって、名門校の選手は高校の広告塔の役割を明確に担
っているわけで、プロみたいなものです。

−−−−−小林先生ご自身の話に戻りますが、先生は高校を出て東大に入り、
野球部に入った。試合にも出ましたね。

小林 試合には2年生から出ました。まあ、史上最悪の70連敗を記録して、過
去の50連敗を大幅更新、しかもプラス20は私が4年の時ですから、肩身は狭か
ったですけれどね。当時戦った選手のなかには、さっき話の出たジャイアンツ
にいた大森選手、まだバファローズで活躍している水口選手、それから慶応で
六大学の最多勝利記録を作った志村投手などがいました。

−−−−−それでは、プロとはほとんど無縁の東大が勝てるわけがない。

小林 客観的にみればそのとおりなんですが、自分たちは勝てると信じて頑張
っているのです。ところで、私がいたときはバブル最盛期だったこともあって
面白い現象がいくつかありました。六大学0勝の私がプロに行った一方で、六
大学で31勝した志村投手は、ジャイアンツがドラフト1位指名するといった
のに、それを蹴ってプロ入りしなかったんですよ。三井不動産に就職して、社
会人野球もやらずに野球から足を洗ってしまった。まあ、当時は日本のトップ
企業は世界のトップ企業ですごく元気でしたし、しかもバブルの時期の不動産
ですから、ジャイアンツにドラフト1位で入るより、サラリーマンとして出世
するほうが魅力的だと思ったのかもしれません。志村さんとは今でも親しくし
ているのですが、実に対照的な選択だったと思います。

−−−−−面白いですね。

小林 今考えても、僕の実績でプロに入れたというのは本当に奇跡だったと思
います。普通ならプロにはなれないでしょうが、あちこちでどうしてもプロに
行きたい、ということを吹いていたら、いろいろなことがうまくつながって、
当時オリオンズの金田正一さんが、じゃあお前テストを受けて見ろ、というこ
とになって、拾ってもらえた。運や出会いの大切さを感じましたね。

−−−−−たしかに、キャリアには運や出会いが大きくものをいうことがあり
ますね。しかし、テストでプロになる人というのも少数派なのでしょうね。

小林 少数派でしょうねえ(笑)。各球団ともテストはやっていますが、入団
するのは他球団を戦力外になった人が中心で、アマチュアがテストで入ること
は本当に少ないですね。しかも私の場合は留年してるんです。だから卒業する
までの間、オリオンズの練習生という形で置いてもらいました。そして、卒業
するときにドラフト8位で指名してもらって入ったんです。本当に恵まれてい
ましたね。逆に、プロに入ってしまったらそれだけで達成感があって、プロ入
りしてからはそれ以前ほどには必死に練習しなくなったのが悔やまれます。

−−−−−社会人野球に進むということは考えられなかったのですか。

小林 いや、現実には社会人で野球をやれればそれでいいと思っていたのです
よ。本当にプロになれるとは思っていませんでしたし、3年くらいなら野球を
やらせてやろうという会社はいくつかあったんです。まあ、やらせてやる、と
いう感じですね。その後はちゃんと会社に残って仕事をしろよと。

−−−−−なるほど、引退したあとが目当てで、野球はたいしてあてにしてい
ないわけですね。

小林 全然あてにしてないんですよ(笑)。ただ、ぼくはそんなつもりはなく
てあくまで野球をやりにいく、野球をやめたら会社もやめるかもしれない、と
いったら、ずいぶん採ってくれるという会社が減りましてね。(笑)
東大の選手を取ってくれる社会人野球チームは、その会社に東大野球部のOB
がけっこういるんですよ。野球を何年かやらせるから、その後は会社で頑張っ
てくれ、ということで、それを辞めてもらっては話が違うということです。社
会人野球の選手の多くがプロに入りたい希望を持っていますが、なかにはプロ
入りにはこだわらず、社会人野球で将来の安定を選ぶ人もいます。同志社大学
―日本生命の杉浦投手などがそうでした。ぼくの場合は先の人生のことはなに
も考えていませんでした。でも、僕がちょっと変わっていたのは認めますが、
日本中が「先のことは何とかなる」と思っていた時期だったという時代背景も
あるのかもしれません。(つづく)
                 (聞き手・文責:編集委員 荻野勝彦)

小林 至(こばやし いたる)
江戸川大学社会学部助教授、福岡ソフトバンク・ホークス取締役。元千葉ロッ
テ・マリーンズ投手。米コロンビア大学MBA。経営学専攻。主な著書に「ア
メリカ人はバカなのか」(2003、幻冬舎)、「合併、売却、新規参入。たかが
・・・されどプロ野球!」(2005、宝島社)など。

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