キャリアデザインマガジン連載
「私のキャリア観〜キャリア・インタビュー〜」

「プロスポーツとキャリアデザイン(4)」(5回連載)
                   江戸川大学社会学部助教授 小林至
     (福岡ソフトバンクホークス取締役・元千葉ロッテマリーンズ投手)

【第4回】引退後のキャリア

−−−−−それでは、プロ野球選手の引退後のキャリア、セカンド・キャリア
についてお聞きしたいと思います。プロ野球選手になるまでのキャリアに較べ
ると、世間にはなかなか見えない部分ですが、キャリア研究という意味では興
味深い部分です。

小林 まず、現役引退後も球団の仕事をするということはあまりありません。
コーチやスカウト、スコアラー、打撃投手やブルペン捕手そして球団職員など、
選択肢は幾つかありますが、まあ1割もいません。5%くらいでしょうか。ち
ょっとおおげさですが、「引退後、99%の人はプロ野球とは関係ない職に就く」
とよく言われます。

−−−−−仮に球団に残れたとしても、ずっといられるわけではない。

小林 そのほとんどが契約社員ですからね。球団の社員になるのは本当に稀で
す。毎年、いつ契約を打ち切られるかと心配している。年収もまあ数百万です。
で、実際には打撃投手をやりながら用具係もやればビデオ係もやる、というよ
うに分担しながら働くわけですが、それでもずいぶん恵まれたほうなんです。

−−−−−そういう人は、いずれは続々と引退してくる人に席を譲らなければ
いけなくなるわけですね。

小林 そういうことですね。

−−−−−球団に残れる、残れないというのはどこで決まるんですか。

小林 人柄とか。覚えがいいとか。はっきりした基準はないですね。現役時代
の実績はあまり関係ありません。

−−−−−指導者になる人はやはり実績でしょうね。

小林 実績と「名前」ですね。ただ、それだけでもないんです。ある程度の実
績はもちろん最低条件ですが、それ以外に、フロントの覚えがめでたい、とい
うこともけっこうあるみたいですね。

−−−−−指導力なんかよりも。

小林 指導力も重要ですが、人脈がかなり重要になります。その人がいること
で、有能な選手やコーチが慕ってくるということもあれば、その人がいること
で年間予約席が売れるといったことも重要です。プロ野球の指導者は大変なん
ですよ。野球の技術指導の能力だけでなく、営業的なメリットまで大きな要因
になりますから。そもそも、現役時代に名選手だから指導も上手ということで
はないんです。自分でやるのと言葉で伝えるってのは全然違うんです。自分が
できちゃう人っていうのは、教えるのは難しいと思うんですね。プロの技術レ
ベルになると、やってみせてこのとおりにやれ、っていってもダメなんですよ。
現役時代のプレーとは全然次元の違う能力が求められますね。

−−−−−なるほど、それは現役時代や、引退してすぐに適性がわかるという
ものではなさそうですね。うまく指導者になるチャンスをつかんで、そこで適
性を発揮するとキャリアが開けてくる。

小林 そうですね。で、うまくいけば指導者の仕事のないときは解説者になる、
というのがプロ野球引退後のキャリアとしては黄金シナリオですが、そのサイ
クルまでいけるのはほんの一握りですね。パ・リーグだったらそれこそ名球会
クラスでないと厳しいのではないですか。名球会クラスでも下手すると危ない。
やはりそこは人気がものを言う。だから野球選手はジャイアンツに入りたがる
んです。ジャイアンツにいれば、レギュラーを一回やったくらいのクラスでも、
ある程度行き場所がある。圧倒的に違います。パ・リーグだと、先ほど申した
ように、名球会クラスでなければ、よほど人脈があるとか、しゃべりが上手い
とかでないと大変です。

−−−−−プロ野球の世界に残れれば恵まれていて、大半は別の世界に行くわ
けですが、どういう仕事に向かうのでしょうか。なんとなくスポーツ用品店と
かいうイメージはありますが。

小林 飲食店が多いですね。水商売です。

−−−−−それは知名度や人間関係を生かして・・・。

小林 契約金を残しておいて、それを元手に始めるというのが古典的なパター
ンですが、いまさらサラリーマンもできないな、という気持ちの問題もありま
す。ただ、最近は少し多様化してきて、サラリーマンになる人も増えています。
あと、いい例としては教員になるというのもありますね。これは新たな道とし
て少しずつ増えてきています。

−−−−−なるほど、大学野球の出身なら教員の免許は取れますね。体育の先
生とか。

小林 野球選手というと「体育」という印象を持つでしょうが、実は体育はけ
っこう難しいんですよ。まず需給関係の問題。体育教員になりたい人は多いん
ですよ。そして結構、難しいのは、取る科目が多いのと、理系の科目が必要な
のです。結果、意外と多いのが社会。これまでは教員になっても野球部の指導
をするには教壇に立って10年以上という厳しい制約を課せられていたのです
が、最近は教壇に2年立てば、できるようになったんです。それで学校も元プ
ロ野球選手を採用したいというのが出てきたんです。それで少しずつですが増
えてきた。

−−−−−多数派の話に戻りまして、以前私の職場にいた社会人野球の選手の
人から、プロ野球の契約金は退職金の前払いだという話を聞いたことがありま
す。

小林 そういわれてはいるのですが、実際に「退職金」として大事にする人は
それほど多くないんです。派手な生活したりしてなくなったり、バカみたいな
儲け話に乗せられて騙されたりというケースが実に多い。経済観念があるのは、
社会人出身の選手が多いですね。高卒大卒にかかわらず、学生野球だけじゃな
くて、一度社会人を経験している人はやはり違います。初歩的ですが月給十数
万円とかで生活した経験があるとか、少しでも仕事をすれば、予算とか、経費
とかの観念もありますし、お客様や上司には頭を下げなくちゃいけないことも
知っている。

−−−−−一度やったことがあるから、またサラリーマンになるのも抵抗は少
ないでしょうしね。

小林 仕事だけではなくて生活全般で、普通の生活、平凡な人生を知っていま
すから、そこに戻ることができるんですね。その経験がない人が、まったく新
たに平凡な暮らしをしろなんていわれても難しいと思います。これが野球選手
の最大の弱点なんです。プロ野球選手になるくらいですから、みんなアマチュ
ア時代は花形選手です。二軍選手でも高校のときはヒーローなんです。一軍選
手になって年俸が何千万となれば当然生活も派手になります。野球がうまけれ
ば尊敬されるという単純な世界で、一般社会みたいな複雑さはないわけです。
だから案外お人よしだったりする。そういう人がいきなりややこしい一般社会
に放り出されるわけです。そうするとついていけない。野球選手が感じる一般
社会とのギャップは他のどの業界より大きいんじゃないかと思いますね。

−−−−−社会人経験のある選手とない選手でセカンド・キャリアに違いがあ
るのか、というのはキャリアデザイン学のテーマのひとつになるかもしれませ
ん。で、契約金を元手に水商売、というのはうまくいっているのでしょうか。

小林 必ずしもそうではないですね。どうしても金遣いが荒い、やはり見られ
ているくせがついていますからね。ケチケチできない。商売には向きませんね。
(つづく)
                 (聞き手・文責:編集委員 荻野勝彦)

小林 至(こばやし いたる)
江戸川大学社会学部助教授、福岡ソフトバンク・ホークス取締役。元千葉ロッ
テ・マリーンズ投手。米コロンビア大学MBA。経営学専攻。主な著書に「ア
メリカ人はバカなのか」(2003、幻冬舎)、「合併、売却、新規参入。たかが
・・・されどプロ野球!」(2005、宝島社)など。

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