キャリアデザインマガジン連載
「私のキャリア観〜キャリア・インタビュー〜」

【第5回】プロ選手の生涯キャリア

−−−−−なかなか難しいのですね。最近、プロ野球OBで作っている全国野
球振興会が、引退選手に再就職の斡旋をはじめたというニュースがありました
が、そういう取り組みが必要なのでしょうね。

小林 仕事の斡旋もそうですが、何よりも大事なのは意識面でのサポートだと
思います。野球をあきらめて、新しい幸せをみつけなければいけない。それが
難しいんです。ずっとスター、ヒーローだった人ほどそうでしょう。仕事の斡
旋は第一歩で、とても大切ですが、その前が大事なんです。矛盾した言い方に
なりますが、プロ野球選手になった瞬間から、引退後のことを考え始めなけれ
ばいけないんです。これがいちばん必要だと思います。

−−−−−なるほど、少なくとも契約金は引退後のために残しておくとか。

小林 それがスタートですね。次は契約金をただ取っておくのではなくて、増
やすこと、運用を学ぶ。それから、野球の世界以外の社会との接点をできるか
ぎり持つようにする。こういうことをプロ入り直後からやっていく必要がある。

−−−−−それは一般のビジネスと同じですね。ビジネスを始めるときには、
やめるときのことを必ず考えておけ、といわれます。新しい商売はたいていは
うまくいかないのだから、回りに迷惑をかけないように商売をたたむことを最
初から考えておけと。プロ野球も個人事業主ですから、同じなのですね。

小林 そういうことを考えているから負けるんだ、なんて言われますけどね。
それは古い考え方です。

−−−−−それもビジネスでも同じですね。退路を断って背水の陣でやらない
からうまくいかない、などと言われます。

小林 それでうまくいけばいいですけど、ほとんどの人はうまくいかないんで
すから。むしろ、プロ入り前から、たとえば大学で野球をやりながらでは大変
だろうけど、教員免許をとっておけば引退後の進路になるわけですね。大学も
そういう指導をしてほしい。

−−−−−生涯キャリアを考えなければいけないということですね。振興会の
取り組みもそういう方向に向かいそうですか。

小林 向かっているようですが、振興会はOB会です。ぼくは、本来、その役
割を果たすべきは、選手会だと思います。

−−−−−そうですね。選手会は労働組合ですし、そういう互助事業をやって
もいいですね。

小林 サッカーの方が進んでるんですよ。サッカーは新人教育でボランティア
をやらせたりしてるんです。切符のもぎりとかね。まず自分たちのビジネスを
理解しようと。どうやって年俸がもらえているのか、ただサッカーが上手けれ
ばおカネになるってものじゃないってことを知ろうということですね。スタジ
アムの清掃とか、営業までプログラムに入っている。

−−−−−サッカーの場合は2部やその下があって、1部で戦力外になった選
手の受け皿になったりしていますね。下部のチームだと、別に仕事をして生活
費を稼ぎながらサッカーをやっている。ああいう仕組みは野球では難しいので
しょうか。

小林 サッカーのほうがセカンド・キャリアにより熱心にならざるを得ないと
いうことがひとつあります。なにせ、稼げる金がぜんぜん違う。サッカーは、
Jリーグでも1億円貰っているのはわずか一人。レギュラーで2000万円も
もらえればいいほうでしょう。しかも野球よりもなお選手寿命が短い。高校サ
ッカーといっても、甲子園大会の選手のようにちやほやされているわけではな
く、やはり、サッカーの選手そして業界の人のほうが地に足がついていますよ。
そしてもうひとつ、サッカーのほうがきちっとした仕組みが出来ている。サッ
カーは全体がつながっていますが、野球はプロとアマが分断されています。引
退したプロ選手が社会人野球に入るというのは最近少し出てきましたが、それ
もまだレアケースです。本当は、野球という特殊技能、高い技術を生かせる場
所があるというのは、選手の引退後の人生だけではなくて、競技の発達のため
にも必要なことなんです。日本の野球は、そちらの裾野がありません。

−−−−−野球の場合は、過去の経緯でプロとアマチュアの垣根が高いですね。

小林 これが野球界の発展を妨げている元凶だという認識はみな持っているが、
いざ実現となると利権やら縄張りやらでいまだばらばら。サッカーをみると、
フットサルがあって、最近ではビーチサッカーなども広まりつつある。一方、
野球にはそういうのはないですよね。関わる人が大きくならないと、ああいう
ものは出てこない。野球は学生、社会人、プロが全部分断されていますから、
発展性がありません。

−−−−−社会人野球からプロ野球へのレンタル移籍みたいなものができれば、
遅咲きの選手や小柄な選手などがチャレンジする機会も増えるのではないでし
ょうか。これもキャリアの拡大になるわけですが。

小林 そうですね。そうなると、垣根を作るためにやっているドラフト制度な
んてものもますます意味がなくなりますね。プロとアマチュアの垣根があって、
選手にとっていいことはほとんどありません。

−−−−−なんとか改善されないのでしょうか。

小林 ここ数年のうちにやらなければ、野球の将来は本当に暗いと思いますよ。
ただでさえこの少子化。更に娯楽は多様でみな忙しいときている。そのなかで、
子供たちに、サッカーの五倍の費用がかかる野球を普及させるのはそんなたや
すいことではありません。そういった環境の中でどうやって野球を普及させて
いくのか、頭の中で考えてはいても誰も実行しない。体育の授業にも野球はあ
りませんしね。すぐにも手をつけなければいけないことがたくさんあって、ゴ
タゴタしてる場合じゃないんですよ。

−−−−−最後に、先生ご自身の引退後のお話を。マリーンズを退団されて、
米国に留学されました。

小林 どうして留学しようと思ったのか、一度もうまく説明できたことがない
んですが。ただ、野球はもう終わりだと思ったときに、達成感と虚脱感があっ
て、とりあえず多少の蓄えもあるから何かやろうかと。

−−−−−今年からはホークスの経営にも携わっておられますし。

小林 孫オーナーから一度会おうと電話がかかってきて、2時間ほどディスカ
ッションをして、じゃあ一緒にやろうと誘われました。今は毎週東京と福岡を
往復する生活ですが、充実しています。プロ入りしたときといい、今回といい、
ぼくは本当に人の縁に恵まれていると思いますね。自分の実力ではありえない
ような世界に、人の縁で入れてもらっている。今は実務の世界と机上の世界と
のギャップに悪戦苦闘しています。いろいろアイデアはあるのですが。

−−−−−プロ野球選手の経験は仕事に役立っていますか。

小林 選手としての技術や知識において伝えられるような偉そうなものは持ち
合わせておりませんが、野球選手のメンタリティといったものは理解できると
思います。それから、私は野球、特に日本のプロ野球を愛しておりますので、
なんとか現在の苦境を脱する一助になりたいという思いは、人一倍強いと思う
んです。そして、そのために真剣に考え、本や論文などで著してきました。こ
うした「気持ち」が、人の縁を呼んでくれたのかもしれません。やりたいこと
はたくさんありますから、研究と経営の両面から、プロ野球を良くしていくこ
とに少しでも関わっていければと思います。(おわり)
                 (聞き手・文責:編集委員 荻野勝彦)

小林 至(こばやし いたる)
江戸川大学社会学部助教授、福岡ソフトバンク・ホークス取締役。元千葉ロッ
テ・マリーンズ投手。米コロンビア大学MBA。経営学専攻。主な著書に「ア
メリカ人はバカなのか」(2003、幻冬舎)、「合併、売却、新規参入。たかが
・・・されどプロ野球!」(2005、宝島社)など。

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