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「所得格差とキャリアデザイン(3)」(4回連載) 大阪大学社会経済研究所教授 大竹文雄 【第3回】階級移動とキャリア/成果主義とキャリア −−−キャリアとの関係で、なにか意識の違いといったものは。 大竹 失業経験のある人や雇用不安を持っている人は、格差を認識しているし、 問題視しているし、再分配政策を支持するという傾向があるという結果は出て います。 −−−それは失業の経験が格差に関する意識に対するマイナスのインパクトを 持っているということだと思いますが、失業が成功した転職にともなうもので あれば、そうはならないと思うのですが。 大竹 それは所得格差の本質にかかわる問題なのです。仮に失業しても、来年 はもっといい職につけるとみんな期待しているなら、格差が拡大しても反対す る必要はないわけですね。ところが、そういった転職によるステップアップが 難しいと多くの人が認識している社会だと、失業による所得格差を嫌うように なります。これは高学歴者と低学歴者の意識の違いの背景のひとつでもあるで しょう。 −−−逆にいえば、低学歴者でも高所得を得るチャンスがある社会なら、格差 も是認されやすくなるわけですね。 大竹 まさにそういうことです。一度低所得の仕事についてしまったら生涯低 所得の仕事、一度高所得の仕事についたら生涯高所得の仕事、しかしその格差 は小さい、という国では、その時々は格差が小さくても、生涯その格差が蓄積 されますから、キャリア全体でみた格差は決して小さくない可能性がある。い っぽう、アメリカのように、格差は非常に大きいけれど、いま失業している人 もいずれ高所得の仕事につくかもしれないし、いま高所得でもいずれ失業する かもしれないという社会では、キャリア全体でみれば、案外格差は大きくない 可能性もあります。 −−−階級間の移動がどれだけあるか、という問題ですね。で、実際のところ はどうなのでしょう。 大竹 アメリカとイタリアで検証した人がいて、イタリアは階級移動も格差も 小さく、アメリカはいずれも大きいが、転職可能性を考慮して計算するとほと んど変わらない、という結果が出ています。日本はどうかというと、はっきり した研究ではないのですが、やや階級間移動が停滞しているという研究結果も 出ています。格差拡大と階級固定が同時に進んでいるとすると、生涯での格差 は拡大する可能性が高いと思います。格差をみるときには、キャリア全体をみ る必要がありますし、若年期の職選びでも、今現在は恵まれなくても将来はど うか、ということを考えてキャリア選択していくことが望ましいと思います。 −−−最初に話を戻しまして、成果主義が格差拡大に寄与しはじめているとい うことでしたが。 大竹 ではないか、ということです。成果主義が多くの企業で取り入れられた のは90年代の終わりでしょうが、経過措置を入れて、すぐに大きく変動したわ けではないので、実質的に影響が出てきたのはまだ最近のことです。そもそも 成果主義が導入されたというのは、賃上げ率が低下したことが背景にあります。 かつては物価上昇もあって10%とか5%とかの賃上げがあり、その範囲で適切 に差をつけることができましたが、昨今のデフレの中で、1%とか2%とかい う賃上げしかないと、その中では差がつけられない。そこで出てきたのが成果 主義だろうと思うのですね。 −−−デフレで総額人件費を抑制する経営上の必要があり、それをうまくやる ために成果主義が導入されたという状況証拠はたくさんあります。うまくいっ ていないという状況証拠もたくさんありますが。 大竹 ですから、実質的にはあまり変わっていないのではないかというのが私 の推測なのですが、それでも大きなショックがあって、それは賃金が名目で下 がってしまうということなのですね。 −−−マインド面でのショックですね。 大竹 おっしゃるとおり、マインド面のショックです。1%くらい名目賃金が 下がっても、数年間でみると物価はそれ以上に下がっていたのですから。しか し、実際に賃金が名目で下がった人を調べると、ものすごくやる気がなくなっ ている。いっぽう、うまくいっている職場もあって、そういう職場では能力開 発などをしっかりやっている。これは当然で、成果をあげろといっても、能力 開発がついてこないのではやる気が出るわけがない。労働時間でみると、成果 主義の職場は労働時間の長短とやる気は関係ないが、成果主義でない職場では 長時間労働がやる気を低下させるという結果も出ています。これは成果主義の 本質的なところですね。 −−−成果主義を入れて、賃金を下げたとか、非常に大きな格差をつけたとか いう企業は、あまりうまくいっていないようです。 大竹 それは、デフレ時代に従来程度の格差をつけることを趣旨にしているわ けですから、それ以上のことをやろうとしたらうまくいかない、というのは当 然でしょうね。あと、評価基準がはっきりしない、精度が低いのに大きな格差 をつけたら納得を得られないのは当然で、これは経済学的にも理論どおりです。 これまでもホワイトカラーはそれほど大きな格差をつけてこなかったのは、評 価が難しいからでしょう。でも、長い時間をかけていろいろな人が見ると、言 葉でははっきりいえないけれどいい悪いがわかってくるという世界だったわけ で、そこにいきなり短期的に評価して大きな差をつけるという制度を入れるの は無理だったのでしょう。 −−−長い時間をかけて、複数の人の目でみて、というのは日本企業の人事管 理の特色として飯田経夫先生や小池和男先生が指摘されています。 大竹 ただ、一般的に若い人たちはそんな将来のことまで考えませんから、若 いときに高給を出すような企業が出てくると、そういう企業が若い人材を全部 集めてしまうかもしれません。そうなると、人材獲得のためには若いうちから 差をつけるような賃金制度にせざるを得なくなる可能性もある。そこにどう対 応していくかが課題でしょうね。 −−−人事管理が多様化していくということですね。 大竹 そういう組み合わせ、キャリアの道筋をいくつも準備して、さまざまな 人材を集めていくということだろうと思います。 |