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「所得格差とキャリアデザイン(4)」(4回連載・最終回) 大阪大学社会経済研究所教授 大竹文雄 【第4回】幸福度とキャリア −−−その人さまざまということなのですが、先生は幸福度についても関心を お持ちとのことですが、幸福度というのはまさに人さまざまで、研究も難しい のではないかと思うのですが。 大竹 まあそうかもしれませんが、それでも客観的な指標で、世界的に共通な 特徴があることもわかっているのです。日本でも同様な特徴がみられます。若 年は高齢者より幸福、高所得者は低所得者より幸福、女性は男性より幸福、と いったものです。あるいは、所得が同じ人で比較しても、失業者は有業者より 不幸だ、というのも世界的に共通しています。ただ、女性でも、世帯主で一家 の生計を支えている人の幸福度は男性並みであるというのも各国共通です。家 庭責任を負うということは不幸の源泉なのですね(笑)。 −−−しかし、所得が同じなら、失業者は仕事をしなくていいわけですし、自 由時間も多いのですから、働いている人より幸福でもいいはずですね。 大竹 経済学的には、今だけ考えれば理屈ではそうなるはずですよね。失業者 が不幸だというのは、以前の自分と比較しているからではないかと思います。 以前働いているときにはもっと所得があって、それと比べると今は不幸だ、と いう心理が働いているのでしょう。 −−−なるほど、働いて同じ所得を得ている他の人と比較してどうか、ではな いのですね。 大竹 そうです。これは、実はキャリアを考えるうえでとても大切なことなの です。つまり、人間には過去にこだわってしまうという心理的な特性があると いうことを、あらかじめ予期しておくことがキャリアを考えるうえで重要なの です。たとえば、技術革新がおこってそれまで蓄積した技能がある程度無駄に なってしまった、あるいは不幸にして失業してしまった、というときですね。 そうなると、前はどうだったからとか、これだけ技能を蓄積したのにもったい ないから、同じ仕事に就きたいと思ってしまうのが心理的には自然です。しか し、客観的に考えたらこの先どうか、ということしか意味がないわけですね。 これまで技能形成に投資してきたとしても、それが不良債権になってしまって いたら、それにこだわるのは無駄なことです。将来この技能はどれだけ役にた つのか、将来どういうキャリアを形成するか、ということだけを考えればいい わけです。 −−−企業経営でも、サンクコストにこだわって判断を誤る、ということはあ りがちですし。 大竹 そうなんです。そこはだれでも間違うのです。大事なことは、間違うと いうこと、間違う傾向にあるということを知っておく、ということです。当然、 人間ですから後悔を重くみますが、そこから離れて客観的に物をみれば、いま の技能で得られる賃金はどれだけか、それを上げるためにはどういう訓練をし たらいいか、を知ったうえで、その後悔のコストと折り合って、この先のキャ リアをどうしていくのがいいのか、考えることができると思います。 −−−あるコンサルタントに、失業者はコンサルタントにこれまでの経験を生 かすにはどうすればよいかを相談にくるが、コンサルタントは失業者にこれま での経験をいかに忘れさせるかに労力の大半を費やす、という話を聞いたこと があります。 大竹 それはありそうな話ですね。それが大事なのだと思います。私も、いま は絶対に読まないけれど、捨てられない本というのがある。それは学生時代の とても貧乏なころに苦労して買った本で、いまは本棚の場所をふさいでいるだ けで、二度と読まないとわかっているけれど、それでもあれだけ苦労して買っ た、ということを思うと捨てられない。それとまったく同じことがキャリアに ついてもいえます。あれだけ苦労して腕を磨いてきたのにと思うと、なかなか それ以外の仕事ができない。キャリアは一冊の本よりはるかに重いですから、 なかなか簡単には割り切れないでしょうが、しかし、これからのキャリアは、 これまでのキャリアよりもっと重いのだということに目を向けることが大事な のだと思います。 大竹 文雄(おおたけ ふみお) 大阪大学社会経済研究所教授。経済学博士。労働経済学専攻。 著書に「労働経済学入門」(1998、日経文庫)、「労働問題を考える」(2001、 大阪大学出版会)、「解雇法制を考える−法学と経済学の視点」(2002、共編 著、勁草書房)ほか多数。 |