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「就労多様化とキャリアデザイン(3)」(5回連載) 東京大学社会科学研究所教授 佐藤博樹 【第3回】独立開業とキャリアデザイン −−−−−若年雇用対策としては、独立開業を支援するという施策もとられて います。 佐藤 ただ、若い人がいきなり独立開業といってもそれほど簡単ではないです ね。開業がうまくいくパターンとしては、だいたい40歳前後に、同業・同職種 で開業というパターンが多いんです。若い人にとっては、むしろ中小企業で働 いてから独立開業、というキャリアが少なくなっていることをどうみるかです ね。これまでは、中小企業で働く人にとっては独立がひとつの目標になってい て、小池和男先生の研究によれば、それが大企業と中小企業の賃金格差を生涯 で見て埋め合わせているという実態があったわけです。独立しようという人は、 その会社で管理職になり幹部になろうという人の次くらいにモチベーションも 高いし、能力開発意欲も高いんです。そういう人が開業できなくなっていると いうことは、社会全体としてはたいへんマイナスだと思います。それがなぜ生 じているのかと、ということを、キャリアという観点からも考えていく必要が あると思います。 −−−−−資金とか、政策的にはいろいろ支援策が講じられていますが、それ でも開業できなくなっている。 佐藤 さっきもいいましたが、40歳前後に同業・同職種で開業するキャリアが 主となると、産業構造の変化が開業の可能性にすごく影響する。たとえば、十 何年か自動車整備工場で働いて、資金をためて自分で開業する、なんて可能性 があったわけね。15年前、20年前ならやれたかもしれない。でも、いまはマー ケットが縮小しているわけです。まず勤めてそれから開業というパターンは、 その産業が伸びているときでないと難しい。しかも、これからは技術革新や産 業構造の変化が速くなって、これなら伸びると思って働きはじめても十何年か 勤めているうちに縮小しはじめてしまうかもしれない。だから、独立指向のあ る人にとって、その経験を生かして別の業種や別の職種で開業するというキャ リアがありうるのか、そのためにどういう支援が必要か、というのが研究課題 ですね。 −−−−−役立たなくなった経験や技能は忘れることが大事だ、という意見も ありますが。 佐藤 忘れなければいけないこともあるでしょうが、異業種での開業支援ビジ ネスも出てきてはいるんですよ。フランチャイズ・システムで会社員が居酒屋 の店長になるなんてことも可能になってきたわけで、異業種であっても経験や 技能を違った形で生かしながら開業を支援することができれば、開業という キャリアのチャンスが増えるでしょう。独立したい、自分でやりたい、という のは就労に対する大事なモチベーションになってきたわけですから、それをど う維持するのか、というのはキャリア研究で重要な課題としてやったほうがい いと思います。 −−−−−独立したいというマインドを持っている人は多いと思うのですが、 やはりリスクが大きすぎるのではないでしょうか。独立支援制度を持っている 企業は多いですが、正直言って社員に独立を勧めることが本当にいいことなの かどうか、疑問を持っている人事担当者も多いと思います。実際、独立しても うまくいかないことも多いですから。 佐藤 実際、開業支援というのは難しい施策です。だいたい、開業して4〜5 年で半分はつぶれるというか、なくなっちゃうんです。開業はすごくリスクが 高い。開業する人が増えるということは失敗する人が増えるということです。 だから、開業支援と同時に、いかにうまく廃業するか、次の事業を始められる ような形で廃業するかを支援しなければいけない。事業を始めること以上にや める方が難しいんですよ。どうしても最後までチャンスに賭けて、最後は、社 員の退職金も払えずにつぶれちゃう。本当は、人にあまり迷惑かけないうちに 事業をたためればいいんだけど、それがいちばん難しい。だから、事業から退 出しやすくすることが参入しやすくすることにもなります。 −−−−−それはコーポレート・ベンチャーでも同じことかもしれません。や るのはいいけれど、やめられない。 佐藤 企業の独立支援制度なら、ダメだったら戻ってこられるようにすればい いんじゃないですか。そうすれば、ある程度ダメだな、と思ったところでやめ て戻ってこられるじゃない。 −−−−−そうすると、ハングリー精神がないから甘くなるとか、背水の陣で ないから成功しないとかいわれます。 佐藤 それは、出て行ってほしいから独立を支援します、ということだからで すね。 −−−−−独立開業とちょっと似ていますが、比較的目新しい形態として、個 人請負、インディペンデント・コントラクターというものも出てきています。 昔でいえば請負、一人親方の範囲に入るのでしょうが、IT技術者などで、フ リーランスでシステム導入の現場などを渡り歩く形態です。 佐藤 それは派遣に近い感じで、男性の派遣技術者というのは常用型が多いん だけど、そうでない登録型の技術者には、そういう人が多いですね。パターン が二つあって、ひとつは契約上、個人に直接仕事を出せないから、派遣会社を 通じて使っているケースです。 −−−−−ああ、なるほど。 佐藤 これがかなりいる。もう一つは、人的なネットワークで、以前あそこに いたから、とか、あるいは派遣で来たけれど、君にいてほしいから、というこ とで派遣を離れて請負になる。いずれにしても、相当スキルがある人であるこ とは間違いない。 −−−−−そういう人脈や引きにうまく乗った人はいいでしょうね。 佐藤 そうそう。この人はそういうスキルがあるってわかってるから安心して 使える、ってことなので、結局は能力に関するインフォーマルな情報の流通が 不可欠です。そのネットワークの中で、「こういう人いない?」っていうと、 ああそれなら彼がいるから空いてれば連れてくよ、みたいな形でね。ネット ワークとスキルに関する情報が決め手になるわけで、そういう人のキャリアっ てのはすごくネットワークに依存するんです。それもなるべく広がったネット ワークで、それこそ玄田有史さんが良く使うウィーク・タイズですね。 −−−−−変化が速いからでしょうか、あまり調べられてこなかった部分のよ うな気がします。 佐藤 うん、よくわからないです。本当かどうかわからないけれど、先日労働 政策研究・研修機構でやった調査だと、日本全体で見ると派遣社員の3分の1 くらいの人数の個人請負がいる、というデータがあります。ただ、本当の個人 請負と、社会保険料とかの負担を逃れるために請負契約にしているものの二種 類ありますね。 −−−−−「偽装された雇用関係」ですね。 佐藤 営業マンなんかも雇用契約で固定給であったのを、雇用関係でも出来高 にして、さらにいつのまにか業務委託にした、っていうのに近いものがある。 昔からたくさんあったけど、それが実際上どれくらいか、というのはわからな いね。 (つづく) (聞き手・文責:編集委員 荻野勝彦) 佐藤 博樹(さとう ひろき) 東京大学社会科学研究所教授。産業社会学専攻。専門は人的資源管理、労使 関係、社会調査。著書に「ユニオン・アイデンティティ大作戦」(1991、共 著、総合労働研究所)、「人事管理入門」(2002、共著、日本経済新聞社)、 「男性の育児休業」(2004、共著、中公新書)ほか多数。 |