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「法とキャリアデザイン(1)」(7回連載) 法政大学大学院政策科学研究科教授 諏訪康雄 【第1回】「キャリア権」構想の誕生 −−−−−諏訪先生は、労働法の研究者として「キャリア権」という考え方を 提唱されています。日本キャリアデザイン学会にも深くかかわるものだと思い ますが、まず、これを構想された背景からお聞きできればと思います。 諏訪 これは私個人の経験が半分、社会的な趨勢が半分というところでしょう か。私自身のことから申し上げますと、私はもともと労働協約を中心に研究し てきて、就職したときも労使関係法の講師で採用されたのです。ところが、80 年代に入ると世間の労使関係法への関心は急速に低下しました。大学の講義で も、初年度は700人も聴講生がいたのに、どんどん減って最後は十数人になっ てしまった。研究の世界でも、私より若い労働協約の研究者は今やほとんどい ない状況で、いわば衰退産業に身をおいた悲しさを痛感しました。 −−−−−学生や研究者の関心がシフトしてきたわけですね。これは社会の関 心の動向を反映しているのでしょうか。集団的労使関係の重要性は変わらない と思うのですが、労使関係が安定して、労働争議なども少なくなって、世間の 目に見えなくなってきたからなのでしょうか。 諏訪 学生はどうしても世の中の目が集まる方向に関心が向かいますからね。 労使関係法の最後の十数人も、半数は留学生で、日本人学生からは従来あった 関心が失われていました。 −−−−−なるほど、労使関係がまだ不安定な国の留学生なら、労使関係法に 関心があるわけですね。 諏訪 それでついに労使関係法の講義は廃止になってしまいました。今風にい えばリストラされたわけです。その後はいろいろな科目を受け持たされること になり、2000年にようやく「職業キャリア論」という講義をつくってもらって、 放浪生活が一段落しました。 −−−−−法学に限らず、労働経済学でも集団的労使関係をやる人はとても少 なくなっているという話も聞きます。 諏訪 研究者は、基本的に自分の知的好奇心から研究するのですが、やはり研 究を通じて社会に貢献したい気持ちもありますから、そうなると時代が要請す る課題に興味が引かれます。私自身も80年代前半から、雇用をめぐる法政策に 研究テーマが移っていきました。 −−−−−その経験がキャリア権の構想に生きているわけですね。 諏訪 自分の経験を、雇用の現場で働く人たち全般に起きていたことに重ね合 わせたときに、いろいろ考えるところがありました。当時、オイルショックに ともなう産業構造の変化があり、たとえばアルミ精錬なんかはあっという間に 国内からなくなってしまいました。そうなると、一生懸命アルミ精錬の仕事を 勉強し、能力を身につけてきた人も、その仕事を続けることは客観的には難し くなる。市場経済では、外部環境が変わることで職業能力が市場価値を失って しまうことが、頻繁に起こります。産業構造が転換するとき、職業構造も転換 する。職業構造が転換するとき、個人のキャリアも転換する。こうした問題を、 自分自身の体験として痛感したわけです。 −−−−−市場経済で、経済が発展していくためには避けられないことですね。 統制経済で計画的に産業構造をコントロールしようとした国はのきなみ失敗し ました。 諏訪 そうです。市場経済の中で労働法とはいかなるものか、ということが大 切です。そういう意味からは、私は雇用政策にテーマを転換した当初は、パー トタイマーなどの非典型雇用、その賃金格差などについて勉強していたのです が、そのときに、こうした働き方の最大の問題はキャリアが形成しにくいこと だと気付きました。長く働いても能力が伸びないと、キャリア展開は進まず、 賃金も上がらず、その結果格差が拡大します。能力を伸ばすにはその機会とそ れが適切に評価され、処遇につながるしくみが必要でしょう。そういったこと を勉強しながら、徐々に考え始めたのは、労働法というのはこうした労働市場 における取引関係をめぐって、これを適切に運用していくための枠組みと、そ の運営基準を策定していこうとする領域なのではないだろうか、ということで した。労使には労働市場において交渉力格差があるから、それを埋めていく、 あるいはそれが著しい不公正を生まないように配慮する、それが労働法の基本 的考え方なのではないだろうか。 −−−−−現行のわが国の労働法では、労組をつくり、団体交渉を行うことで 交渉力格差を縮小しようとしています。 諏訪 集団的労使関係は、19世紀から20世紀前半には諸外国でもかなりうまく 働きましたが、日本では近年、組織率が20%を切って、そうでもなくなってき ました。ではどうするか、ということで、個人が持つキャリアの質を高めるこ とによって、個人が交渉力を高めることが必要であり、能力開発、職業訓練が 基本になるのではないかと考えるようになりました。基本は市場経済の中で労 働者がいかに交渉力を高めるか、ということにあります。キャリアは労働者の いわば資産であり、これが優良資産になれば交渉力が高まり、不良資産になれ ば交渉力も低下する関係にあります。であれば、労働法は、個人のキャリアが 優良資産となるように支援することも重要な役割ではないかと考えたわけです。 −−−−−キャリアを労働者の財産と考えるわけですね。 諏訪 まさにそういうことです。法律論というものは権利義務関係でものごと を考えますから、ではキャリアをめぐる権利義務とはなにか、ということから 出てきたのが「キャリア権」なのです。たしか1996年からだったと思いますが、 キャリアを中心に考えると労働法の発想は従来のものからどう変わるか、とい うことを学会などで報告しはじめました。96年、98年、2000年と続けて、 Right to Careerという概念を用いた報告を国際学会で発表し、キャリア権の 構想が固まってきたのです。こうした概念や発想法は海外にもまだなかったよ うで、おそらく私が世界で初めて提唱したのではないかと思っています。 (聞き手・文責:編集委員 荻野勝彦) 諏訪 康雄(すわ やすお) 法政大学大学院政策科学研究科教授。労働法専攻。主な著書に『雇用と法』 (1999、放送大学教育振興会)、『判例で学ぶ雇用関係の法理』(1994、産業 労働研究所、共著)など。 |