キャリアデザインマガジン連載
「私のキャリア観〜キャリア・インタビュー〜」

「法とキャリアデザイン(2)」(7回連載)
              法政大学大学院政策科学研究科教授 諏訪康雄

【第2回】「キャリア権」構想の背景

−−−−−「キャリア権」という概念としてはなかったとしても、キャリアを
働く人にとって優良な資産としていく、ということは、日本では従来も企業内
で、長期雇用の枠組みの中で取り組まれてきました。

諏訪 まさしくそのとおりで、働くことを大事にする日本の雇用慣行が発想の
基礎にありました。とはいえ、企業がずっと存続するならそれでいいのですが、
現在は働く人の職業生活の途中で企業がなくなってしまう、という可能性が以
前よりはるかに高くなっているのではないでしょうか。産業構造が大きく変わ
るときには、企業内だけでキャリアを考えるのでは不十分ですし、リスクも高
くなります。

−−−−−たしかに、職業生活の途中で、求められるスキルが大きく変わると
いうことは常にありうると思います。

諏訪 歴史をみてもそうです。たとえば、江戸から明治に移ったときは、日本
でも刀剣や弓矢から銃砲類へと武器の技術革新が起こり、江戸時代に武士がや
っていた剣道などの道場がバタバタつぶれました。そうなると、それまで道場
の師範で尊敬されていた人が、その腕前を見せ物にして生活を立てなければな
らなくなってしまった。

−−−−−芸は身を助けるとはいいますが、社会的威信はガタ落ちですね。

諏訪 同じような話で、江戸時代の外国語といえば漢文、中国語で、日本の漢
文は中国人も感心するくらいハイレベルでした。ところが明治になると、片言
でもいいから英語とか、ヨーロッパ言語ができるほうがずっと役立つ時代にな
って、漢文の先生は要らなくなってしまった。もっとも、漢文の素養があった
から、当時は外国語に立派な訳語をあてることができました。「権利」とか
「自由」とかは、この時期につくられた言葉です。

−−−−−「経済」とか。

諏訪 そうそう。今はキャリアだのキャリアデザインだのとカタカナで言うわ
けですが(笑)、当時の知識人はそのくらい漢文の素養があって、それは漢文
を一生懸命勉強しておけば悪いようにはならないよ、という社会だったからで
すね。ところが、江戸時代の武士は官僚だったわけですが、剣術や漢文が達者
でもそのまま明治政府の官僚にはなれなかった。鉄砲や英語のような新しい技
術に対応できなければなりませんでしたが、古い技術で高いレベルに到達して
いるほど、新しい技術への対応は難しく、結局は「武士の商法」などといわれ
るようなみじめな道をたどったのです。ものの考え方も同様で、古いものにな
じんでいればいるほど、新しいものへの転換は困難でした。

−−−−−それは現代でもキャリアデザインにおける大きな課題とされていま
すね。蓄積したものが大きければ大きいほど、それにこだわってしまう。

諏訪 現代の中高年の再就職が難しいというのと同じことが起きていたわけで
す。むしろ若い人のほうが、蓄積したものが少ない分だけそれを捨てやすい。
昭和でいえば戦後の職業軍人なんかも大変でした。かつては尊敬を集める立派
なキャリアだったものが、外部環境が変わったことで、かえってうさんくさい
ものと思われてしまう。

−−−−−社会的、経済的なニーズが変化することで、キャリアの価値も変わ
ってしまうわけですね。日本企業の場合は、繊維メーカーが総合化学メーカー
になり、カメラメーカーが半導体製造装置メーカーになったように、企業自身
もニーズにあわせて事業分野を変化させ、従業員もそれと同時に新しい能力を
形成していくというスタイルを取ってきました。

諏訪 キャリアは社会、組織がつくっていくという側面と、個人、本人がつく
るという側面とがあります。基本は社会や組織がつくるのでしょうが、個人が
意識的につくっていくという面もある。それはことばを変えれば、キャリアデ
ザインを誰がするか、ということになります。組織、企業がやる場合は、企業
のニーズに応じてやるわけですが、うまく事業分野の変更で対応できればいい
ですが、できなかった場合には悲惨なことになりかねません。さきほどのアル
ミ精錬などは、変化が急激すぎて対応できませんでした。

−−−−−たしかに繊維メーカーでも、最近のカネボウは最終的にはうまくい
きませんでした。

諏訪 そういうことは常に起こりますし、起こりやすくもなっています。その
リスクは組織と個人が共有しているわけですが、組織が疲弊しているときは十
分な退職金を払えるとは思えませんし、産業全体が疲弊しているときには転職
だってままならない。

−−−−−となると、どうしても異業種への転職ということにならざるを得ま
せんね。労働条件も下がるでしょう。

諏訪 その意味では、企業だけでなく個人も、かなりのリスクを負っています。
予想されるリスクが現実のものとなったときに、人間がそれに耐えられるのは、
自分がそれに一定のコミットをしたときです。

−−−−−なるほど、自分で選んだ、決めたのだから、自分の責任として納得
しやすい・・・

諏訪 私自身の経験でも、最初に選んだ労働協約という分野は、先生がいくつ
か示した中から自分で決めましたから、その後世間の関心が薄れても、誰にも
文句は言えないわけです。まあ、自分は先が読めていなかったなとか、反省は
しましたが(笑)。もしこれが、先生からこのテーマをやれ、と命令されるよ
うな形で決まっていたとしたら、私の研究者人生をどうしてくれるんだ、と思
ったかもしれません。キャリアは組織が作っていくけれども、そこに自分の判
断も加味される、なんらかの形でコミットすることが大切です。キャリアの重
要な判断には、できるだけ個人が主体性を持てるようにすることが望ましいと
思います。
                  (聞き手・文責:編集委員 荻野勝彦)

 諏訪 康雄(すわ やすお)
 法政大学大学院政策科学研究科教授。労働法専攻。主な著書に『雇用と法』
(1999、放送大学教育振興会)、『判例で学ぶ雇用関係の法理』(1994、産業
労働研究所、共著)など。

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