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「法とキャリアデザイン(3)」(7回連載) 法政大学大学院政策科学研究科教授 諏訪康雄 【第3回】「キャリア権」と自己選択 −−−−個人が負担するリスクが大きい、重要な判断ほど、個人の意思を強 く反映すべきだという考え方は、経済学的にも納得いくものがあります。ただ、 企業としては、当然自社のビジネスのニーズに応じたキャリア形成をしてほし いわけで、あまり個人の選択が強くなると不都合かもしれません。 諏訪 それはもちろん、企業と個人との間で一定の調整は必要になります。漢 文ではなく英語が必要になっている時代に、漢文しかできない人には相変わら ず漢文で仕事をさせなければいけない、ということではありません。そうでは なく、漢文から英語、衰退産業から成長分野へと、キャリアをいかにして転換 し、発展させていくか、それにできるだけ個人の納得を得ながらコミットさせ ていき、転換を促進したり、支援したりすることが大切なのです。 −−−−−企業としては、社内でのキャリア転換や、転進支援、早期退職優遇 といったさまざまな選択肢を準備して、それを働く人に主体的に選んでもらう ということでしょうか。 諏訪 そういった調整は必要ですが、大事なのは社内でどのようにキャリア転 換させるかにも、本人にコミットさせることです。それによって納得が得られ るだけでなく、いろいろな知恵を出そうとか、創意くふうをしようとかいう意 欲も高まるでしょう。 −−−−−それは変化が来てから急にやれと言っても無理ですね。ふだんから それに近いことをやっていないと。 諏訪 そのとおりです。この変化の激しい時代に、10年後、あるいは5年後に どのような能力が必要かということは、誰にも正確に予測することはできませ ん。だとすると、企業の人材に一定の多様性が必要です。生物学的にも、気候 変動が激しくなったりすると、どのように変化してもどれかの種は生き延びら れるように生物の多様性が高まるそうですが、それと同じです。企業が一方的 かつ計画的に多様性を高めようというのは、社会主義国が失敗したのと同じこ とを繰り返すことになります。個人の自由度を高めて、そこから多様性を生み 出すことで、企業内のキャリアに「揺れ」が出てきます。この「揺れ」が変化 への対応力や、創造性につながっていくのではないでしょうか。 −−−−−多様性を活力や創造性に結び付けていこうという考え方は、経団連 も提唱していますし、経済界に拡がりつつあります。 諏訪 それから、企業の人事管理も変化していて、成果主義、個人や部門の業 績を処遇に反映する傾向が強まっています。かつては処遇に大きな差がつくこ とがなく、誰しもそれなりに社内で昇進していたのですが、それは働く人のキ ャリアを企業が決めることの代償でもあったわけです。ところが、時代が変わ ってそれができなくなった。いまでは、新入社員でもどの部門に配属されるか によって、労働条件にも、その後の社内キャリアにも差がついてしまうような 制度があちこちで導入されていますし、現実にある時点から昇進が期待できな い人もたくさん出てきます。企業が自分の都合で働く人をあちこち異動させて おいて、10年か20年たったところで「あなたにはもう上はありません。雇用は 守りますが、飼い殺しです」ということではおかしいでしょう。そのときに、 仕方なく組織に残るだけではなく、自らの意思で組織の外に出ることもできる ように、キャリア形成に配慮する必要があります。 −−−−−それにあたっては、本人も参加し、判断するということですね。そ ういう意味では、多くの企業がすでに自己申告制度や社内FA制度のようなも のを導入し、本人の意思をキャリア形成に反映させるしくみを持っています。 諏訪 働く人にそういう意識が広まってきたからでしょう。外資系企業が採用 を活発化したこともそれを促進したと思います。優秀な人には良好な転職先が あるようになってきたので、この会社にいたのではキャリアの先が見えない、 チャンスがつかめないと思えば転職してしまう。 −−−−−社内でいいコースに乗っている人は転職しませんが、優秀ではある けれどチャンスに恵まれない、たまたまポストがない状態が続いているという 人が転職していますね。で、やめられてみてから、そういえば彼はずいぶんノ ウハウや技術を持っているな、ということになる。 諏訪 ヘッドハンターが狙うのもそこですね。チャンスを与えればすばらしい 仕事ができる可能性のある人です。そういう人を活性化していくためにも、や はりキャリアに自己決定を取り入れることが望ましい。キャリア支援をしたら 優秀な人がやめてしまうのではないか、という心配をするのはおかしな話で、 やめられたら困る人には企業はきちんとした社内キャリアを提示するべきなの です。 −−−−−近年では、企業がキャリア形成支援というと、転出してほしいから 支援するという話が多かったのではないかと思いますが、そうではなくて、社 内で意欲的に働き続けてもらうためにキャリア形成が必要ということですね。 諏訪 企業活動にはいろいろな人材が必要で、今後はやはりある段階で止まっ てしまう人も出てこざるを得ないわけですね。企業はそういう人にも元気で働 いてもらわなければ困る。しかし昇進や昇給はできないとなると、仕事の中身 やキャリア形成などで動機づけするしかないでしょう。昇進はしなくても、自 分の希望が反映された仕事、やりがいの感じる仕事をするのなら、モティベー ションは高まります。 (聞き手・文責:編集委員 荻野勝彦) 諏訪 康雄(すわ やすお) 法政大学大学院政策科学研究科教授。労働法専攻。主な著書に『雇用と法』 (1999、放送大学教育振興会)、『判例で学ぶ雇用関係の法理』(1994、総合 労働研究所、共著)など。 |