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「法とキャリアデザイン(4)」(7回連載) 法政大学大学院政策科学研究科教授 諏訪康雄 【第4回】「キャリア権」の法的内容 −−−−−キャリアを働く人の財産、人的資本としてとらえて、それを法律上 の権利としてどのように位置付けるのでしょうか。 諏訪 これまでなかった概念ですから、一から考えなければならないのですが、 よりよい人生キャリアという意味では、憲法13条の幸福追求権が基本になるで しょう。職業キャリアについては、憲法22条に職業選択の自由が保証されてい る。幸福追求のために自分のやりたい仕事を選べる権利です。18条には奴隷的 拘束及び苦役からの自由がある。さらに重要なのは、27条の勤労の権利・義務 です。国は国民に労働を保証する責務を負っているというのは、国際的にもか なり普遍的な理念です。ただこれは国は政策として完全雇用をめざすべきであ り、そうでなければ失業給付を行わなければならないというも考え方で、当然 に適職選択権までは保障していない。 −−−−−勤労権が生存権の具体化であれば、そうでしょうね。 諏訪 私は、労働権を質的な面まで含めて考えれば、職業選択の自由も重要な 足場にしてつくられた権利だと考えるべきではないかと思います。具体的には なにかといえば、適職選択権、労働を通じてキャリアを高め、あるいは転換す ることができる権利、すなわちキャリア権であり、それは憲法27条に根拠があ る。そして、このキャリア権は、個人では守れませんから、その保護のために たとえば労働基本権(憲法28条)が与えられて、団体交渉などを通じてキャリ ア権が守られるのだ、と考えるわけです。さらに発展させれば、キャリア展開 を支える財産的な基礎としては、憲法29条の財産権も重要な要素になるかもし れない。そう展開すれば、職業キャリアを準備するという意味では26条の教育 権だって根拠になる。子どもだけではなく、大人も次のキャリアの準備という 意味では教育を受ける権利があって、それが生涯学習ということにつながりま す。 −−−−−職業を選択して就労している段階では、労働権が基礎になるわけで すね。 諏訪 当然そうなりますね。もうひとつ重要なものとして、キャリアの締めく くりに関する権利があります。人生キャリアの中で職業キャリアをどこで打ち 止めにして、リタイヤするかも自分で決める権利があるのではないか。そうな ると、年齢だけで本人の意思とは関係なく全員一律に退職させる定年制のよう なものは、キャリア権の観点からは問題もあります。もちろん組織にとっては 新陳代謝などのために当然必要なものでしょうから、そこには組織と個人の間 の一定の調整はあると思いますが、本当に本人の意思と無関係でいいかどうか は問題です。このように、幸福追求権を根拠にしつつ、職業選択の自由や労働 権を核に、教育権、財産権などを周辺に配置しながら、個人が職業キャリアを 開始し、展開し、円滑に終わらせていく、こうした一群の行動を支える根拠が 「キャリア権」という権利であり、憲法にも埋め込まれているものです。ただ、 今までは誰もそういう目で見ていなかっただけで、そういう目で見れば埋め込 まれていることがわかるでしょう。 −−−−−新しい権利概念ですから当然でしょうが、従来の憲法解釈を一部変 更する必要はありますね。 諏訪 それはそうですね。法律論ですから憲法や法令に根拠を求めなければな りません。 −−−−−すでにこうした概念に近い立法などはあるのでしょうか。 諏訪 考え始めた当初はあまりありませんでしたが、その後出てきました。た とえば職業能力開発促進法の中に職業生活設計、これはキャリアデザインです ね。それが織り込まれて、国や地方自治体、あるいは事業主がこれに関する一 定の責務や努力義務を負うという形で定式化されました。これはまだ強行法規 化されてはいませんが、キャリア権が権利概念として確立するうえでの一歩で はあります。さらに、職業生活ということばは、雇用対策法や職業安定法、均 等法、育介法、高齢法、障害者雇用促進法など、あちこちに入っていて、これ もキャリア権を実現していくためのとっかかりになります。 −−−−−育介法は職業生活を続けられるようにという目的ですから、キャリ ア権の考え方がかなり入っているともいえそうですね。 諏訪 まだ法理論としてかなり荒削りなところはありますが、キャリア権は憲 法を核とする「理念」としては、まあ頭から否定する人はいないのではないか と思います。これを具体的な「基準」に落とし込んでいく動きも少しずつあり ます。たとえば、就労請求権という考え方、就労は労働者の義務であるだけで はなく権利でもあるという考え方があるのですが、これは日本ではまだかなり 限られた範囲でなければ無理だろうと考えられています。調理師とか、主とし てマニュアルな熟練工などについては、日々仕事をしなければ腕が落ちていっ てしまうだろうという理屈で限定的に是認されてきました。しかし、高度な知 識を扱うようなホワイトカラーとか、他の仕事にも似たような状況はあるわけ で、単に雇用が守られ、賃金が支払われればそれでいいじゃないか、とはいか なくなってきている実態があります。 −−−−−だから働かせるべきだ、ということには議論があると思いますが、 企業の現場の感覚としても、仕事をすることが能力の維持向上のために重要だ、 ということは、程度の差はあってもかなり多くの職業についてあてはまると思 います。 諏訪 80年代に労働時間短縮の仕事をしていたときに気付いたのですが、単に 働く時間を短くすればいいというものではないのですね。あまり労働時間の総 量規制ばかりを厳しくしてしまうと、働くからこそ身につく、という技術とか、 知識とかが身につかなくなってしまう懸念があります。短時間労働者はその分 OJTを受ける機会が少なくなる。8時間労働の人に時間あたり賃金は同じで 6時間にする、と言えば喜ぶかと言えば、そういう人ばかりでもなくて、能力 形成過程にある若い人などはかえって困ってしまう。 −−−−−腕を上げるためにはタダでもいいから仕事をさせてほしい、という 人は若い人にかぎらずたくさんいます。能力が高まればさらに高度な仕事を任 せられるようにもなりますし。 諏訪 あるいは自分なりに納得いくような仕事をしたいとか、こうしたことも キャリアを形成するうえで非常に重要な部分です。ここではたとえば裁量労働 とキャリア権が関係してくる。 −−−−−キャリア権を守るためにはホワイトカラー・エグゼンプション制の ような法制度も必要になる。 諏訪 最近非常に問題だなと思ったのが、関西のある大学の先生が解雇されて、 それを不当として争った事件ですが、解雇は不当としても授業をさせる必要は ない、研究室に立ち入らせる必要もないという判決が出ているのです。授業は ともかくとしても、研究室に立ち入らせなくてもいいというのは、私は知識労 働者のキャリアをあまりにも軽視したおかしな判決だと思います。こうした就 労請求権のほかにも、たとえば有名な時事通信社事件、チェルノブイリ原発事 故の取材のために4週間の年次有給休暇を取得しようとしたところ時季変更権 を行使して2週間しか取得させなかった事件ですが、時季変更権の判断が変わ るかどうかは別として、いまから考えればこれも労働者のキャリア権の発動と みることができたでしょう。 (聞き手・文責:編集委員 荻野勝彦) 諏訪 康雄(すわ やすお) 法政大学大学院政策科学研究科教授。労働法専攻。主な著書に『雇用と法』 (1999、放送大学教育振興会)、『判例で学ぶ雇用関係の法理』(1994、総合 労働研究所、共著)など。 |