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「法とキャリアデザイン(5)」(7回連載) 法政大学大学院政策科学研究科教授 諏訪康雄 【第5回】「キャリア権」と人事管理 −−−−−配置転換や転勤なども関係してきそうです。 諏訪 配転や転勤などについては、これまで労働者の不利益というのがもっぱ ら家庭的な事情が考慮されてきたわけですが、これも本人のキャリアまで考慮 していいのではないかと思います。もちろん企業は人事権、指揮命令権にもと づき配転や転勤を命じうるわけですが、あまりに労働者のキャリアを毀損する ようなものは権利濫用を構成しうるのではないか。企業は配転を命じるにあた って、それによって本人のキャリアがどうなるのか、応じなければどうか、と いったことを説明して、本人にどちらをとるか考えさせる、などといったこと で、企業の人事権と働く人のキャリア権とを調整するプロセスが必要ではない かと考えます。 −−−−−しかし、業績不振のときには技術者も営業の応援に行くといった対 応が必要になることもあります。 諏訪 それも権利の調整のうえで考慮される要素になるでしょう。あるいは、 業績不振で整理解雇せざるを得ないというときに、その人選基準について転職 の可能性、つまり本人のキャリア展開再就職可能性に言及した判決も出てきて います。判決にはキャリア権という言葉はまだ出てはきませんが、すでにキャ リアは労働法上労働者の配慮されるべき権利として意識されはじめているとい えると思います。使用者の人事権、指揮命令権に拮抗する労働者の権利につい ては、これまであまり詰めきれていなくて、個人の尊厳、人格権のようなもの を対置する説もあるのですが、あまりに漠然としていると思われます。あくま で労働法上の明確な権利を対置するとすれば、キャリア権というのが対比軸に なるのではないでしょうか。 −−−−−企業の人事権に対して働く人のキャリア権、というのはシンメトリ ーではありますね。バランスの問題はあると思いますが。 諏訪 これはバランスの調整基軸のひとつになるものです。正社員ばかりでは なく、非典型雇用の人の教育訓練をどうするのかとか、正社員への転換制度を どう考えるのかとかいったことも、単に使用者が一方的に、恩恵的に与えるも のではなく、労働者のキャリア権にも根拠があると考えなければ、こうした雇 用政策は行えなくなってしまいます。企業の人事労務管理についても、個人に 着目した人事労務管理というのは、実は個人のキャリアに配慮した人事労務管 理ではないだろうか。こう私は考えるのです。 −−−−−たしかに、企業も今では単に頭数が揃っていればそれでいい、とい う単純な労務管理だけではなく、一人ひとりの能力や意欲の向上を重視しなけ れば生き残れない状況です。そのとき、動機づけとして賃金だけをみているか というと、そうではありません。賃金よりむしろ仕事をみています。 諏訪 そうでしょう。それは結局キャリアをみているのです。キャリア権にも とづく個人のキャリアの形成、発展、展開をできるだけ円滑にしつつ、そのこ とが企業にも貢献する。あるいは企業が経営事情で申し訳ないが、といったと きに、社員が快く、とはいわないまでも、仕方ないながらも納得して受け入れ られるようになる、これもキャリア権への配慮なのです。 −−−−−法的権利という意識ではなく、働く人の能力や意欲の向上のためで すが、現実にはすでに多くの企業で行われていることではありますね。 諏訪 そうだろうと思います。一方、人事管理に限らず、労働運動にもキャリ ア権の発想が必要です。歴史的に見れば、中世のギルドというのはまさにキャ リア権を守る組織だったのです。全体の総量規制の中で徒弟を採用し、訓練し、 頭角を現したものが親方となって自治を行う、職業能力の形成と発展を自ら管 理していたわけです。さまざまな弊害はあったにしても、キャリア権を守る団 体ではあった。同じように、近現代の労働運動も、自分たちは単に大量生産シ ステムのなかで取り替えのきく頭数ではなくて、たとえばセニオリティ・シス テムのように、高いポジションがあいたら勤続の長い人から就くことができる ルールを労組が実現してきたのも、適切であったかどうかは別として、労働運 動がキャリア権を守ろうとした結果なのです。 −−−−−雇用を守るということ自体が、キャリアを守ることにつながります ね。労働運動のほうが、権利を守るという発想はなじみやすいですね。 諏訪 このように、過去から現在までの労働をめぐるさまざまな取り組み、経 緯をキャリアという観点から整理してみると、それはすべてキャリア権の実現 のためのいろいろな工夫だったと捉えることができます。とすると、労働法は なにを守る法律かというと、究極的には個々の労働者のキャリア権を守り、そ れが円滑に発現されていくための法律だったのではないか。たとえば低すぎる 賃金は生活を守れないだけでなく、キャリア形成のインセンティブを損ないま すし、自己投資を困難にします。長すぎる労働時間の削減、休日の確保も同じ ことです。あるいは、失効した有給休暇の活用とか、能力開発のための長期休 暇制度といったものも、キャリア権という基本理念があってこそ多様に展開し ていくことが可能だと思います。 −−−−−その展開はどこまでの射程を持つのでしょうか。 諏訪 これからまだ育っていく概念だと思いますから、人々の意識や労働市場 がどこまで変わるかによるでしょう。専門化が進んだり、企業組織の変動が激 しくなったりすれば、より強固になっていくものと思います。企業内だけでは なく、労働移動を通じてもキャリア形成がはかれる社会にしなければ、社会全 体として人的資源活用の効率が低下してしまいます。 −−−−−企業は権利といわれるとどうしても身構える部分はありますが、キ ャリアに対する関心は高まっています。社員のキャリアを、企業と社員の共同 作業として発展させていこうという取り組みは多くの企業に広がっています。 諏訪 それは健全な姿だと思いますね。もちろん、さっき言った「種の多様性」 的な観点からは、働く人の自由、個人の勝手というのがたしかにいいわけです が、しかし個人だけでやろうとしても限界があることも事実です。合成の誤謬 的な問題もあり得ます。ですから、互いの利益を考えながら共同でやるのはい いことだと思います。 −−−−−企業としては、それを通じて、組織にキャリア形成のノウハウが蓄 積されるという考えもあります。 諏訪 日本には何百万事業所もあるわけですから、それぞれに多様なキャリア 形成が行われるようになれば、働く人もさらに多様なキャリアの可能性が開け てきますね。職種にもよると思います。デザイナーのような職業は転職や独立 を通じて、個人がもっぱらキャリア形成するのが基本でしょうし、現場の熟練 工は長期勤続で、企業が相当程度関与する必要があるでしょう。 −−−−−キャリア権が保護される程度が、キャリアの内容やその形成過程に よってかなり変動してくることになるわけですか。 諏訪 そうです。キャリア権は一律の固定的なものではなく、理念であり、そ の基準としてはさまざまなカテゴリーやクラスターに応じて多様なケースがで きてくるでしょう。今現在は、まず労使にキャリア権の考え方をぜひ理解して ほしいと願っているところです。労働運動にとっては次の重要なターゲットに なるでしょうし、人事労務担当者にとっても、中長期的に労使がともに発展し ていくために、自分たちのやりたいことをやっていく考え方の基本になると思 います。 (聞き手・文責:編集委員 荻野勝彦) 諏訪 康雄(すわ やすお) 法政大学大学院政策科学研究科教授。労働法専攻。主な著書に『雇用と法』 (1999、放送大学教育振興会)、『判例で学ぶ雇用関係の法理』(1994、総合 労働研究所、共著)など。 |