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=================================== *** 労務屋の労働雑感 *** +++++++++++++++++++++++++++++++++++ 平成13年05月17日発行 通巻062号 +++++++++++++++++++++++++++++++++++ <<< 労働市場の限界 >>> =================================== 前回に続き、経済財政諮問会議の専門委員会が出した「緊急提言」について 考えてみたいと思います。 今回の提言は、中期的な雇用創出と産業構造高度化だけではなく、足元で喫 緊の課題と言われている「不良債権の最終処理」にともなう雇用対策としての 意味も持たせてあるようです。最終処理にともなってどれほどの失業者が出る かは、確からしい見通しを示すのは困難というのが一般的な見方ですが、それ でもニッセイ基礎研、第一生命経済研、ドイツ証券が「100万人超」という 見通しを示しています。 100万人に対して530万人だから楽勝だろう、と単純な比較はできませ ん。報告にもあるとおり、90年代にもサービス産業の雇用は400万人増え ていますが、全体としての雇用はそんなに増えていません(最後の数年は、サ ービス産業では年30万人程度増えていますが、雇用者総数は減っています)。 要するに、放っておいても自然にサービス産業化は進んでいて、他の産業から の移動は起こっているわけです。すなわち、こうした「自然の流れ」に加えて、 最終処理の失業の受け皿を準備しなければならないということになります。 したがって、すでに存在する300万人の失業者に加え、最終処理以外にも 失業が増加する可能性はあるわけであり、530万人の雇用創出でこれらの相 当部分をおおむね吸収するというのは、数字の見た目ほど楽勝ではありません。 さらに、いくつかの問題点があります。 不良債権の最終処理は、この2〜3年で集中的に取り組む、とされています。 それに対してこの提言は、「5年で530万人」となっていて、明らかにタイ ムスケールの違いがあります。おそらく、再就職までの期間は平均して2年程 度にはなるのではないでしょうか。現在、失業給付の支給期間は最大で330 日間、約11ヶ月ですから、1年程度の違いがあります。これに関しては、緊 急報告は明言していませんが、おそらくは給付期間の延長で対応することを想 定していると考えられます。この場合、財政面での負担のほか、失業が長期化 することによって、たとえ職業訓練などをセットにしたとしても、技能水準の 低下やモラルハザードなど、人的資本が劣化する危険性が高いでしょう。 さらに不可解なのが、就労構造の調整を「バンピング」で行なうとしている 点です。いかに職業訓練をしたとしても、建設現場で働いていた人に育児サー ビスに従事せよ、というのは無理があります。そこで緊急報告では、「技能の 通用性や移動の可能性に応じて、労働市場全体のいわばバンピング(玉突き) 型の再配分を通じて新規雇用機会に労働者が吸収されていく」と述べ、「労働 力の流動化が促進され…るかどうかが…成否を左右する」としています。これ はどういうことかと言うと、例えば建設現場で失業者が出たら、その人は製造 業で就職し、製造業の失業者が流通業に就職し、流通業の失業者が育児サービ スに就職するといったように、いわば「玉突き」で全体を調整しよう、という アイデアです。 これはもちろん、産業構造の変化に応じて、これまでも行われてきたことで す。しかしそれは、農家の次男が製鉄所に就職し、紡績工場の女性と結婚して できた息子が電機メーカーに就職し、さらにその子が金融業やit関連産業に 就職するといった、世代単位の長期スパンで行われて来ました。わが国の労働 市場の現状を考えれば、仮に緊急報告の皮算用どおり労働需要が発生したとし ても、「労働市場の流動化を進めることで、2〜3年、あるいは5年でバンピ ングによる調整が可能になる」という想定は、あまりに非現実的であると言わ ざるを得ません。実際、米国においても、70年代の就労構造が90年代の構 造に変わるまでに、80年代不況の約10年を要していると考えていいと思い ます。特に、緊急報告の想定する新規雇用は、かなりの部分が低賃金労働であ り、移動のインセンティブが働きにくいことに留意が必要と思われます。 緊急報告は、「労働市場が労働資源再配分機能を十分に果たしていない」こ とを問題点として強調しています。私も、自由意志による市場取引が資源の最 適な配分をもたらすという考え方は理解しているつもりです。しかし、私は専 門家ではないので不正確かも知れませんが、市場が最適な配分を実現するため には、市場が参加者に完全に公開され、需要と供給が十分に多数存在して独占 や寡占、あるいは規制などによる競争の阻害がなく、情報はすべての参加者に 十分かつ対称的で、調整は時間を要さず、取引コストはゼロであるなどといっ た、現実にはなかなか実現困難な条件が必要であったと記憶しています。これ を思うと、労働力というのはまことに市場には不向きな「商品」であり、市場 の調整力に多くを期待することは誤りであると言わざるを得ないように思いま す。最終処理のような非常時には、市場に放任することはむしろ危険であり、 市場の調整能力の限界をきちんと認識し、行政主導で、混乱を最小限に止めな がら、計画的に雇用の創出と労働移動を進めていくことこそが必要でしょう。 この緊急報告に限らず、例えば竹中平蔵担当相や中谷巌氏などの発言などを 見ていて感じるのは、一部の経済学者の中には、「労働市場が、経済学の想定 するような理想的な状態になっていないのが悪いのだ。最大の問題点は企業が 解雇を行なわず(あるいは解雇が『規制』されていて)、『商品』が市場に潤 沢に供給されない点にあり、したがって解雇を奨励して商品を増やすべきであ る。他にも、主に労働者保護のためにある多くの規制は取り払うのがよかろう。 さすれば、市場は『瞬時にコストゼロで』調整を行なうであろう」という発想 を持っている人がいるのではないか、ということです。もちろん、現在の労働 市場に行き過ぎた規制が存在することは事実です。しかし、金融市場などの場 合であれば、また話は別かも知れませんが、こと労働市場においては、「セー フティー・ネットだけあれば十分」という考え方も、また極端すぎると考える のが「健全な常識」というものではないでしょうか(もちろん、そう考える経 済学者もたくさんいますし、多数派だろうと思います)。経済学(ある種の) の正しさを信じるあまり、手段が目的になってしまっているのだろうと思いま すが、いささか危険な徴候であるように感じます。 まさかとは思いますが、自分自身が痛み(外部不経済)を被らない立場なの で、それを被る人たちへの共感を欠いているのだとしたら、まことに残念な話 だと思います。学問にセンチメンタリズムを求めるつもりはありませんが、ケ インズの師でもあったマーシャルの「cool head but warm heart」は、いつの 時代も経済学者の共通の信条であってほしいものです。 (次回は5月21日に配信する予定です) =================================== ◆メールマガジン「労務屋の労働雑感」 このメールマガジンは、インターネットの本屋さん「まぐまぐ」で配送され ています。(http://www.mag2.com)id=0000049801 ◆このメールマガジンは、発行者が、個人の資格で、管理職、人事労務担当者、 組合役員、学生・研究者などの方々を対象に、人事・労務・労働などに関す る話題を提供するものです。毎週月・木曜日(祝日休)に発行しています。 ◆バックナンバーは、次のページからごらんになれます。 http://www.geocities.co.jp/wallstreet/2659/mm/backn.html ◆登録・解除は、次のページからお願いします。 http://www.geocities.co.jp/wallstreet/2659/mm.html ◆労務屋のホームページ:http://www.geocities.co.jp/wallstreet/2659 の「労働掲示板」に、ご意見・ご感想などをおよせいただければ幸いです。 ◆メールアドレス:nagoyakuma@nifty.com ◆転載・引用を歓迎します。その際は、「労務屋の労働雑感」からの転載・引 用であることと、まぐまぐのid(0000049801)の記載をお願いします。 ◆[免責事項]本メールマガジンは、内容の正確性を保証するものではありま せん。本メールマガジンの購読、利用などによって発生したいっさいの損害、 損失、障害などについて、発行者はその責任を負いません。 =================================== |