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          *** 労務屋の労働雑感 ***

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        平成13年04月16日発行 通巻054号
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 賃金の下方硬直性といえば、労務担当者にはおなじみの言葉です。賃金は一
度上げてしまうと引き下げるのは非常に難しい。これに対して、賞与は業績に
応じて増減させることができる。したがって、昨今のような先行き不透明な時
代には、下方硬直性が強く、長期的・固定的な負担増となる賃金の引き上げは
行うべきではない、といった調子で使われます。
 実際、賃金の下方硬直性というのはなかなかのもので、例えば日経連の「労
問研報告」本年版を見ても、「近年、企業業績の悪化を反映して、現実の賃金
決定は定期昇給を中心とする考え方に大きくシフト」している、と書いてあり
ます。これだけ企業経営が厳しいと言われ、しかも物価も実勢としては下がっ
ている中でも、「定期昇給を中心」すなわち定昇は確保するというのが大勢だ
というのですから、賃金の下方硬直性というのはかなり強固なようです。
 昨今、日本ではまたぞろ構造改革圧力が強まっていますが、実は案外、これ
にも賃金の下方硬直性が単純な形で影響を与えている可能性があります。例え
ば、最近の例を上げますと、「文芸春秋」の最新号(5月号)に、外資系証券
ディーラーが書いた「それでも日本の株価は高すぎる」という文が掲載されて
います。本論は日本株はperが高くて割高だ、ということですが、その中に
こんな一文が出てきます。
 「日本企業も『痛み』を取ることをはじめなければならない…『失われた十
年』の間に、株価と地価の下落で大きな資産を失ったのですから、生活水準を
落とすほうが当たり前で、それを五百兆円を超える大借金で埋めたことこそ間
違いであったと考えるべきです」。そのあとは、いかに米国企業が首切りを断
行したかという話が延々と続き、アメリカ礼賛で終わっています。
 これは要するにこういうことでしょう。株主も地主も、バブルの崩壊で大損
を被った。中には破産に転落した人もいる。今も、金融機能不全や地価低迷で
株主(証券ディーラーも)も地主(不動産業者も)も大迷惑している。しかる
に、なぜ雇用者、賃金労働者たちは、業績が悪いのに賃金が下がらず、むしろ
デフレで実質賃金は上がってすらいて、生活水準が下がらないのか。彼らの賃
金(と雇用)を支えるために、国が五百兆円も大借金をして、余計自分たちは
迷惑を被っているじゃないか。早く不良債権の処理をして、バンバン首切りし
て、株価を上げてわれわれを儲けさせてくれ−というわけでしょう。
 もちろん、株主や地主が大損したのは、証券ディーラーがお好きな「自己責
任」の帰結であり、雇用や賃金について一定の保障をともなう雇用契約を結ん
で賃労働関係にある労働者に難癖をつけるのは筋違いもいいところですが、こ
の文芸春秋の文を読んでいると、彼らがいわれのない被害者意識にさいなまれ
ていることがよく伺えます。最近の「構造改革」と称するものの実態のほとん
どは実は株価対策・地価対策であり、業界に利益を誘導するものばかりである
ことを思うと、いささかひねた見方とではありますが、案外こんな単純な見方
も当たっているのではないかと思ってしまいます。
 これはこれとして、賃金の下方硬直性が、昨今のようなデフレ経済下では正
社員に対する強い雇用調整圧力となる一方で、パートタイマーなどの非正規雇
用の賃金水準を低下させることで、賃金による労働力の需給調整機能を低下さ
せ、所得の分配に悪影響を与えることで、ひとり企業経営に対する人件費負担
の増大にとどまらず、経済全体にも悪影響を与えるという指摘もなされていま
す。これはたしかに重大な問題です。
 この問題に対処するには、インフレが起きるのがもっともシンプルな方法で
しょう。物価が上昇するなかで、賃金の上昇を抑制し、名目では下方硬直的で
も、実質で弾力化するわけです。
 ただ、この方法には、適度なインフレをいかにうまく起こすか、という問題
は別としても、賃金水準の調整方法として必ずしも十分でない部分もあります。
すなわち、エネルギーや鉄道などの自然独占産業をはじめとして、国際競争下
にない産業では、特にインフレ下にあっては人件費増を価格転嫁しやすいため、
実質賃金の抑制効果が不十分なものにとどまる可能性があります。また、それ
は、内外価格差の拡大を通じて経済に悪影響を与えかねません。
 インフレ以外に、賃金の下方「弾力化」の手段として考えられるものとして
は、労働市場を通じた調整が考えられます。これはアメリカでは現実に起こっ
たことで、高賃金の労働者が解雇され、より低い賃金の仕事に転職することで、
賃金水準の調整が行われました。わが国でも、「構造改革」を唱える論者の中
には、この方法を主張する人も多いようです。しかし、こうした動きが拡大す
ることは、それこそ経済や社会全体に与える影響は甚大ですし、他にも失うも
のも非常に大きいですから、慎重の上にも慎重に考える必要があると思われま
す。確かに、不良債権処理の最終局面においては、一部ではこのような調整も
一定程度必要になってくるかも知れませんが、最低限度のものをしっかりした
コントロールの下に行うべきと考えます。
 その他に考えられる手段としては、たとえば賃金減をともなうワークシェア
リングなどが考えられます。これも、すでに一部では実施に移されているとこ
ろではありますが、今のところあまり大きな動きには至っていません。しかし、
今後は、こうした対応を真剣に検討しなければならないケースも増えてくるか
も知れません。

                (次回は4月19日に配信する予定です)
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