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          *** 労務屋の労働雑感 ***

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        平成12年02月21日発行 通巻038号
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        <<< 【書評】労働組合よしっかりしろ >>>

         久谷與四郎監修  日本リーダーズ協会

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 日本リーダーズ協会は、勤労者によるインフォーマル活動の健全なリーダー
を育成することを目的に、労働評論家の芦村庸介氏の肝いりで設立された団体
である。設立当時は、まだ階級的・闘争的労働運動華やかなりし時代であり、
ある意味で「労働組合よ、しっかりしろ」という状況であったに違いない。歳
月は流れ、当時とは時代背景も労使関係も大きく変わり、芦村庸介氏も故人と
なった。そして今、まったく別の意味で「労働組合よ しっかりしろ」という
書名の本が出されるに到った。
 この本は、監修の久谷氏による、労働関係の有識者9人へのインタビューと、
現役の活動家たちの対談からなっている。こういう形式の本だけに、問題点の
掘り下げや深い考察に欠けることはいたしかたなかろう。とはいえ、そのこと
が、かえって現在の労働運動がどのような隘路に入りこんでいるのかを浮きぼ
りにしており、また、その病弊の想像以上の深刻さを感じさせる。
 労働組合は時代の変化に対応できていないのだ、とほとんどの論者は主張す
る。労働市場、ひいては社会・経済の構造変化、勤労者の意識の変化、ニーズ
の変化に対して、旧来の労働運動が適応できず、その結果が長期にわたる組織
率の低迷であるという。
 これはまことにその通りであり、より幅広い勤労者をカバーし、組織し、そ
の利害を代表しうる存在となることが急務であることは間違いあるまい。しか
し、それは言うほど簡単ではない、というより、それができないから苦心して
いるのだ。9人の論者はそれぞれに労組の今後の方向性を指摘しており、聞け
ばもっともな意見ばかりなのだが、それでは実際にそれができるのか、という
ことになると、現実的な道筋まで示しているとはおよそ言いがたい。
 なぜ、このような空論に終始してしまうのか、それは、労働組合、労働運動
のパワーがどこから得られるか、何がそのプレゼンスの源泉となっているかに
ついての根本的な認識が欠落しているから、あるいは基本的に間違っているか
らではないかと思う。それが有識者9氏だけではなく、活動家の座談会にも感
じられるところに問題の深刻さがある。
 最近、労使関係は集団的なものから個別的なものに主眼が移っているという
説がある。組織率が低下している以上、それは確かにそういう部分も大きいだ
ろう。しかし、それは労働者の側が弱くなったということに過ぎない。これに
対して、仕事の専門化、ホワイトカラー化が進展したことで、労働者の交渉力
が強まったから、それで均衡が取れているという意見がある。まあ、交渉力は
いくらかは強まっているかも知れない。しかし、それで対等になったかといえ
ば、決してそんなことはない。景気動向や労働市場の成り行きは別問題として
も、労働者が依然として「失業すれば食うに困りかねない」存在であることに
大きな違いはない。すなわち、労働者が「集団的に」経営者と向き合わなけれ
ば、「対等な」交渉は難しいはずである。
 また、最近、労働組合が企業の株式を取得して、株主としての立場から影響
力を行使しようという取り組みも見られるようになってきたが、経営が傾いて
株価が額面割れしているとかいうケースならともかく、通常の場合は労組が大
株主になるほどの財力を持つことはまず考えられない。したがって、労働組合
が経営者に対する交渉力を、ひいては社会におけるプレゼンスを持つのは、ひ
とえにその組織力によることは論を待たない。そしてその組織力は、単に組合
員名簿に多数の名前が登載されているだけではパワーにならない。構成員のそ
れぞれが、執行部の統制のもとに、組合活動に協調して参画してはじめて、組
合の組織力は遺憾なく発揮されるのである。
 この組織力はもちろん、ストライキのような争議行為においても発揮される
し、それは経営陣に対する圧力となって交渉力を高めるだろう。しかし、組織
力がさらに十全に発揮されるのは、実は労使協調による生産性向上においてで
はないだろうか。実際、現在のような競争経済においては、ストライキなどと
いうのは労使双方にとって自殺行為に等しいことも多い。それでも経営者が労
使関係への配慮を怠らないのは、企業がその生産性を維持するためには、スト
ライキが行われないといったレベルにとどまらない、高い次元の労使協調を必
要としているからに他ならない。いったい、例えばわが国におけるジャスト・
イン・タイム方式などは、リーン生産方式などと言われて、各国の企業にも導
入され、生産性向上に大きな役割を果たしているわけだが、どうして、労使関
係の安定なくして、ジャスト・イン・タイム方式がその効果を万全に発揮する
ことはないのである。
 とすれば、いかにして主体的に活動に参画する組合員を増やして行くのかが、
これまでもこれからも労働組合の生命線であるはずだ。現在の労働運動の病弊
は、組合員名簿に載っている名前の数が減っているだけではなく、その中で主
体的に活動する組合員が減少していることに真の病巣がある。例えば、選挙ひ
とつとっても、公称800万人の組織を誇る連合が、どれほどの票を集めている
のか。彼等のいわゆる「投票行動」を行う、すなわち「主体的に活動に参画す
る」組合員がどれほどいるのか。自分だけではなく、家族、さらには親類縁者、
知人友人の票まで獲得するほどに主体的に活動する組合員は、幹部役員を除け
ばほとんといないのが実態だろう。くしくも、日本医師会は選挙になれば
800万票を集票するという。連合ははたしてそれだけの集票力があるのかどう
か。
 こうした観点に立って、この本の9人のインタビューを見てみると、まず島
田晴雄氏の見解がまったくもって見当違いであることが知れる。氏はこれから
の労使関係は「個別的」なものが主流となると言う。そして、労働組合に対し
て、それをふまえて、組合員の支払う組合費に見合ったサービスを提供する存
在になれと説く。しかし、いったい、組合員の支払う組合費でいかほどのこと
ができるというのか?組合費などと言うもの、しょせんは組合員の1%どころ
か、コンマ1%程度の専従者を養う程度のものでしかないのだ。800万連合の
専従役員はどれほどいるというのか?せいぜい100人かそこらでしかない。こ
れで、氏の言うような、「個別的」案件について「安心を与えられる」サービ
スが可能であろうか?まさか。まさにまったくの観念論としか言いようのない
所論であるが、島田氏といえば万人が認める労働分野の有識者の第一人者であ
り、労働分野に限らず、社会全体に大きな影響力のあるオピニオン・リーダー
である。それほどの人がここまで筋違いなことを述べて平然としていることに、
現在の労働運動の抱える病弊の深刻さを思わざるを得ない。しかも、監修者の
久谷氏まで、この見解に恐れ入ってしまっているのだから、権威の持てる力の
恐ろしさを感じるとともに、まことに労働運動も末期的なところまで来ている
のではないかと戦慄を覚える。これは要するに、組合員は、組合費を支払って
執行部を雇い、そのサービスを受け取る存在であるということである。カネを
払っているのだから、あとはサービスを受け取るだけで、自分はカネを出す以
外の何もしないということである。これでは組合の組織力もなにもあったもの
ではない。そもそも、オレ達はカネを出しているのだからそれ以上何もしない
ぞ、などという組合員ばかりになってしまったら、活動家はなにを拠り所に活
動すればいいのか。
 同様に、菅直人氏が、「労働組合員はタックスペイヤーなのだから、もっと
自信を持って堂々と活動してほしい」と述べるのも、まったくもってお粗末な
議論と言わざるを得ない。もちろん、私も、労組がもっと自信を持って活動し
てほしいと望まないものではない。しかし、それは「税金を払っているのだか
ら」という根拠に成り立つものではない。これは菅氏がご自身の得意とする
「市民運動」と「労働運動」とを混同していることによるものだろうと思う。
言うまでもなく、労組員は菅氏のいわゆるタックスペイヤーだけではなく、
タックスイーターも多数含んでいる。労働運動とは税の支払とは基本的には無
関係であり、勤労者の所得、生活、経済的地位の改善をめざすものである。そ
れは必ずしも市民運動と整合的であるとは限らない。
 そこで、私なりに労働組合に提言するとすれば、何より組織化、組織強化に
努力してほしいということに尽きるだろう。労働運動は、組織の力を背景に、
交渉によってその成果を勝ちとっていくことこそが真髄である。それはどうす
れば可能なのか?この本の中でも、大沢真知子女史が述べるように、女性、パ
ート、非正規といった範囲にまで組織化を広げて行くこと、また、単に賃金や
福利厚生などの経済面だけではなく、労働時間や働き方といった面にもさらに
活動の重点を置いて行くことなど、有益な提言が行われている。それに加えて
私は、組合員と非組合員の差別化ということを、少し考えて見てもいいのでは
ないかと思っている。
 連合は、組織率が低くなったことの言い訳として、波及効果があるというこ
とをあげている。春闘などでも、組合がある企業の労使が「世間相場」を作っ
て、それが組合のない企業の労使にまで波及するから、組織率は低くとも影響
力という面で存在意義が高いのだ、という理屈である。一理あるが、しかし、
昨今の実態を見れば、波及効果が著しく低下していることに目を瞑るわけには
いかない。
 同じように、今の労働運動は、法制化運動にかなりの重点を置いている。連
合のいわゆる「ワークルール」の取り組みなど、まさにそうであろう。これは
確かに、組織率は低くとも、すべての勤労者に波及効果があるのだ、というこ
とで、組織率の低下を正当化できる、魅力的な理屈である。しかし、法制化と
いう手法は、フリーライダーをどんどん増やすことになる。自分は組合活動を
しなくてもよい、組合に入りすらしなくてもよい、組合の人ががんばってくれ
るからいいのだ、という考え方を正当化するものである。その費用は、とりあ
えずは今は組織のしっかりした労組の組合員が負担してくれている。それは主
に大企業の正社員であり、負担能力のある人だから、一種の所得再分配機能と
して説明できないこともない。しかし、これはまさに袋小路であるし、組合活
動の自殺行為に等しい(そういう意味では、金子勝氏の所論も、ある意味で鋭
く正鵠を突いているのではあるが、運動論として立法を唱えているところに不
満を覚える)。
 この本でも複数の識者が述べているとおり、戦後労働運動、春闘路線は、大
きな成果を上げたことは間違いない。その結果、全体の底上げがはかられ、今
や勤労者で「明日の米をよこせ」という実態にある人はごくごく少数になった。
ここまで来たのだから、横並びをすべて止めろとまでは言わないまでも、ある
程度までは、「波及効果」というものを捨ててもいいのではないか。現に組合
活動に参画し、組合費も払っている労働者については、そうでない労働者に比
べて恵まれていて当然だ、という価値観の転換を進めるべきではないのか。そ
して、なにより組合員自身が、「組合費を払っていれば、それでいいのだ」と
いう意識を転換し、組合員一人ひとりの参加が組合活動の力であるという認識
に立ち返ることができるような活動を実現していかなければなるまい。
 それを行わなければ、労働組合は今の隘路を脱することはできないだろうし、
増え続けるフリーライダーに侵食されて、崩壊してしまいかねないのではない
だろうか。
 格別目新しい発見のある本ではないが、いろいろと考えさせられる材料を多
く含んだ本ではあると思う。

                (次回は2月22日に配信する予定です)
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