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=================================== *** 労務屋の労働雑感 *** +++++++++++++++++++++++++++++++++++ 平成14年05月22日発行 通巻162号 +++++++++++++++++++++++++++++++++++ <<< 【書評】ワークシェアリングの実像 >>> 竹信三恵子著 岩波書店 =================================== このところのワークシェアリング論議の高まりを受けて、「ワークシェアリ ング」と題する新しい本もいくつか見かけるようになってきた。著者は朝日新 聞のジャーナリストであるという。題材のタイムリーな捉え方、副題の「雇用 の分配か、分断か」はじめ「雇用不均衡社会ニッポン」「労働がみえない社会」 といったワーディングの巧みさ、独自の取材にもとづく事例紹介、そしてさす がに達意の文章による読みやすい記述など、なるほどジャーナリストらしさの 随所に出た本であるといえそうだ。 しかし、巧みなワーディング、読みやすい文章にもかかわらず、ページを繰 るたびに違和感が強まってくるという感を禁じえなかった。読み進むほどに、 ワークシェアリングが実体のない絵空事に思えてきてしまうのだ。 この本では日本と欧州の「ワークシェアリング」と称される取り組みが紹介 されている。その上で、日本における「ワークシェアリング」は、「雇う側の 都合に合わせて雇用を上から裁断」し、安定して良質な仕事を不安定で悪質な 仕事に分割する「雇用の分断」であると断罪する。そのうえで、生活の質の向 上と雇用の安定を備えた「雇用の分配」を、「働く当事者による自発的な分け 合い」として実施すべきだと主張している。出来の悪い社会主義のような意見 だが、著者は真剣にそう考えているらしい。実際、いかなる内容の短時間労働 であっても、生活が支えられるだけの賃金が支払われなければならないという 主張は随所に出てくる。公的福祉とあわせて、ではなく、「賃金で」なのだ。 これは評者にとってきわめて違和感のあるものではあるが、もちろんこうし た考え方もあっていいと思う。しかし、もし、これを実現するとしたら、高度 な業務に長時間従事している人の賃金水準を相当程度引き下げなければならな いだろうし、おそらくはそれにとどまらず、たとえば株主への配分を大きく削 るといったことも必要になるだろう。別にそれもそれでありえない考え方では ないのだから、こうした対応が必要となることを明言したうえで、それが現実 的なのか、あるいは国民経済にとって望ましいことなのか(評者はそうは思わ ないが)を正々堂々と議論すべきではないか。そうでなければ、議論以前の問 題としておよそ責任ある言論とは言えまい。 次になんとも違和感を覚えるのが、日本での取り組み事例について、いずれ も雇用を守る、あるいは増やすという善良な意図に立って、労使が真剣に取り 組んでいるものであるにもかかわらず、何やかやと難癖をつけて否定しようと いう態度が露骨に見えることだ(さすがにこれは著者もいくらか気がさしたら しく、エクスキューズの記述もされている)。その理由は荒っぽくいえば「も っとひどい目にあっている人がいる」とか「それで現に労働条件が悪化した」 といったものであるが、それを言い出したらなんだってそうだろう。つまると ころは、著者の主観的な価値観にもとづく色眼鏡(主張を正当化するため、と までは言わないにしても)なのだ。労使がともに良かれと信じて取り組んでい ることをこうまで悪しざまに書かれたら、当事者としてはまことに憤激にたえ ないのではないか。少なくとも、色眼鏡で見た記述を「実像」と称するのは片 腹痛いことこの上ない。 もう一つの違和感は、この本はワークシェアリングの本というよりは女性労 働問題に近い、という点にあるのではあるまいかと思う。実際、この本には、 非常勤社員が差別されているのは不当であるとか、介護のホームヘルパーの移 動時間がカウントされないのはけしからんとか、それ自体は重要な問題なのか も知れないにしても、ワークシェアリングとは直接関係のないエピソードが目 立つ。これも、この本がワークシェアリングを題材にした女性労働問題の本だ と考えればわかりやすい。というか、主な関心事項は女性労働問題で、それに ワークシェアリングの話を接合している、ということになるだろうか。もちろ ん、ワークシェアリングと女性労働は密接不可分の問題であることは間違いな いだろうが、この本の場合は書名を「ワークシェアリングと女性労働」とでも してくれていれば、読み方も違うだろうし、受ける印象も異なったものであっ たような気がする(もっとも、それでは「売れない」からこの書名にしたのか も知れない)。 もう一つ指摘しておきたいのは、最後の最後になって唐突に精神障害者や引 きこもりの就労支援のNPOといったかなり特殊な事例を持ち出してきている ところである。それをもって、非営利ならば「生身の人間が持っている能力や 生活を生かせる構造」をつくることができる、ということが言いたいらしい。 これらはそれ自身は事例としてたいへん優れた取り組みであるし、心情的に反 論しにくい材料であることも事実である。しかし、少なくとも政策論としては あまりにも幼稚で情緒的に過ぎるだろう。この数ページを読んだだけでも、ま ともに読むに値する本ではないことが明々白々なように感じられる。もっとも、 そもそも、こうした煽情的なエンディングの演出効果を期待できる読み手を想 定した本なのかも知れないが。 忘れずに書いておかなければならないが、紹介されている事例に関しては、 おそらく独自の取材もあるのだろう、なかなか参考になるものが数多く含まれ ている。スウェーデンやオランダの取り組みについて、成功している部分だけ ではなく問題点についてもかなり踏み込んで指摘しているのも好ましい(さす がに最近は世間でも「オランダ万歳」的な論調は減ってはきたが)。女性労働 に関するエピソードの中も、話半分に割り引いても興味深いものがある。色眼 鏡を通している(特に日本の事例)ことを承知で読めば、けっこう役立つ本で あるとも言える。 とはいえ、やはり現状の正しい理解や現実的な政策論のために資する本であ るとは言えないと思う。著者は文中で、日経連が「ワークシェアリング」とい う語を戦略的に活用したと分析し、その「言語感覚には脱帽するしかない」と 揶揄しているが、そう言うこの本も自体がやはり「分配」「分断」などの言語 感覚をはじめとする「感覚」に頼った主張に終始してしまっているのが皮肉な ところだ。 (次回は5月23日に配信する予定です) =================================== ◆メールマガジン「労務屋の労働雑感」 このメールマガジンは、インターネットの本屋さん「まぐまぐ」で配送され ています。(http://www.mag2.com)ID=0000049801 ◆このメールマガジンは、発行者が、個人の資格で、管理職、人事労務担当者、 組合役員、学生・研究者などの方々を対象に、人事・労務・労働などに関す る話題を提供するものです。毎週月・木曜日(祝日休)に発行しています。 ◆バックナンバーは、次のページからごらんになれます。 http://www.geocities.co.jp/WallStreet/2659/mm/backn.html ◆登録・解除は、次のページからお願いします。 http://www.geocities.co.jp/WallStreet/2659/mm.html ◆労務屋のホームページ:http://www.geocities.co.jp/WallStreet/2659/ の「労働掲示板」に、ご意見・ご感想などをおよせいただければ幸いです。 ◆メールアドレス:nagoyakuma@nifty.com ◆転載・引用を歓迎します。原則として、ヘッダ・フッタも含めた全文の転載 をお願いします。部分引用についてはご相談いただければ幸いです。 ◆[免責事項]本メールマガジンは、内容の正確性を保証するものではありま せん。本メールマガジンの購読、利用などによって発生したいっさいの損害、 損失、障害などについて、発行者はその責任を負いません。 =================================== |