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          *** 労務屋の労働雑感 ***

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        平成14年12月02日発行 通巻198号
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 宝塚歌劇団といえば、出演者すべてが女性ということで知られています。根
強い人気と高い技術的評価を誇るこの歌劇団は、実は人事管理の興味深い事例
でもあり、今回はこれを材料に人事管理を考えてみたいと思います。なお、こ
の世界には不案内なので、誤りなどもあるかもしれませんが、詳しい方のご叱
正をいただければ幸いです。

 純血主義の強みを生かす

 多くの場合、劇団といえば、オーディションなどを通じて、随時外部から人
材を取り込んでいるのではないかと思います。この業界は人材の移動が活発で
あり、かつ常に新しい才能の発掘が求められる世界です。こうした中では、い
つでも門戸を開いておくことが、人材獲得のためには効果的な戦略であるとい
えるでしょう。
 ところが、宝塚歌劇団の人材獲得は、これとは正反対の戦略をとっています。
よく知られていることですが、宝塚歌劇団に入れるのは、付属の宝塚音楽学校
の卒業生だけです。音楽学校を受験できるのは15歳から18歳の間だけで、この
年代で入学できなければ、いかに優れた技量の持ち主であっても、生涯宝塚歌
劇の舞台を踏むチャンスはありません。
 宝塚歌劇団の高い人気を考えると、ここまで人材ソースを限定してしまうの
は、人材獲得戦略としては一見不合理なやり方にも見えます。あるいは、音楽
学校以外に一切外部の人を入れないことで、宝塚歌劇団のキャッチフレーズで
ある「清く、正しく、美しく」の背景となる純血性を維持するためには致し方
ない、という説明もできるでしょう。しかし、実は人材確保、育成という面だ
けで考えても、それなりに有力な戦略であるようにも思えるのです。
 音楽学校の入学定員は50人で、例年20倍弱という非常に狭き門であるといわ
れます。しかも、専門の予備校に通わなければ合格は難しいといわれています
ので、単なる20倍ではなく、もともと見込みの薄い人は除かれた、数字以上の
狭き門であるといえるでしょう。中途採用を一切行わず、入団のチャンスをこ
こだけに限定することで、入口の競争を激しくし、結果として優秀な人材を集
めるという戦略といえるかもしれません。
 こうして集めた人材に、音楽学校で2年間の徹底的なトレーニングを施すこ
とで、単に技量が優れているだけでなく、テクニックの体系の統一されたエリ
ート集団ができあがるわけです。しかも、現実には入学前から予備校で合格の
ための訓練を受けているわけですから、非常に効果的な人材育成手法といえる
でしょう。ちなみに、宝塚歌劇団自身も、「宝塚コドモアテネ」という、小4
から中2を対象とした事実上の公認予備校を設置しているというのですから徹
底しています。
 純血主義は不利というのが一般的な見方でしょうが、ここまでその強みを追
求すれば、他との差別化という観点も含めて、かなり有効なのではないかと感
じます。

 「学校」という風土

 入団後の人事制度もなかなか興味深いものです。歌劇団は音楽学校の「研究
科」という位置づけであるらしく、舞台に立つ団員は「生徒」と呼ばれ、音楽
学校を卒業して歌劇団に入った新人は「研究科1年(研1)」と呼ばれます。
演出家や振付師を「先生」と呼ぶのはどこも同じでしょうが、スタジオを「教
室」と呼ぶなど、「学校」というコンセプトが前面に打ち出されています。こ
れは歴史的には、草創期に「学校」であれば税金面で有利、という事情があっ
たらしいのですが、今ではこうした風土が「清く、正しく、美しく」というブ
ランドイメージを支えていることは間違いないでしょう。また、メイクやヘア
メイクといったテクニックは、専門家を使うのではなく、先輩が後輩に教える
のだそうです。これも「学校」らしいところですが、コストダウンという現実
問題にも役立っているかもしれません。
 これは、実は人事管理という側面からもたいへん興味深い事例になっていま
す。宝塚歌劇団の雇用慣行では、勤続8年め、研究科8年になると、1年契約
の有期雇用に移行することになっているのだそうです。これはちょっと例のな
いしくみではないかと思いますが、これも7年までは「育成期間」、すなわち
実態としては「学校」であり、7年で「卒業」したら1年契約に移行する、と
考えれば理解できます。
 芸能の世界ですから、舞台の上では当然ながら実力主義、成果主義であり、
宝塚歌劇団では5つある組のそれぞれに、トップ、準トップ、三番手などとい
われる舞台上の序列があることは有名です。そのいっぽうで、日常の練習や生
活においては、音楽学校の先輩後輩という序列(年次順→成績順に並べたもの
で、「看板順」というらしい)が支配しており、たとえば組のリーダーはトッ
プではなく、最高年次者である「組長」なのだそうです。これだけなら珍しく
はないかもしれませんが、宝塚歌劇がすごいのは、どうやら賃金も舞台上の序
列ではなく先輩後輩の序列、まさに「年功」で決まっているらしい、というと
ころです。「学校」という風土を維持するためには、ここまで徹底する必要が
あるということでしょうか。もっとも、舞台上でスターであれば副収入もある
でしょうし、そもそもお給料があまり高くはないらしい、という事情もあって
のことなのでしょうが…。それにしても、昨今はやりの成果主義賃金に疑問を
投げかける話ではあります(賃金に関する記述はウワサ話の域を出るものでは
ありません。念のため)。

 若手へのチャンス

 このご時世、「評価」をどうしているのかは大いに気になるところですが、
音楽学校で試験があるのは当然として、「研究科」でも1年、3年、5年で、
歌、踊り、演技などの試験があるようで、前述の「看板順」はこれで決まって
いるようです。とはいえ、舞台上の序列や、どんな役がつくかといったことは
試験の成績だけで決まるものではないようです。具体的にどう決まるかはさす
がにわかりませんが、面白いのは「新人公演」というシステムです。これは、
各公演の上演期間中に、同じ演目を研7以下の若手だけで上演するというもの
で、新人公演を見に来るような熱心な(おそらく目も肥えている)ファンに、
トップ以下が出演する公演と比較しながら、若手の総合的な実力を検証しても
らうことができるわけです。他にも、トップ以外が主演する小規模な公演がた
びたび行われ、若手にもチャンスが与えられて、その力量がみきわめられてい
くということのようです。民間企業でも、新規事業や独立のプロジェクトで若
手を抜擢したり、ジュニア・ボードを作ったりする試みが広く行われているわ
けですが、組織形態の違いがあるとはいえ、若手にチャンスを与え、育成と評
価につなげるしくみがこれほどしっかり組み込まれている例はなかなか見当た
らないのではないかと思います。
 ちなみに、男役と娘役の振り分けは、基本的には身長で決めているのだとか。
なるほど、合理的です。

 新陳代謝のしくみ

 さて、こうした組織にとっては、メンバーの新陳代謝をいかにはかるかとい
うことは極めて重要な課題でしょう。定年制のある民間企業でも、「先の見え
た」人をどう処遇していくかというのは非常に頭の痛い問題なのですから、宝
塚歌劇団での困難さは容易に想像できます。
 従来から、「専科」という組織があり、「トップをめざすコースからは外れ
たが、秀でた一芸を持つ」といったベテランは組をはなれて専科に移り、組を
問わず技量を生かした役で出演する、といった運営が行われてきました。これ
は民間企業でもよく見られる専門職制度を連想させます(ただし、最近の専科
は位置づけが変わったようです)。
 そこまでの技量はない、という人は、1年契約の有期雇用なのですから、雇
い止めということになるのでしょう。私見ではありますが、ある程度経験を積
めば自分の実力や可能性が自分自身にもはっきりしてくることや、仮に志半ば
で退団しても宝塚歌劇団に在籍したということが人生のキャリアとして高く評
価されるということなど、雇い止めを円満に進めるための条件は条件は比較的
よさそうに思われます。
 もうひとつの新陳代謝メカニズムは、「清く、正しく、美しく」という理念
のもとの、いわゆる「寿退団」でしょう。しかし、結婚退職制度が受け入れら
れているということ自体、今の世の中では非常に特異な存在ですし、晩婚化の
波は宝塚にも押し寄せているはずで、このメカニズムはおそらく働きにくくな
っているのではないでしょうか。1998年に4組から5組に組織を拡大したにも
かかわらず、「トップの高齢化」が問題視されているのも、こうした背景によ
るものではないかと想像されます。

 2000年の改革

 競合者が次々と消える中で宝塚歌劇団が成功を収めてきたのは、ひとつには
こうした人事制度の役割もあったものと思います。しかし、やはり問題もあっ
たようで、宝塚歌劇団は、2000年にかなり大胆な制度改革を行いました。
 具体的には、各組の準トップ、三番手をすべて専科に移動させるというもの
です。これにより、人気と実力を兼ね備えたトップ候補が、各組の公演スケジ
ュールに縛られず、テレビ出演やモデル活動などもふくめ、幅広く活躍できる
ようになる、というわけです。なかなか意欲的な改革といえそうです。
 それはそれとして、人事政策の観点から見れば、やはり人事の停滞を打破す
るという意図がありそうです。この改革が実施された時点で、新たに10人が準
トップと三番手に登用されたわけで、それだけでもかなりの活性化でしょうが、
トップ昇格前でいったん専科にプールすることで、従来同じ組の中で三番手→
準トップ→トップと昇格してきたことによる硬直性(上が抜けないと上がれな
い)を解消することも大きなねらいだろうと思います。とはいえ、これだけで
はトップに上り詰めるまでのステップがひとつ増えただけですから、運用次第
ではふたたび人事が停滞する危険性もあります。
 その後の動向を見ると、このとき準トップから専科に移った人は次々と順当
に?トップになっていますが、そのうち2人は、1作だけというきわめて短い
在任での退団となるようです。過渡的な現象でしょうが、若返りを進めようと
の強い意図がうかがわれます。現実には軋轢もあるでしょうが、体力もあり、
足腰も強い組織なので、大胆な改革が成功を収めるチャンスは大きいのではな
いでしょうか。

※本号の内容は、(財)労務行政研究所発行の「労政時報」第3565号に掲載され
 たものを、版元のご好意により転載したものです。なお、入稿後の訂正は反
 映されていないことがあります。
 (財)労務行政研究所 http://www.rosei.or.jp

                (次回は12月5日に配信する予定です)
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