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=================================== *** 労務屋の労働雑感 *** +++++++++++++++++++++++++++++++++++ 平成14年11月11日発行 通巻193号 +++++++++++++++++++++++++++++++++++ <<< 【労務屋一筆啓上】企業は少子化をとめられるか >>> =================================== 育児休業に取得率目標 厚生労働省は、この9月20日に「少子化対策プラスワン」を発表しました。 全体的にはあまり目新しい印象はありませんが、その中でなんといっても目立 つのが「男性10%、女性80%」という育児休業取得率の目標設定で、「プラス ワン」の目玉として報道などでも大きく取り上げられました。 一口に10%、80%といっても何の何に対する比率かによってずいぶん意味が 違ってくるはずです。厚生労働省のウェブサイトで公開されている「プラスワ ン」の文面ではこれがはっきりしないのですが、新聞報道などを見る限りでは、 旧労働省が実施した「平成11年度女性雇用管理基本調査」による「男性0.42 %、女性56.4%」を「男性10%、女性80%」に向上させる、という書き方がさ れています。だとすると、分母は男性が「配偶者が出産した男性労働者」、女 性が「出産した女性労働者」ということで、男女で異なっており、分子はとも に「1日でも育児休業を取得した(男性または女性)労働者」ということにな りそうです。 ですから、女性の数字が高く見えますが、これについては妊娠、あるいは結 婚を機に仕事をやめた人が分母からごっそり除かれていることに注意する必要 があると思います(現に、この目標を実数で見ると、男性の「10%」が約10万 人に相当するのに対し、女性の「80%」は約14万人に相当し、取得率に較べる と差はずいぶん小さなものになります)。 目標達成のための施策については、「プラスワン」では、企業は「推進委員 会の設置や行動計画の策定などの対応が必要」であり、行政は「関係省庁が一 体となって産業界に対して要請」「企業に対する育児休業取得促進奨励金の創 設」「広報・啓発」「優良企業の公表・表彰」などの項目があげられています。 新聞報道によれば「年内に具体策を詰める」とのことで、細部ははっきりしま せんが、おそらくは企業に目標達成に向けての行動計画を作成させて提出させ、 取り組み状況が良好な企業には奨励金や表彰などの「アメ」を与えつつ、思わ しくない企業には指導を行うといった進め方になるのだろうと想像されます。 いかにも無理な目標 さて、この施策をどう考えるかですが、もちろん、育児休業の取得促進、特 に男性の取得を促進することは、制度の趣旨からいっても大いに取り組むべき ことだと思います。とはいえ、こうした目標設定による進め方がいいのか、目 標数値は妥当なのか、といった点については、実務的な観点からの検討も必要 ではないでしょうか。 まず単純な計算をしてみます。「男性10%、女性80%」は、実数ではそれぞ れ年間10万人、14万人に相当するということでした。これはすなわち、就労し ていて出産する女性は年間17.5万人ということになるでしょう。そのうち育児 休業を取得する女性が14万人、取得しない女性は3.5万人ということです。 となると、この目標は、男性の育児休業取得者10万人のうち少なくとも6.5万 人は、妻が就労していないか、あるいは夫婦ともに育児休業を取得するという ことになります。これはすばらしいことですが、収入面などを考えるといかに も無理なように思われます。それとも、私の理解が根本的に間違っているので しょうか? (ちなみに、配偶者が出産した男性は年間100万人という計算になりますので、 17.5万人はずいぶん少ないように感じられるかもしれませんが、国立社会保障・ 人口問題研究所が2000年に実施した「第2回全国家庭動向調査」によれば、第 1子出産前に仕事に就いているのは既婚女性の56.1%で、そのうち72.8%が出 産にあたって仕事をやめていますので、就労しつつ出産するのは既婚女性全体 の13.5%ということになります。これは幅広い年代をふくんだ調査ですし、夫 が就労していないケースや未婚で出産するケースもあるでしょうから、100万 人に対して17.5万人というのは妥当な数字といえると思われます。) 80%は「ほとんど全員」 いずれにしても、この目標は相当チャレンジングなものであることは間違い なさそうです。企業は目標達成のための行動計画の作成を求められることにな りそうですが、これはかなり困難をともなう仕事になりそうです。企業にでき ることはせいぜい「とりたい人がとれる環境を整える」ことにとどまり、とり たくない人をとる気にさせることは難しいからです(もちろん、賃金を100% 保障するといったインセンティブをつければ可能かもしれませんが、それが経 営上許されるケースはまれでしょう)。とりたくない人に無理矢理とらせるこ とは、これは別の意味で問題でしょうし、人事担当者にとっても実にしんどい 仕事になります。 くわえて、女性の目標の80%というのは、実務家の感覚では「ほとんど全員」 ということになってしまう、という問題点があります。 これは実務家以外の方にはわかりにくいかもしれませんが、従業員1000人の 大企業でも、出産する女性社員は年間せいぜい数人というところでしょう。全 部で数人の中で80%を達成しなければならないとなると、仮に育児休業を取得 しない女性が1人出てしまうと、その年はそれ以降は全員育児休業を取得させ なければならないということになります。そういう状況に追い込まれるのは実 務家としては避けたいですから、結局は最初からできるだけ全員に取得させよ うということになってしまいます。これは育児休業取得促進という意味では結 構な話ではないか、という意見もあるかもしれませんが、結果的に女性から 「育児休業を取らない」という選択肢を奪ってしまうことの方がはるかに大き な問題ではないでしょうか。 苦し紛れの対応も また、当面は、「プラスワン」を見るかぎりにおいては「アメ」の政策が中 心で、あまり厳しく達成を迫られることはなさそうに思えますが、未達成が続 くようだと、たとえば障害者雇用のように、ペナルティーの納付とか、改善の 見られない企業の公表など、「ムチ」の政策もだんだん出てくるかもしれませ ん。 そうなると、苦し紛れに出産を控えた女性に育児休業取得と退職の二者択一 を迫ったり、そもそも女性の採用を控えたりといった好ましからぬ動きが出て くる危険性もなしとはできないでしょう。これはかえって女性の就労促進や男 女雇用機会均等といった少子化対策に劣らず重要な政策課題に悪影響を及ぼし かねません。 まあ、そこまでやらなくても、育児休業をとりたくない人にも、1日でも2 日でもいいからとってもらって取得率を上げる、という方法も現実的な対処と しては考えられます。無難な方法かもしれませんが、しかしこれが政策の趣旨 には沿わないことはいうまでもありません。そして、こういった抜け道を探す ことは、実務家にとっては非常にむなしい仕事になります。 チャレンジングな目標に対しては達成を強く求めるべきではないというのは、 成果主義人事の常識のようなものだと思いますが、行政にはこの目標が非常に 厳しい非現実的なものであることをふまえた運用をお願いしたいものです。 企業は働き方を変えられるか 「プラスワン」は、具体的な取り組み事項の最初の施策として「少子化の背景 にある『家庭よりも仕事を優先する』というこれまでの働き方を見直」すとい うことをあげています。具体的には「育児をしながら働き続けられる職場づく り」「子育て期間の残業時間縮減」「長期休暇の取得推進」「企業内の協力体 制整備」「不利益取扱いや嫌がらせの防止」の5項目です。育児休業取得率の 目標設定は、その次の施策として独立して掲げられていますが、内容的には5 項目の中の「育児をしながら働き続けられる」に含まれるものでしょう。 どれも企業に対応を求めるものばかりですが、多少の効果はあるにしても、 これで本当に「『家庭よりも仕事を優先する』というこれまでの働き方」を変 えることができ、ひいては少子化をとめることができるのでしょうか。 そもそも、企業にむかって「少子化対策のために仕事より家庭を優先させろ」 というのは、いささか無理な話ではないでしょうか。いま産業界では、人材の 確保や多様性による組織の活性化のために、「仕事より家庭を優先できる」働 き方も選べるようにしようという動きが大きくなりつつありますが、これは少 子化対策のためにやっているわけではないでしょう。 企業にとって、育児休業をとりたくない人にとらせることが難しいように、 仕事を優先したい人に家庭を優先させることもやはり難しいのではないでしょ うか。 私には、企業にできるその唯一の方法は、「労働条件を配偶者と同等または それ以下にする」ということしか考えつきません。そうなれば、経済的には家 庭を優先させた方が合理的になります。これにはもちろん抵抗も大きいでしょ うが、おそらくいずれはこうした方向に進まざるを得なくなるような予感がし ています。 企業は少子化をとめられるか もう一度10%・80%の話に戻ります。 就労している女性が出産した場合、育児休業を取得するほかに、ゼロ歳から 対応できるベビーシッターや託児所を利用するという方法もあります。もし、 こうした託児所などのインフラが整備され、選択が可能であるとすれば、働き 続ける女性の80%までもが育児休業を希望するでしょうか。費用の問題などは あるのでしょうが、少子化対策という意味でも、女性の就労促進という意味で も、行政が力を入れて取り組むべきなのは、こうしたインフラの整備のほうで はないかと思います。 将来、育児休業がだれでも望むだけとれるようになったとして、それで少子 化がとまるでしょうか。おそらく、就労時間の次には余暇時間の問題が出てき て、余暇時間に子どもを預けられるところが必要だ、という議論になるのでは ないかと思います。であれば、はじめから就労時間も余暇時間も子どもを預け られるインフラを整備したほうがいいのではないでしょうか。 少子化対策において、たしかに企業の問題は大きいかもしれません。しかし、 それがすべてではないことも明らかです。これをはじめとして、私には、現在 の少子化対策は少々企業に対する施策に偏りすぎているように思えてなりませ ん。社会全体の問題としての再構築が必要なのではないでしょうか。 (このところ、発行予定が狂っており申し訳ありません。 次回は11月14日に配信する予定です…一応…) =================================== ◆メールマガジン「労務屋の労働雑感」 このメールマガジンは、インターネットの本屋さん「まぐまぐ」で配送され ています。(http://www.mag2.com)ID=0000049801 ◆このメールマガジンは、発行者が、個人の資格で、管理職、人事労務担当者、 組合役員、学生・研究者などの方々を対象に、人事・労務・労働などに関す る話題を提供するものです。毎週月・木曜日(祝日休)に発行しています。 ◆バックナンバーは、次のページからごらんになれます。 http://www.roumuya.net/mm/backn.html ◆登録・解除は、次のページからお願いします。 http://www.roumuya.net/mm.html ◆労務屋のホームページ:http://www.roumuya.net の「労働掲示板」に、 ご意見・ご感想などをおよせいただければ幸いです。 ◆メールアドレス:nagoyakuma@nifty.com ◆転載・引用を歓迎します。原則として、ヘッダ・フッタも含めた全文の転載 をお願いします。部分引用についてはご相談いただければ幸いです。 ◆[免責事項]本メールマガジンは、内容の正確性を保証するものではありま せん。本メールマガジンの購読、利用などによって発生したいっさいの損害、 損失、障害などについて、発行者はその責任を負いません。 =================================== |