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=================================== *** 労務屋の労働雑感 *** +++++++++++++++++++++++++++++++++++ 平成15年03月10日発行 通巻210号 +++++++++++++++++++++++++++++++++++ <<< 数字をつついてみたところで >>> =================================== 先月末、金属労協が日本経団連の「経営労働政策委員会(経労委)報告」 (昨年までの労問研報告)に掲載されているデータに問題があるなどとして、 3つの質問からなる公開質問状を渡したそうです。 第一にあげられているのが賃金の国際比較のデータです。経労委報告はこれ をもとに日本の賃金が先進諸国中最高水準であると主張しているわけですが、 金属労協は、その計算に使われている労働時間の数字に、日本は年次有給休暇 の時間が含まれていないのに対し、欧米諸国はこれが含まれていると指摘して います。そのうえで、実労働時間あたり人件費(福利厚生費をふくむ)で比較 すれば日本は米・独両国に較べて高水準ではなく、先進諸国中で中位であると 主張しています。 金属労協はいきなり福利厚生費をふくむ人件費にスキップしていますが、ま ずは労働時間のカウントをそろえた場合に賃金(現金給与)がどうなるかをみ ておく必要があるでしょう。日本労働研究機構(JIL)が編集・発行してい る「データブック国際労働比較2003」(たいへんなスグレモノでおすすめです。 以下、特にことわらない限りデータはすべてこれによります)によれば、JI Lが試算した2000年の製造業の時間あたり賃金は、日本を100とした指数で米 国が89、英55、独112、仏87となっていますから、日本の時間当たり賃金が世 界最高水準といってもおかしくない結果です。それがいいかどうかは別として、 これを実労働時間ではなく、年次有給休暇をふくむ支払対象時間で計算すれば、 年次有給休暇の取得のすくない日本はさらに高水準という結果がでるでしょう。 また、春季労使交渉は一義的には組合員の賃金を決定するわけですから、これ らのデータには日本では組織率のきわめて低いパートタイマーが含まれている ことにも留意する必要があります。日本は諸外国と較べて特に正社員とパート タイマーの賃金格差が大きいので、影響は大きくないかもしれませんが、日本 の組合員の実態はこれらのデータ以上に高いと考えるべきでしょう。 次に、福利厚生を含めた労働費用がどうかという問題ですが、春季労使交渉 のデータとして、金属労協が主張するように福利厚生費を含めた人件費を用い ることが適当かどうかも必ずしも疑問がないではありません。もちろん、日本 経団連も総額人件費重視を主張しているように、福利厚生費をふくめた人件費 のデータはむしろ経営サイドにとって重要なものです。しかし、春季労使交渉 では組合員の賃金を交渉するわけですから、賃金(現金給与)の比較もやはり 重要でしょう。特に、労働費用に占める法定福利費の割合が日本(1998)が9.5 %なのに対し、フランス(1996)は21.2%となっているなど、国によってかなり 異なることには注意が必要です。法定福利費の違いが労働費用の格差に大きく 寄与しているのであれば、賃金の引き上げではなく社会保障の充実(当然、企 業だけでなく労働者にとっても負担増となる)などを主張するのが正論という ことになるでしょう。 しかも、金属労協は福利厚生を含めた時間あたり人件費は「米・独両国に較 べて高水準ではない」と主張しますが、やはりJILが試算した2000年の実労 働時間あたり労働費用は、日本を100とした指数で米国が92、英70、独87、仏 110となっており、日本が米・独より高水準になっています。 もちろん、金属労協もそれなりの根拠をもって主張しているものと思います。 こうした国際比較は、為替レートによる変化も大きいので、とりわけ春季労使 交渉のような実務的な場面ではだいたいの傾向をつかむために有用であればい いわけで、その精度に過度にこだわるのは意味がないのではないでしょうか。 経労委報告のデータが金属労協が指摘するような大雑把なものであることは事 実でしょうから、日本経団連にはデータの精度向上を期待したいところですが、 傾向としては日本の賃金水準は世界でも高いことに変わりはなく、これが春季 労使交渉の帰趨に影響を与えるとは考えにくいと思います。 次に金属労協が問題視しているのが、労働分配率のデータです。もともと労 働分配率というのはやっかいな指標で、さまざまな計算方法(昭和63年版労働 白書では7種類の計算が紹介されています)があり、さまざまな結果が出るう えに、それぞれに問題点もあります。結局のところは目的にあった計算方法を 使うべきということになるわけですが、春季労使交渉にかぎらず、さまざまな 場面で好都合な計算結果が使われる傾向があるとも言われてきているわけです から、これを問題視するのは今さらという感もあります。 経労委報告が用いているデータは「雇用者報酬/国民所得」という計算によ るものですが、これに対して金属労協は、国民所得には減価償却が含まれてい ないことや、自営業者の所得が含まれていることなど、やはりかねてから指摘 されている問題点をあげ、この計算では労働分配率が上昇傾向となると主張し たうえで、「雇用者一人あたり名目報酬/就業者一人あたり名目GDP」で計 算された労働分配率でみれば、90年代後半以降低下傾向にある、と主張してい ます。 まず実態をみると、やはりJILが発行している「ユースフル労働統計2002」 (これまた本当にユースフルでおすすめです。ちなみにこの本には労働分配率 計測の問題点に関するコンパクトな解説があり、その中でも金属労協の主張す る問題点が説明されています)を見ると、金属労協の主張する「雇用者一人あ たり名目報酬/就業者一人あたり名目GDP」は、1990年代を通じて86.2%か ら89.1%という狭いレンジで推移しており、しかも95年に最高値の89.1%をつ けたあと、98年にもやはり最高値の89.1%をつけています。「90年代後半以降 低下傾向にある」という主張には若干解せないものがありますが、これはおそ らく2000年以降の数字を加えるとそう見えるのでしょう。 さて、それではどのような計算式が妥当かということですが、経労委報告が 用いている計算式は、数多い労働分配率指標の中でももっとも頻繁に使われて いるポピュラーなものであることには注意が必要でしょう。しかも、これは国 際比較をしていますので、国際比較が容易であるという点でも妥当性を主張で きるものと思います。 また、金属労協が「もともと上昇傾向のある指標を用いて労働分配率の上昇 を喧伝することは、日本経済のミスリードにつながる」と主張しているのには いささか疑問があります。金属労協は国民所得に減価償却が含まれていないた めに労働分配率が上昇傾向をもつ、と主張していますが、これは他の計算方法 との比較上労働分配率が高めに出る理由にはなっても、時系列的に労働分配率 が上昇する理由にはならないものと思われます。金属労協はもうひとつ、自営 業者が廃業しているので労働分配率が上昇傾向を示すと主張していますが、こ れは逆にいえば自営業者の開業が廃業を上回るような好況期には労働分配率は 下降傾向となるわけです(日本の自営業比率は欧米より高く、中長期的に低下 トレンドにあることは事実ですが、いっぽうで欧米ではここ十数年は上昇トレ ンドにあります)。 私の理解に誤りがあるかもしれませんが、いずれにしても、根拠のあるデー タをもとに経済の実情を反映する指標を提示しているわけですから、「経済を ミスリード」とはいえないはずです。むしろ、あたかも経労委報告の計算方法 だといかなる状況でも結果が上昇傾向となるかのような金属労協の言い方のほ うがミスリードといえないこともありません。 そもそも、この公開質問状自体のなかで金属労協自身が現状について「労働 分配率の低下、人件費の引き下げでしか利益を出せない状況」と述べています が、これは経労委報告のいう「労働分配率が上昇して企業経営を圧迫している」 という主張と意味するところはほとんど同じではないでしょうか。賃金の国際 比較と同様に、企業経営などの実態がどうかが問題なのであり、労働分配率の 計算方法や結果の数字のテクニカルな議論が春季労使交渉の結果に影響すると は考えにくいと思います。 3つめの質問はデータではなく、賃金制度改定の手続きに関するものです。 金属労協は賃金制度改定そのものについては是認したうえで、その手続きに関 して「制度改定というものは、その都度必要性に基づいて通年的に行うもので あり」、「今日までそうした点にふれることさえなかった企業が、組合が現行 制度に基づいて要求した機会を捉えて、取って付けたように制度改定を唱える のは労使の信頼関係を根本から損なうもの」と主張しています。 これは要するに、春季労使交渉では労組の要求についてのみ議論すべきであ り、その他の事項は別途の場で議論すべきだ、ということでしょう。こうした 考え方自体は、労組の運動論にしか過ぎず、経営サイドとしては要求があれば いつでも誠実に交渉に応じるし、経営サイドからの逆提案も随時行わせてもら うという姿勢だろうと思います。一部には金属労協が述べているような慣行が 長期にわたって成立していると考えられる実態もたしかにあります。金属労協 傘下の労組において、昨年の春季労使交渉において、いったんは「賃金制度維 持」の回答をいったん得て、しかるのちにおもむろに各労使がベダや提唱凍結 の議論に入ったのは、まさに金属労協の主張する手続きを遵守したものといえ ると思います。 しかし、こうした昨年の電機労使のふるまいが、世間の多くからは相当の違 和感を持ってみられたということは、いっぽうで重視すべきではないでしょう か。これはすなわち、電機労使のような考え方がすべての労使に浸透し、定着 しているとまではいえないということを意味していると考えられます。賃上げ 要求も賃金制度改定も賃金に関するテーマであることを考えれば、これらを春 季労使交渉で統一的に扱うことも、まったく排除するべきではないかと思いま す(もちろん、従来からの労使関係に配慮して別途に取り扱うのは立派な態度 だと思いますし、逆に労組の要求に対して誠実に議論することもなく、問答無 用で制度改定をおしつけるようなやり方をするのは論外だと思います)。 そう考えれば、日本経団連にむかって「労使関係の基本的なルールさえも疎 かにする意図を持っている」と批判するのは行きすぎでしょう。公開質問状で は続けて「日常的に労使協議を尽くすべく指導を強化すべき」と述べています が、すでに経労委報告には同趣旨の記述があり、日本経団連としてそれを奨励 しています。日本経団連が、産業界の一部で成立している慣行を全産業に拡大 させようとしていないことをもって「基本的なルールを疎かにする」とまでは いえないのではないでしょうか。 こうしてみると、今回の公開質問状、とりわけ最初の2つの質問は、本筋に はあまり影響のない細部を大仰に言いすぎている感があります。統計数字の不 備をつついて鬼の首を取ったような顔をしてみたところで、経済や経営の実態 が変化するわけではありません。データの精度はもちろん大切ですが、公開質 問状のような大層な手数をかけるほどのことでしょうか。 金属労協は、労働界でももっとも先進的で現実的な取り組みを意欲的にすす めており、その活動は非常に高く評価されるべきものであると思います。それ だけに、揚げ足取りやあら探しに精力を費やすことなく、新たな労使関係の地 平にむけての活動に邁進されることを期待したいものです。 (次回は3月13日に配信する予定です) =================================== ◆メールマガジン「労務屋の労働雑感」 このメールマガジンは、インターネットの本屋さん「まぐまぐ」で配送され ています。(http://www.mag2.com)ID=0000049801 ◆このメールマガジンは、発行者が、個人の資格で、管理職、人事労務担当者、 組合役員、学生・研究者などの方々を対象に、人事・労務・労働などに関す る話題を提供するものです。なるべく毎週月・木(祝日休)発行しています。 ◆バックナンバーは、次のページからごらんになれます。 http://www.roumuya.net/mm/backn.html ◆登録・解除は、次のページからお願いします。 http://www.roumuya.net/mm.html ◆労務屋のホームページ:http://www.roumuya.net の「労働掲示板」に、 ご意見・ご感想などをおよせいただければ幸いです。 ◆メールアドレス:nagoyakuma@nifty.com ◆転載・引用を歓迎します。原則として、ヘッダ・フッタも含めた全文の転載 をお願いします。部分引用についてはご相談いただければ幸いです。 ◆[免責事項]本メールマガジンは、内容の正確性を保証するものではありま せん。本メールマガジンの購読、利用などによって発生したいっさいの損害、 損失、障害などについて、発行者はその責任を負いません。 =================================== |