|
=================================== *** 労務屋の労働雑感 *** +++++++++++++++++++++++++++++++++++ 平成16年08月30日発行 通巻270号 +++++++++++++++++++++++++++++++++++ <<< 「複数就業」の矛盾 >>> =================================== 前回、厚生労働省の「仕事と生活の調和に関する検討会議」の報告書のなか から、パートタイマーの法定内残業に対する割増賃金支払義務化を取り上げま したが、この報告書は他にもまだまだ多数の興味深い論点を含んでいます。今 回はその中から、「複数就業」を取り上げてみたいと思います。 報告書はまず、「多様な働き方の選択肢を整備する観点からは」「複数就業 についても合理性のある働き方の一つとして認知する必要がある」と述べ、そ れが「働く者の職業キャリア形成に資する」一方で「所得を確保するためやむ を得ず選択」「過重労働を起こしやすい」「雇用保障を弱めざるを得ない」こ と等に「十分留意しておくことが必要」としています。そのうえで、「関係す る公的な施策や制度についての中立性の確保が必要」であるとしています。そ して同時に、「企業の側からは、従業員に対する兼業禁止を含めて雇用管理の 在り方を根本的に見直すという本質的な課題を内包している」と指摘します。 そのうえで、具体的な検討項目として「本業・副業ともに雇用労働である場 合においては労働時間が通算されて労働基準法の規制が課されるのに対し、本 業又は副業のいずれかが請負等の自営業である場合には労働時間が通算されな いが、この場合の労働時間管理の責任をどう考えるのか」という問題をまっさ きにあげています。さらに、労災保険において「複数就業について、保険給付 の給付基礎日額の算定をどのように行うのか」、「通勤災害保護制度において 事業場間の移動は保護の対象とならない」という問題を提起しています。 また、雇用保険については「パートタイム労働者の適用基準を引き下げた場 合には、部分失業の考えを取り入れることの可否」の検討が必要としています。 さらに、厚生年金保険や健康保険についてもパートタイム労働者の加入要件 の見直し(対象者の拡大)とともに、「社会保険の一元化という課題も視野に 入れた総合的な検討」が不可避になると主張しています。 たしかに、多様な働き方、という観点から複数就労を積極的に認めていこう、 という考え方はおおいに同感できるものです。これに対し、労働法制をはじめ として、さまざまな施策や制度が単一就労を前提に作られていることも事実で すから、その見直しが必要だというのもまことに妥当な考え方といえましょう。 具体的な検討項目についても、労災保険に関する指摘は、労働基準法の労災 補償の考え方や労働保険料の負担の実態からみてもっともなものですし、厚生 年金や健保についても、たしかに総合的な検討は必要でしょう。「部分失業」 についても、「パートタイマーを掛け持ちしてなんとか生計費を得ている」と いったケースを念頭に置いているのでしょうから、技術的な問題は多々あるよ うに思われますし、考え方にも若干の疑問はありますが、とりあえず検討項目 であるというかぎりにおいては異論はありません。 これに対して、労働時間に関する内容は、現実から目をそらして机上の空論 に終始したずさんなもので、某教授のことばを借りれば「法匪の書いた無意味 な作文」というべきものでしょう。 報告書は、複数就労を認知していくことについて、わざわざ「兼業禁止を含 めて雇用管理の在り方を根本的に見直す」と言及しています。これは、つまる ところは、複数就労が認知されないのは企業の「兼業禁止」のせいであり、ひ いては社員を会社に囲い込んで絶対的な忠誠を求めるという「雇用管理の在り 方」のせいである、という皮相で一面的な理解を示したものでしょう。 もちろん、兼業禁止の大きな意図として、社員の生産性の低下(深夜にアル バイトをしているせいで会社で居眠りばかりしているとか)や、柔軟性の低下 (週末はアルバイトがあるから休日出勤できませんとか)の防止といった企業 ニーズがあることは事実です。 しかし、兼業禁止にはそれだけではなく、「複数就業の場合は通算での労働 時間管理が非常に困難なために、兼業を禁止せざるを得ない」という、やむを やまれぬ事情があることを看過することはできないと思います。この問題を無 視したままでは、複数就業の認知は到底覚束ないと考えざるを得ません。 これはどういうことかというと、普通に考えて、企業としては社員の兼業の 事実は本人の自己申告以外に知る方法がない、ということです。しかも、社員 としては、体面を気にする(極端な例としては副業が風俗営業であるとか)、 評価への影響を心配するなどして、兼業を秘匿する、あるいはあえて申告しな いといったことは十分考えられます。こうなると、仮に兼業の申告を就業規則 などで義務づけたところで、企業が社員の申告が正しいかどうか検証する手段 はありません(実際、厚生労働省も、時間外労働の管理においては労働者の自 己申告によることは望ましくないとの見解を示しているわけですし)。また、 こうした就業規則の規定はプライバシー保護の観点から問題があるとの考え方 もあるでしょう。 いっぽうで、たとえば社員の安全、健康確保については、自社だけではなく、 兼業先まで含めた通算での管理が必要なことはいうまでもありません。現実に、 昨年6月には、運送会社のトラック運転手が、兼業による過労で死者4人、負 傷者13人という事故を起こした例もあります。このケースも、運転手は兼業の 事実を会社に申告しておらず、会社としても過労になりかねない長時間労働で あったことを知りようがなかったということです。 あるいは、割増賃金不払の問題もあります。労働基準法38条は複数就業の場 合は労働時間は通算することを定めており、法定時間を超えれば割増賃金を支 払わなければ法違反となり、刑事罰に処せられる可能性もあります。ところが、 これまた社員が兼業を申告しなければ、使用者は知らない間に法違反となって しまい、ことによれば刑事罰も課せられかねないということになります。これ では、兼業を禁止したくならないほうが不思議です。 結局、現状のような「複数就労の場合、通算での労働時間管理を使用者に求 める」という制度のもとでは、複数就労を認知することは非常に難しい、とい うことです。労基法38条も、一見すると複数就労を念頭においた規制であるよ うに思われますが、現実には通算での労働時間管理が可能な場合、すなわち 「同一事業主の複数事業所での勤務」を念頭においた、単一就労を前提とした 制度に他ならないのではないでしょうか。それを、通達でわざわざ「事業主を 異にする場合も含む」などど屁理屈に走っているところに無理があるのです。 ところが、報告書は「本業・副業ともに雇用労働である場合においては労働 時間が通算されて労働基準法の規制が課される」などと、こうした問題を完全 に無視し、現行法制を無批判に是認する姿勢をとっているのですから、お話に なりません。 しかも、それどころか、「本業又は副業のいずれかが請負等の自営業である 場合には労働時間が通算されないが、この場合の労働時間管理の責任をどう考 えるのか」と、非雇用での就労時間についてまで企業に通算で管理させようと いう魂胆らしいのですから、開いた口がふさがりません。 たしかに、「企業が兼業を禁止していることが、社員が在職のまま起業の準 備をすることの制約となり、開業の促進を阻害している」といった批判がある ことは事実なので、そうした意見も踏まえているのかもしれません。 しかし、そもそも、雇用と自営の複数就業のようなことは昔々から広く行な われてきました。たとえば「兼業農家」がその代表例で、2001年で約180万世 帯あるようなので、まずまず180万人は雇用と自営の複数就業をしていること になります(実際、兼業を禁止している企業でも、農業のほかアパート経営や 家業の店番の手伝いなど、会社での仕事への影響が小さい自営との兼業は申告 すれば基本的に許可するという運用をしている例が多いはずです)。これまで 特段の問題意識が持たれてこなかったものを、いまさらとりたてて持ち出して くること自体が不可解ですし、兼業農家で農業に従事した時間も労働時間とし て通算して企業に割増賃金を払えなどということは、検討するのもナンセンス ではないでしょうか。まあ、「請負等の自営業」と書かれているので、念頭に おかれているのは自営形態でも雇用類似の労働なのかもしれませんが、それに しても、自営の一部に雇用類似のものがあるから、自営のすべてを労働時間通 算にするというのは理屈が通らないように思います。 結局のところ、前回ご紹介したように、報告書は「仕事と生活の調和」のた めに労働時間の短縮を強調しているにもかかわらず、常識的に考えて労働時間 の伸長につながる複数就労を取り上げているところに、根本的な無理があるの ではないでしょうか。だから、「所得の確保」や「過重労働」を「悪い複数就 労」と位置づけ、したがって長時間労働の複数就労はまかりならぬ、よって現 行の規制を強化すべき、というこじつけになってしまうのでしょう。しかし、 「良い複数就業」、「職業キャリア形成に資する」複数就業であっても、実務 常識で考えて、労働時間が短くなるはずがありません。いまの仕事をしっかり こなしつつ、さらに別の仕事にも取り組んでキャリアを伸ばそうという人に対 しても規制を強化して労働時間を短縮しようというのが「仕事と生活の調和」 であるとは思えません。 それでは、複数就業を広く認知させるにはどうするかといえば、その障害を 取り除く、すなわち、異なる事業主のもとでの労働時間の管理を企業に求めな い、という考え方に改めることが必要だ、ということになります。企業はそれ ぞれ自らが当事者である雇用関係についてのみ責任を負い、通算労働時間をは じめとして、複数就業にともなって発生する事項については、複数就労を選択 した労働者の自己責任を原則(原則であって、すべてをそうすべき、というわ けではありません)とすべきではないでしょうか。 たとえば労基法38条についていえば、同一の事業主、あるいは資本関係や取 引関係からみて同一と判断される事業主のもとで、異なる事業所で労働した場 合は、これは通算で管理しなければならないことは当然です。しかし、全く異 なる複数の事業主のもとでの労働時間については、企業はそれぞれ自身の労働 時間について責任を負うにとどめ、それぞれ単独の労働時間にもとづいて労働 法の規制を適用していけばよいのではないでしょうか。もちろん、この場合、 働きすぎや健康問題に関しては、通算労働時間以外のなんらかの規制が必要に なる可能性があることは言うまでもありません。 健康管理についても、たとえば厚生労働省は残業が月100時間を超えた人は 医師との面談を義務化しようという意向のようですが、これまた単一就業を前 提にした規制で、複数就業の通算で100時間、ということになると実務的には 管理不能でしょう。面談させる義務はどちらの事業主が負うのか、費用はどち らが負担するのか、いずれも面談させなかったらどう対応するかなど、問題が 多すぎます。これについても、企業は自身単独で残業100時間を超えた場合に のみ義務が発生するとし、通算で100時間を超えた場合の面談義務は労働者本 人に発生する、とすれば明快ではないかと思います。 もちろん、現実には複数就業といっても多様であり、前述したようにパート タイマーをはしごしてなんとか生計をたてている、というケースもあるわけで すから、働く人に過酷に失してはならないことは当然で、十分なバランス感覚 をもって検討することが必要だろうと思います。しかし、複数就業で顕在化す る現行法制の矛盾を放置したままでは、報告書のいう「複数就業の認知」は進 まないことでしょう。 (次回は9月2日に配信する予定です) =================================== ◆メールマガジン「労務屋の労働雑感」 このメールマガジンは、インターネットの本屋さん「まぐまぐ」で配送され ています。(http://www.mag2.com)ID=0000049801 ◆このメールマガジンは、発行者が、個人の資格で、管理職、人事労務担当者、 組合役員、学生・研究者などの方々を対象に、人事・労務・労働などに関す る話題を提供するものです。毎週月・木曜日(祝日休)に発行しています。 ◆バックナンバーは、次のページからごらんになれます。 http://www.roumuya.net/mm/backn.html ◆登録・解除は、次のページからお願いします。 http://www.roumuya.net/mm.html ◆労務屋のホームページ:http://www.roumuya.net の「労働掲示板」に、 ご意見・ご感想などをおよせいただければ幸いです。 ◆メールアドレス:nagoyakuma@nifty.com ◆転載・引用を歓迎します。原則として、ヘッダ・フッタも含めた全文の転載 をお願いします。部分引用についてはご相談いただければ幸いです。 ◆[免責事項]本メールマガジンは、内容の正確性を保証するものではありま せん。本メールマガジンの購読、利用などによって発生したいっさいの損害、 損失、障害などについて、発行者はその責任を負いません。 =================================== |