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          *** 労務屋の労働雑感 ***

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        平成16年06月06日発行 通巻286号
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          <<< 【書評】働くということ >>>

            R.ドーア著 中公新書

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 ※本号の内容は、本日発行の日本キャリアデザイン学会「キャリアデザイン
  マガジン」(ID=0000140735)に寄稿したものです。

 サラリーマンから作家に転じた黒井千次氏に、「働くということ」という本
書と同じ書名の著書がある。15年間の企業勤務経験をもとに、企業での思うに
まかせぬ仕事の中にも自己実現につながる「職業」の可能性を見出し、「働く
ことは生きること」と結論づけたこの本は、多くの働く人たちに読み継がれ、
1982年の初版以来、2004年12月までに35版を重ねている。
 その2004年には、日本経済新聞社から「働くということ」という本が出た。
新聞の連載をまとめたこの本は、起業、独立、転職こそすばらしいものと賞賛
し、鮮やかな多数の事例で世間の注目を集めたが、長期勤続によって技能を向
上・蓄積するという働き方には否定的だ。黒井氏が万人のものたりうると想定
した自己実現は、起業、独立、転職できる人だけのものとされているようだ。
 この間二十数年。「働くということ」になにが起きたのか、とりまく環境は
一変したと言って過言ではない。本書、ドーア氏の「働くということ」は、そ
の原題や訳書の副題のとおり、この間に進展した「グローバル化」が、人々の
「働くということ」にとってどのような意味があったのかを述べている。
 コンパクトな中に非常に豊かな内容を含んだ本である。あえてごく大雑把に
この本の主張の要約を試みれば、グローバル化とは「市場個人主義」が国際的
に拡張する過程であるということになるだろうか。それはより具体的にはアメ
リカン・スタンダードのグローバル・スタンダード化であり、その理論的バッ
クボーンは新自由主義経済学だということになる。そしてその結果、本来資本
主義が有していた多様性は失われ、社会的連帯は衰退し、不平等と格差とが拡
大したという。そしてわが国も「遅れてやってきた」だけでその例外ではない。
 ドーア氏はこうした傾向に批判的な姿勢をとるが、目新しい具体的施策を提
示しているわけではない。各国各層での連帯とともに、国際機関の役割に期待
するというオーソドックスなスタンスをとる。この本も、国際労働機関(IL
O)と東京大学が共催した社会政策講演によるものであって、大筋としてIL
Oの理念に立っている。しかし著者の見通しは悲観的であり、この本全体に得
も言えぬ諦観がただよう。
 この本に対して、市場個人主義を克服する処方箋がないと批判することはた
やすい。しかし私たちは、虚心にこの本を読み、労働に対する強い共感を持ち、
日本への理解と愛情にあふれるこの老碩学の感慨に、深く思いを致すべきだろ
う。本書が指摘するように、市場個人主義の根は深く、単なる方法論で対処で
きるものではあるまい。問題の根はわれわれの心にあり、われわれのすべてが、
たとえばILOの精神に代表されるような精神に立ち返ることに、著者はわず
かな希望と可能性をつないでいるのではあるまいか。
 そして本文冒頭にもあるように、その一部には、市場個人主義を主導し拡散
させる「コスモクラット」をも説得する可能性もあるのだ。1944年、ILOは
その目的に関する宣言でその根本原則についてこう宣言した。「労働は、商品
ではない。」「表現及び結社の自由は、不断の進歩のために欠くことができな
い。」そして「一部の貧困は、全体の繁栄にとって危険である。」

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