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=================================== *** 労務屋の労働雑感 *** +++++++++++++++++++++++++++++++++++ 平成17年11月24日発行 通巻294号 +++++++++++++++++++++++++++++++++++ <<< 懲戒解雇は厳しすぎるか >>> =================================== 東武鉄道の30代前半の運転士が息子を運転室に入れて乗務したことが発覚し、 会社がこれに懲戒解雇の方針が示したことに対して、多くの同情論が集まりま した。報道によれば、電話やメールなどで「解雇は厳し過ぎる」などの意見が 約2000件寄せられたとか。それにもかかわらず、東武鉄道はこの15日に懲戒解 雇を決定、通告したそうです。 まず、報道などから事件の経緯を簡単に確認してみると、この運転手は東武 野田線の南桜井駅から隣駅である川間駅までの約3分間、3歳の長男を運転室 に入れて運転し、これが乗客から通報されて発覚した、ということのようです。 運転士の説明によれば、勤務終了後に家族で外出する予定があり、そのため妻 と長男、長女の3人が先頭車両に乗車していたところ、長男が運転席の父親に 気付いてドアを叩くなどしたため、南桜井駅で他の列車の待ち合わせ中にドア を開けて注意したところ、泣き出して運転室に入って座り込んでしまった、と いうことのようです。そのうち待ち合わせが終わり、発車時刻になったため、 定時運行のためそのまま発車させてしまった、という事情だということです。 なるほど、これはたしかにありそうな状況といえそうです。ありそうな状況 だけに、職を失って一家が路頭に迷いかねない懲戒解雇という厳罰は情におい てまことに忍びないものがあることも間違いないでしょう。 それでもなお、東武鉄道が当初の方針を貫いてこの運転士を懲戒解雇したの はなぜでしょうか。もともと懲戒処分はすぐれて当事者労使の問題であり、外 部の第三者が論評すべき問題ではないわけですが、なぜ庶民感情とは異なる判 断が下されたのかについて、私なりにその理由を推測してみたいと思います。 最初の前提として、報道などによれば、東武鉄道では運転席に部外者を立ち 入らせて運転することは規則違反とされており、懲戒解雇の対象となりうると の規程が存在するとのことです。旅客鉄道業が「命を運ぶ」ビジネスであると すれば、運転中の運転士がきわめて高度な職務への集中を求められることは当 然でしょうから、運転席への部外者の立ち入りを禁止することには十分な理由 があるといえそうです。他社においても、今年の6月、JR東日本で運転中に 携帯電話のメール操作をしていた運転士が懲戒解雇になった事例があり、運転 中の安全規則違反が懲戒解雇にあたるというのは社会通念上相当と考えられる とみていいでしょう。であれば、あとは本件の情状をどう考えるかということ になります。 まず、情状を厳しくみる条件を考えてみると、第一にこれが乗客の指摘によ って発覚し、広く報道された、ということがあげられます。事実がどうか、と いうことと同様に、乗客がこれをどうみるか、ひいては世間がどう受け取るか、 ということが重要な判断材料になるわけです。これをみた乗客の目には、事実 の如何にかかわらず「子どもにせがまれて運転席に入れてやった」と見えるか もしれません。その手のシミュレーションゲームやビデオソフトがあることを みても、電車の運転室に入ってみたいと思っている人は多いのでしょうから、 こうした誤解を与えても致し方ないのではないかと思います。また、この時に 限らず、他の運転士もふくめて日常的にこうしたことが行われているのではな いか、との印象を与えたかもしれません。「東武鉄道は運転士が子どもを運転 席に入れる会社だ」との風評が流れることは会社にとって大きな損害になりか ねないだけに、処分も厳しくなるのは自然な話でしょう。 次に、入り込んだのが家族だったというのも、一般的な印象とは異なるかも しれませんが、情状を重くする材料になると思います。赤の他人が入り込んで きたとしたら、電車を遅延させてでも排除しただろうということは容易に想像 できるわけで、「家族だから甘くみた」とみられても致し方のないところだろ うと思われます。 そして、この4月にJR西日本で発生した脱線事故の影響は無視できません。 この事故以降、鉄道各社は定時運行より安全運行を優先すべきとのプリンシプ ルを徹底することを行政からも社会からも強く要請されている状況にあります。 こうしたなかで、今回のケースは定時運行を優先して不安全行為を行ったわけ ですから、まさに社会の要請に逆行してしまったことになります。この情状は 重く見ざるを得ないでしょう(前述のJR東日本の懲戒解雇にも同様の判断が 働いたことは想像に難くありません)。懲戒というものはそもそも、「○○し てはならない」「××は許されない」…といった企業の(ネガティブな)プリ ンシプルを示すものでもあり、定時運行違反より安全運行違反が厳罰であるな ら、それは企業の「安全運行違反は定時運行違反よりさらに許せない」という 意思の現れです。したがって、「定時運行のために安全運行に違反した」とい う事案には厳しく望まざるを得なくなるわけです(JR西日本の場合、ときに 安全運行違反以上に定時運行違反が厳罰に処せられるとの認識を与えてしまっ たことが、安全軽視につながったのではないかという指摘はいくつもあるとこ ろです)。 加えて、東武鉄道はこの3月、竹ノ塚駅構内の踏切で重大な事故を発生させ、 社会の指弾を浴びているという事情もあります。いやがおうでも不安全行動に 神経を尖らせなければならない状況にあったわけです。 こうして書き並べると、ずいぶん冷たいことばかり言うのだなあという印象 を与えるでしょうが、もちろん、情状を酌量すべき点も当然考慮されます。 たとえば、子どもは運転装置などには手を出していないということですし、 その結果として特段のトラブルもなく無事に運行されたわけですから、運転室 に入れたこと自体は規則違反としても、次の駅で出したことも含めて違反後の 措置は適切だったと考えられるわけで、これは情状を軽くするでしょう。また、 定時運行を守らなければならないと思った、という動機も、安全を軽視したこ とを別とすれば、もちろん悪意ではなく、むしろ善意によるものですから、こ れも酌量されるでしょう。 さらに、この運転士の社内での立場・役割(指導的な立場の人の違反は当然 ながらそうでない人より重くみられます)をはじめ、ふだんの勤務状況や、こ れまでの貢献(30代前半、ということですから高卒入社とすれば勤続十数年で、 まじめに勤務していたならばそれなりの貢献はあると評価されるはずです)、 さらには過去に表彰や懲罰、あるいは注意などを受けたことがあるかどうか、 などといった点も考慮され、しかるべく判断されるのが通常です。 もちろん、これらは部外者が外から見て想像したものに過ぎませんので、他 にもさまざまな事情があったのだろうと思います。いずれにせよ、今回、東武 鉄道が運転士を懲戒解雇としたのは、このようなさまざまな要素を総合的に考 慮しての判断だったのだろうと思います。その是非については部外者が容喙す べきものではなく、たしかに庶民感情とは異なるかもしれませんが、東武鉄道 の判断が尊重されるべきでしょう。現在、労働契約法制の検討の中で、懲戒処 分についても非違行為と懲戒処分の均衡について一般的な基準を指針で定める との提案もあるようですが、懲戒とはこのようにまことに複雑で、さまざまな 事情が関係し、社会環境や業界・企業のおかれた状況によっても変化するもの です。非違行為と懲戒処分だけを取り上げて一般的な原則を定めるというのは およそ不可能で、無理な考え方ではないかと思います。 =================================== ◆メールマガジン「労務屋の労働雑感」 このメールマガジンは、インターネットの本屋さん「まぐまぐ」で配送され ています。(http://www.mag2.com)ID=0000049801 ◆このメールマガジンは、発行者が、個人の資格で、管理職、人事労務担当者、 組合役員、学生・研究者などの方々を対象に、人事・労務・労働などに関す る話題を提供するものです。 ◆作者は、日本キャリアデザイン学会の公式メールマガジン「キャリアデザイ ンマガジン」(ID=0000140735)を編集しています。あわせてお読みいただ ければ幸いです。http://www.mag2.com/m/0000140735.html ◆バックナンバーは、次のページからごらんになれます。 http://www.roumuya.net/mm/backn.html ◆登録・解除は、次のページからお願いします。 http://www.roumuya.net/mm.html ◆労務屋ホームページ:http://www.roumuya.net のブログ「吐息の日々」に、 ご意見・ご感想などをおよせいただければ幸いです。 ◆メールアドレス:nagoyakuma@nifty.com ◆転載・引用を歓迎します。原則として、ヘッダ・フッタも含めた全文の転載 をお願いします。部分引用についてはご相談いただければ幸いです。 ◆[免責事項]本メールマガジンは、内容の正確性を保証するものではありま せん。本メールマガジンの購読、利用などによって発生したいっさいの損害、 損失、障害などについて、発行者はその責任を負いません。 =================================== |