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■2003/03/31 (月) 久々に ネタはあったのだが、時間がなかった。さすがに3月中には書かないと、ということでなかば無理やりに。 今日の社説のひとつは「郵政民営化の初心に帰れ」だが、まず揚げ足をとらせてもらえれば、この標題はすでに郵政が民営化されているかのように読める。 内容もいささか不思議で、郵政公社が効率化やサービス向上の努力をしていることに対して、「本当の自由な競争ではない」から「限界がある」といっている。郵便事業への参入規制や、公社に対する税優遇などがあるから「公平な競争が行なわれない」のだという。そのとおりだろうが、これらが「民営化の道筋を示すこうした議論」というのは変ではないか?これは「民営化」という経営形態の問題とは直接には関係ないのではないか。 また、公社の職員の身分が国家公務員のままなので、雇用関係が「民間経営に準じて」合理化するときの大きな壁になる、といっているのもちょっとおかしい。いいたいことは雇用保障があるから人減らしできない、ということだろうが、「民間経営」にしても自由自在に首切り、人減らしをしているわけではないから、「民間経営に準じて」やるかぎりにおいては「大きな壁」とまでいうほどの差があるとも思えない(まあ、このへんはいろいろな考え方があろうが)。 まあ、云わんとしていることには大いに一理あるし、こうした疑問も揚げ足取りのようなものかも知れないが。 ■2003/03/12 (水) 言論機関へのテロ 朝日新聞を襲撃した「赤報隊事件」が時効となり、きのう・きょうの新聞各社はいずれもテロに屈せず言論の自由を守るといった趣旨の社説を掲載した。 日経新聞はすでにきのうの社説でこれを取り上げている。内容的には他社とほぼ同様のものだが、どうも私の気になるのは「言論機関へのテロ活動は許さない」との書きぶりだ。しかも、後のほうでもう一度「言論機関へのテロは、ささいなものであっても見逃してはならない」と繰り返している。 ほとんど揚げ足取りではあるが、二度も繰り返されると「言論機関以外へのささいなテロは見逃してもいいのか」と言いたくなる。まあ、たしかにまったくの揚げ足取りだろう。しかし、読売、朝日、毎日の社説にはこのような表現は出てこない。たとえば、読売の書きぶりはこうだ。「言論の自由への卑劣な挑戦だった。このような問答無用の暴力は、社会全体の敵である。」これと較べると、日経の文章にはいささかスキがあると感じる。批判的に見るならば、言論機関であることの特権意識が顔を出しているのではないか。 日経の社説のいうとおり、「民主主義の社会では、異なる意見に耳を傾ける謙虚さが必要である」。言論機関の役割が大きいのであれば、言論機関こそ謙虚さが必要だろう。 ■2003/03/06 (木) 狂気の株主原理主義 日経の企業財務欄に「会社研究」という連載記事がある。投資家を意識したものなので、株主びいきになるのは当然なのかもしれないが、それにしても今日の記事には驚いた。 取り上げられているのは東京電力であり、「株主が軽視されている」と叩かれている。その言い分はこうだ。 まず、原発の再稼動について、社長が「株主(正しくはアナリスト)に説明する前に地元の理解を得ることが必要」「株主が一番大切とは考えない」と発言した。したがって、株主を地元より軽視しているという。しかし、原発の再稼動について、地元が納得しないうちからアナリストに「○月には稼動します」などといったら、地元は猛反発して稼動するものもしなくなるだろう。交渉ごとなのだから当然のことだ。それとも、株主のためには地元の不安もかえりみず原発を稼動しろというのだろうか。そう聞かれれば、「株主が一番ではない」と答えざるをえないに決まっている。 次に、合理化の成果を値下げに振り向けたから、株主を顧客より軽視しているという。しかし、そもそも東電が市場を意識しはじめたのは、電力料金の内外価格差が問題となり、独占企業のぬるま湯体質を改めるための一つの方便だったことは、当初から明言されてきたことだ。だから、配当より値下げが重視されるのは当然だし、株主もそれを承知で買ったわけだから、文句はいえないはずだ。東電は公共性の高い自然独占企業である。利益が出ないなら値上げして株主を儲けさせるべきだといわんばかりの議論は非常識だろう。 さらに、不祥事によるコスト増を人件費削減で吸収しなかったから、株主を社員より軽視しているといって憤っているが、株式投資にはこうしたリスクがつきもののはずだ。それを救済するために株主代表訴訟の手続きも設けられている。株主のリスクの穴埋めを従業員の負担に転嫁できないから株主軽視だという理屈はあまりに手前勝手だ。 今となっては珍しい株主原理主義への凝り固まりようだ。投資家を喜ばせるために書いているつもりかもしれないが、これを読んで単純に喜ぶような単細胞がどれだけいると思っているのだろう。 ■2003/03/03 (月) で、ディスクロージャーとは何の関係が? 今朝まで連載された「ザ・ディスクロージャー」真のグループ力、というのは、たいへん不可思議な記事だ。内容どうこうというより、特集タイトルのディスクロージャーの話が出てこないのだ。初回こそ、東急電鉄の情報開示の話などが出てきてはいるが、土曜日はトヨタと日産の系列戦略を対比しただけ、日曜日はコーポレート・ブランドの話に終始している。特に日曜は、旧財閥系を怒らせないように外資系ファンドをヨイショした、という程度の内容のない記事だ。そして今朝は融資関係が「系列」的になっている、という話で、ディスクロージャーの話はいかにも無理やりな難癖しか出てこない。一応、初回に「連結決算という情報開示(ディスクロージャー)だけではとらえきれない、グループ経営の素顔を探る」とは書いてある。しかし、ここまでディスクロージャーの話が出てこないのなら、別の特集にすべきだろう。 しかも今日の記事は内容的にもちょっとおかしい。みずほ銀行の増資引き受けに対する経営陣の判断が「企業存続の行方を左右する意思決定が、株主の目の届かないブラックボックスの中で進む」といちゃもんをつけている。しかし、増資引き受けは株主総会での議決を必要としているわけではないし、「いざというときの融資」を考えて増資引き受けを判断することは、株主の利益に反することではない。「株主の目が届かない」などと難癖をつけられる理由はないだろう。 あるいは、「『支援リスク』への警戒感が、勝ち組企業の株価の重しになっている」との記述も、近視眼的に見ればそうだろうが、「支援リスク」をなくしたら経済全体が一段と冷え込んで、勝ち組企業の株価も下がるだろうし、そもそも勝ち組がいなくなる可能性だってある。 極めつけは、「ダイドーリミテッドは取引先銀行に持ち株を手放され、同じ境遇の企業と持ち合いを始めた」ことを賞賛していることだ。おいおい、あれほど株式持ち合いを目の敵にしていたのはどの新聞だったのかね。「業務面での効果も期待できる」と書いてあるのが余計に笑える。エクスキューズのつもりかもしれないが、「業務面での効果『も』」というのは、他の理由(たとえば安定株主対策)の効果の方が大きいということだろう。 結論としては「負債系列を乗り越えて、真のグループ力の向上」ということらしい。ことばは立派に聞こえるが、私のような凡人にはさっぱり意味がわからない。 |