失業、自殺、犯罪
(平成13年5月)


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(1)はじめに

 バブル崩壊以降、景気が回復したと言われる局面が一応2回はあったわけですが、それは本当に一応と いう感じで、社会にその実感がない、一般の国民も、経営者もどうも景気が拡大しているという実感が ないという話があります。その一方で、そうは行っても海外旅行にはどんどん行くし、お台場の ヴィーナス・フォートに行けば買い物客でずいぶん賑わっている。失業者がデモ行進をしたり、暴動が 起こりそうだというわけでもない。もうこれは不況ではなくて、こういうのが定常状態で、ハッピーだと 考えなければいけないのではないか、それは確かにバブルの時はみんないい気分だったけれど、あれが 異常事態だったのではないか、という話もあります。  仮に現状が普通だと考えることにしたといたしましても、それを維持するためだけでも、相当骨の 折れるようなことをしなければならないわけで、それが現在の日本社会の閉塞感につながっている、 といったことではなかろうかと思います。
 本日は、私は一応労働問題が専門であるということになっておりますから、バブル崩壊以降の社会の 閉塞感を示すような指標ということで、暗い話でいささか申し訳ないのですが、自殺のデータを中心に しまして、他にもいくつかご紹介させていただければと思います。

(2)失業の動向

 みなさんご承知のとおり、バブル崩壊以降、完全失業率がどんどん上がっていまして、昨年は単月で 過去最悪の4.9%という数字を記録しました。もう1年以上、5%に近い4%台で推移しています。 これで不良債権のオフバランス化を進めれば、もっと上がるだろうと言われています。

(完全失業率の推移と景気循環イメージ)

資料出所:労働力調査(総務省統計局)

 この図だけタイトルとかがついてなくて申し訳ないのですが、折れ線グラフは各年の完全失業率の 推移を表しています。目盛数字の単位は%です。下の方に見えるこの変なカーブですが、これは景気の 山と谷の時期をつないでスムージング曲線をひいたものです。数字を表しているものではなくて、単に 景気循環をイメージするためのものです。
 さて、失業率は、ごらんのように、バブル絶頂期には2%まで下がっていたのですが、その後は 右肩上がりで上昇しています。一応、平成8年から9年にかけて踊り場がありますが、これはちょうど その時期に景気の山が来ていまして、完全失業率は景気の遅行指標ですから、一応これは辻褄が合って いると言えるのではないかと思います。
 問題はその後でありまして、景気の後退に、山一や拓銀のはたんをはじめとして、倒産が増加した こと、それも大型化しながら増加したこと、さらには、その後、雇用削減をともなうリストラが 大流行したことで、平成10年、11年は、ごらんのように急速に失業率が上昇したわけです。
 倒産が実際どうなっているかちょっとグラフで見てみましょう。次のグラフは倒産件数と負債総額の グラフでして、データは東京商工リサーチのホームページから取りました。


資料出所:東京商工リサーチ

 ごらんのとおりでありまして、平成10年は山一、拓銀の年です。ただ、山一も拓銀も倒産した わけではないので、このデータには反映されていません。平成11年は、件数も負債総額も減って いますが、件数ほど負債総額は減っていませんので、大型化は進んでいます。平成12年はご記憶の そごうの倒産をはじめとして大型倒産が相次ぎ、数字もぐっと大きくなっています。失業との関係では 負債総額が比較的近いと思いますので、平成10年に失業率が上がったのは倒産が増えた影響が大きく、 平成11年に上がったのは、倒産もあるけれど、リストラの影響もかなりあったのではないかという 見方ができると思います。あと、従来倒産は景気循環の影響を大きく受けるわけですが、バブル崩壊 以降はおおむね増勢にありまして、景気循環にあまり感応的ではなくなっているような印象を受けます。

(3)自殺の動向

 さて、自殺の動向でありますが、自殺の数は厚生労働省の人口動態調査からデータを取ることが できます。厚生労働省のホームページで、人口十万人対比で、自殺が死因で死亡した人の人数が 公開されておりますので、そこからデータを持ってまいりました。



資料出所:人口動態調査(厚生労働省)

 ごらんのとおりであります。円高不況からバブルの絶頂まで、自殺は減ってきておりました。そして、 実は、バブル崩壊後もその水準をキープしております。急速に上昇したのは、平成10年以降で あります。ごらんのとおり、バブル崩壊後の不況とその後の回復期においては、自殺は景気循環に ほとんど反応していないように見えるのでありまして、むしろ、ごらんのとおり、完全失業率に非常に 強く相関していることがおわかりいただけると思います。



資料出所:警察白書(警察庁)

 これを実数で見たのがこのグラフです。どういうわけか厚生労働省のホームページでは実数のデータを 公開しておりませんので、これは警察庁のホームページから持ってまいりました。これまたどういう わけか、平成10年までしかデータが公開されておりませんので、平成10年までの数字になって おります。平成10年で3万人を超えております。ですから、前のグラフから考えても、平成11年には 4万人を超えているのではないでしょうか。



資料出所:警察白書(警察庁)

 このグラフは、自殺者数をその理由別に見たもので、毎年の警察白書からデータを取っております。 これがまたまたどういうわけか、それまで毎年掲載されて おりましたのに、平成12年版の警察白書では、平成11年の理由別自殺者数が掲載されておりません。 そこで、申し訳ないのですがこのデータも平成10年までになります。警察が変死事件を捜査して、 自殺が疑われるときにはその動機、理由を調べるわけですが、そこで判明した理由別に集計した数字で ありまして、これが毎年「自殺概要」という資料にまとめられているのですが、それがどうやら昨年は 公表されなかったらしいのです。
 実は、自殺の理由で例年一番多いのは、これは載せておりませんが、「病気を苦にして」という ものでありまして、だいたい1万人前後であります。そんなに大きく変化してはいなかったと思います。 ごらんのとおり、経済生活問題による自殺というのが急増しておりまして、バブル時には年に1000人台 だったものが、どんどん上昇して、平成10年には6000人と、5倍にも増えています。完全失業率の グラフは載せておりませんが、やはり非常に相関があるように見えます。その他、勤務問題、要するに 職場のトラブルによる自殺も、平成10年には目に見えて増えております。こうした事実は、新聞 などでも「リストラ自殺が増加」などということで、一昨年にはけっこう報道されましたので、ご覧に なった方も多いかと思います。昨年は自殺概要が公表されなかったらしく、報道もありませんでした。 私は警察庁にデータを教えてくれというメールを出したのですが、黙殺でした。



資料出所:警察白書(警察庁)

 次は年齢階層別に分解したグラフです。これは厚生省のデータなので平成11年まで入っています。 予測されるとおり、年齢が高いほど自殺率も高くなっています。かつて昭和30年代くらいまでは、 藤村操ではありませんが、若者の自殺というのが多かったわけですが、今は若い人ほど自殺は少ないと いうのが実情のようです。



資料出所:人口動態調査(厚生労働省)

 これはそれを伸び率で表したものですが、これで見ますと、20代、30代、40代の増え方に 比べまして、50代の伸びが際立っていることがわかります。

 さて、自殺のデータは以上でありますが、これをどう見るかということで、少し感想を述べさせて いただきたいと思います。
 一橋ビジネスレビューという季刊誌が、東洋経済から出ておりますが、それの確か2号、昨年の 秋くらいに出たものに、一橋大学の米倉誠一郎教授と、日経連の奥田会長の対談が載っておりまして、 その中で、この自殺者30000人という数字がたいへん印象的な形で出てまいります。
 米倉先生は、日本経済は一度思い切った大手術をしない限りどうにもならないという意見で、 各企業ともどんどん余剰人員は解雇できるようにすべきだ、それでもつぶれる企業はつぶすしかない、 そうしてバブルの負の遺産を全部清算して、企業がまず健全で強くならなければだめだ、という 主張をしています。で、日経連も、政府に対して解雇の自由化を要求すべきだというわけです。 もちろん、それをやってしまったら長期雇用は二度と成り立たなくなりますが、その方がいいという ことで、とにかく一度ハードクラッシュに近いハードランディングをやるべきで、それがいちばん 手っ取り早いというより、それしか方法はないという持論を展開しています。
 しかし、それで失業率が10%とか20%になったらどうするのか、というのに対しては、 米倉さんは、それは気にしなくていい、放置すればいいというわけです。要するに、日本人はもともと 潜在的な能力は高いのであって、食うに困るようになれば、それぞれ自分で商売を始めるなり何なり、 自力でちゃんとやるから、心配する必要はないのだ、というわけです。で、企業が解雇しないという ことは、もともとそれだけの力のある人を、力が出せないところに縛り付けているのであって、それは 早く開放しなければダメだ、というわけです。
 これに対して日経連の奥田会長は、自分もどちらかというとハードクラッシュで、何でも早く やるのが性に合っている、と言っています。ところが、それに続いて、「でも、自殺者が年30000人も いる社会がいいとは言えない」と言っています。その後も、米倉さんが繰り返しハードクラッシュ すべきだ、経済界からそういう声を上げてほしい、と言うのに対して、そのたびごとに奥田さんが でも、自殺が年30000人もいるからなあ、と言って、決して首を縦に振りません。結局議論が 噛み合わないまま、最後に米倉さんが、なんと言ってもハードクラッシュが正しいのだ、と言って 終わっています。
 この議論にはいろいろな意見があると思います。私は、奥田会長のように、ハードクラッシュに 躊躇するのが普通の神経ではないかと思います。米倉さんが想定しているのは、例えばアメリカで 軍事予算を大幅に削った結果そこで大量の失業者が出て、その人たちが最初は仕事がなくてセブン・ イレブンで働いて、そのうちに起業してハイテク企業を立ち上げ、それが今のアメリカの繁栄に つながっている、というようなことではないかと思います。あるいは、ご自身の教え子で、大企業に 入った人と自分でビジネスを始めた人とを比べると、数年後には大差がついているとか、そういった ことではないかと思います。しかし、アメリカでハイテク企業を立ち上げた失業者というのは、実は nasaで先端研究をしていた、MITのドクターだったりするわけです。米倉さんの教え子も、 なにしろ一橋大学ですから、世間では例外的な優秀者です。そういう人たちなら、確かに放っておいても 自力でなんとかしてしまうでしょう。
 ところが、倒産ならまだしも一部は優秀な人が失業しますが、解雇となると、失業するのはおそらく 高年齢で低技能な、率直に言って自分でなんとかするなんてとても無理だ、という人がほとんどになる ことが目に見えています。誤解のないように申し上げておきますが、そういう人でも、解雇された企業で 働いていれば、長年培った技能で、立派に役に立つわけです。さらに誤解のないように申し上げるなら、 それはよく言われるような社内人脈とかいったものではなく、他の企業でも、まあ今の企業ほどでは ないにしても、それなりに十分に役立つような技能なわけです。ところが、その技能を生かすような 仕事がないわけです。仕事がなければ、米倉さんの言うように自分で商売を始めるかといえば、そんな ことができるような人であれば、そもそも解雇なんかされないわけです。そういう人が自殺するわけです。 それで自殺が増えているという面は多分にあると思いますし、奥田さんが自殺者が30000人ということを 何度も言うのも、そういうことだろうと思います。
 変な話ですが、自殺というのは人生における究極のハードクラッシュです。社会をハードクラッシュ させるということは、人生のハードクラッシュに見舞われる人を一気に増やすことだと思います。 もちろん、それがいいのだ、経済の発展のことを考えれば、ハードクラッシュすべき人にはしてもらって、 残った人が幸せになればいいのだ、という考え方もあるのかも知れません。
 大企業の経営者というのは、激烈な出世競争を勝ち抜いて、4年に一人というチャンピオンになった 人ですから、抜群に優秀な人たちばかりです。ですから、彼らが、ハードクラッシュしたいとか、 性に合っているというのも、当然のことです。しかし、それはやはりまずいのではないか、ということに 思いが到るのが、健全な常識というものではないでしょうか。最近、口先では、ハードクラッシュ的な ことを云う経営者もいますが、それは社内やグループの引き締めのためであって、決して本心ではないと 思います。マスコミなどはそういう発言を喜んで書き立て、そういう経営者を英雄扱いしますが、 それでは彼らが本当に社員を路頭に迷わせ、首をくくらせているかと言えば、まったくそのような気配は ありません。それは優柔不断ではなく、見識というものなのだと思います。

(4)ホームレス・フリーターの動向

 さて、いささか独善的なお話になってしまいましたが、自殺以外の数字をいくつかご紹介して おきたいと思います。
 失業と関連するものとしては、ホームレスの動向があります。私は先日、隅田川の水上バスに 乗りまして、本当に久しぶりにあの辺に出向いたのですが、聖路加病院のところにすごいツインタワーが 出来ていたりして、その他にもいろいろ新しいビルができて、ずいぶん発展したものだと感心した わけですが、それと同時に驚いたのが、川の両岸にずらっと、ダンボール箱に防水シートをかぶせた ホームレスのすみかが続いていたことでした。
 これはまだグラフにするほどのデータもないのですが、東京都が、「ホームレス白書」というのを 出しておりまして、それによれば、全国で約2万人のホームレスのうち、東京には約5700人が 生活しているということです。平成6年当時の東京のホームレスは約3300人、平成9年には 約3700人、平成10年が4300人、さらに平成11年では5700人と発表されています。
 かつてのホームレスは、都庁への地下道のホームレスを強制退去させた時の報道中継などが伝えた ように、福祉施設には入りたくない、自分はホームレス生活をしたいのだ、と主張する人、すなわち、 定職につきたくない、定住したくない、などのこだわりが強い「社会的不適応」者が多いと一般には 考えられていました。
 ところが、今は、社会的不適応ではなく、経済的要因によるホームレス、不況・失業による ホームレスが多数を占めているのです。ホームレス白書によれば、かつては定職についていた人が6割を 占め、ブルーカラーとホワイトカラーの比率は9:1となっています。さらに、7割の人は解雇や 倒産などによる非自発的失業や、病気など本人の希望とは関係なく、やむを得ず失業しています。 そのため、全体の8割は就労を希望し、7割は現実に求職活動をしています。就労しているホームレスの 中には、職場にはホームレスであることを言っていないケースも珍しくないようです。ひょっとしたら、 私たちの身近にもホームレスの人がいるかも知れないのです。
 それから、フリーターというのも問題になっています。これはなかなか問題の立て方が難しく、一体 フリーターの何がどのように問題なのかとか、そもそも問題視すべきなのかどうかといった議論が 労働関係者の間ではさかんに行われています。
 もともと、フリーターというのは、バブルの時期に、定職につかず、例えば半年間は工事現場で働き、 当時は日雇でもすごく給料はよかったですから、それをためておいて、次の半年は、失業給付をもらって、 海外の物価が安いところを放浪して過ごすとか、そういった社会にとらわれない生き方をする若者の ことを指していました。ところが、最近のフリーターは、高校を卒業したけれど仕事がない。なにしろ、 平成3年度には168万人あった高卒への求人が、平成11年度はなんと27万人しかなくなって しまったのです。それで就職できない。仕方ないからコンビニでアルバイトをするとか、そういった タイプが主流になっています。もちろん、今はインディーズだけれど、いずれはメジャーデビューを 果たしたい、そのためには仕事に拘束されたくない。だからフリーターになるというのもいるわけで ありまして、こういう人まで問題にするかどうかは難しい問題です。しかし、問題のあるフリーターも いることは間違いないわけです。平成12年版労働白書は、151万人のフリーターがいると推測して います。これは平成8年の数字です。日本労働研究機構の計算によれば、平成12年にはこれが 191万人になっているそうです。これは大きい数字ですし、比較できるかどうかはわからないのですが、 とにかくかなりの勢いで増えていることは間違いないものと思います。

(5)犯罪の動向

 最後に、犯罪のデータをご紹介して、終わりたいと思います。



資料出所:警察白書(警察庁)

 これは、交通違反などの交通事案を除いた刑法犯の発生件数を、平成3年を100として指数化した ものです。データは警察庁のホームページから取ってきました。これは平成12年のデータまで 公開されておりました。  ごらんのように、景気の循環とはほとんど無関係に、徐々に増加する傾向を示してまいりました。 完全失業率とも、目立った相関があるとは申せません。やはり注目すべきなのは、最近の増加ぶりです。 ちょうど、失業率から一歩遅れるような感じで、急増しているのがおわかりかと思います。これでは 警察が忙しくなるのも致し方のないところです。
 しかも、実態はこの数字以上に悪くなっています。内容が悪くなっているのです。



資料出所:警察白書(警察庁)

 重要犯罪というのは、殺人、強盗、放火、強姦、略取誘拐、強制わいせつの6つですが、これの 増加ぶりは、全体の増加を大きく上回っています。特に強盗の増加ぶりというのはたいへんなものが あります。犯罪は増えているだけでなく、悪質化も進んでいます。

(6)おわりに

 以上、自殺のデータを中心に、倒産、ホームレス、フリーター、犯罪のデータも少しですが紹介して まいりました。
 ここから推測されるのは、バブル崩壊以降、景気回復局面もあったと言われていますが、これらの 数字はそれに反応しておらず、実感として景気回復感がないというのも無理もないということだろうと 思います。
 また、これらの数字は、完全失業率の上昇、特に平成10年以降の急上昇に、非常に符丁が 合っているということが言えると思います。
 失業が増えたからそうなったのか、という因果関係の部分ははっきりしないわけではありますが、 今後、さらに失業率が上昇した場合には、これらの数字もおそらくそれに連動して上がってくることは、 数字を見るまでもなく、予想できることです。
 今、失業率がさらに上がることは避けられないような政策を進めようという動きがあります。その 際には、セーフティー・ネットの整備が重要であるという認識までは持たれています。しかし、本当に セーフティー・ネットを整備しようというのであれば、例えば自殺の予防、治安・防犯の強化、 ホームレスの住居対策などといったことまで、視野に入れておかなければなりません。これは、 やりようによっては大変なコストになると思われます。
 すなわち、失業が増えるような施策を行なうことが必要やむを得ないのであれば、次に考えるべきは、 それにともなう失業を必要最小限に止めることでありましょう。セーフティー・ネットにかかる コストは、失業が少ないほど小さくなることは明らかだからです。セーフティー・ネットを準備すれば いくら失業を出してもいいかのような議論が一部に見られますが、非常に危険ではないかと思います。
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