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1995年に総理府が実施した「今後の新しい働き方に関する世論調査」によれば、成果主義賃金が「企業、労働者の両者にとってよい」と答えた人が4割を超えており、「労働者にとってよい」をあわせると6割近くに達している。ところが、サラリーマンが居酒屋で成果主義賃金を話題にするとき、「やる気が出た」「よかった」というような話にはあまりならないようだ。どうやら、理屈で考える成果主義賃金と現実にわが身にふりかかる成果主義賃金とは違ったものとして意識されるらしい。 何のための成果主義か 平成12年版労働白書は、成果主義賃金制度導入の背景として、具体的に三点指摘している。 まず、「裁量性が高いため労働時間管理の難しいホワイトカラーの勤労者に占める割合が上昇したこと」を指摘している。要するに、「貢献に応じた公正な処遇」を行なうということだろう。 次に、「競争環境が激化する中で成果に応じたメリハリのある賃金格差により従業員の目標達成意欲などを高める必要性が増していること」を指摘している。これは「動機づけ」のためということになる。 もう一つが、「高齢化の進行の下で企業の高コスト体質の改善が求められるようになったこと」であり、これは「人件費の適正化」といえるだろう。 この三つが達成されるのであれば、これはたしかに「企業、労働者の両者にとってよい」ということになるだろう。問題はそれが本当に可能かどうかだ。 リクルート・ワークス研究所の豊田義博『ワークス』編集長は『欧米と違って、その主な目的は、年功賃金制度による人件費の膨張抑制だった』と指摘しているそうだ。前述の労働白書の記述も「高齢化への企業の対応と課題」という節のなかにあるくらいだから、この指摘は実態を言い当てているのだろう。 人件費の抑制が必要であるにしても、一律に抑制したのでは意欲の低下や優秀者の退職を招く心配があるし、また、賃金制度をそのままにして水準を引き下げただけでは、いずれまた人件費が膨らんでくるだろう。そこで、トータルでは人件費が抑制される制度としながらも、一律の抑制ではなく、成果をあげた人は従来と同様、あるいはそれ以上に賃金が上昇するしくみにすれば、意欲の維持と優秀者の引き止めをはかれるだろうといのが、成果主義導入の動機だというわけだ。 手足をしばられた実務担当者 現実にその効果はどれほどのものだろうか。 人事管理にはアメとムチの両方が必要なことは間違いないが、成果をあげなければクビを切るぞ、賃金を減らすぞと脅してみたところで、意欲がさほど高まるわけではないことは人事・労務の実務担当者なら誰でも知っている。そして、現実に賃金を減らしたときのモラルダウンは、多くの場合、賃金を増やした場合のモラルアップ以上に甚大なものになるということも、多くの実務担当者が経験的に知るところだろう。意欲の向上に役立つのはもっぱらアメの方であって、ムチは主に規律の向上に資するというのが実務感覚というものではないか。 もちろん、配分の巧拙によって全体の意欲に違いが出てくることは間違いないだろうし、限られた原資のなかで最善を尽くすのが実務担当者の役割というものでもある。魅力あるポストや仕事を提供するといった、直接的にはコストのかからない動機づけの知恵もあるだろう(このポスト詰まり、仕事詰まりのご時世にそれが可能な企業は多くはないだろうが)。とはいえ、投資を抑制しながら回収を増やすことが難しいように、人件費抑制がもともと意欲を低下させる効果を持つ以上、配分の技術だけで意欲の低下を取り戻した上に、さらに大きく意欲を向上させようという考え方には無理があるだろう。ここに成果主義の理屈と実態の乖離が出てくる。 いささか余談に入るかも知れないが、このところ数年間、企業業績の悪化とデフレのために、賃上げが抑制されている。企業経営の必要性からやむを得ないことだろうが、実務的にはこれが悩みの種になる。 成果主義のもとでは、人事考課が下がれば賃金も下がることも多い。しかし、それが賃上げで相殺されてプラスが残れば、モラルダウンはかなり軽減される。あるいは、成果主義的賃金制度への移行によってで賃金が下がる人については、調整給を使って段階的に移行することが多いが、これも賃上げとの相殺で解消していくのが一般的だ。あるいは、賃金制度を変更しないまでも、昇給原資を中堅層に厚めに配分することで賃金カーブを寝かせていくといった調整は随所で行なわれている。賃上げが少なくなることは、こうした政策的なフリーハンドが縮小することを意味する。実務担当者にとっては手足をしばられたようなもので、不自由このうえない。もともと、人件費が高すぎるというのもデフレと賃金の下方硬直性の問題という部分も大きいと思われるわけで、デフレ下においては人事労務管理も正常な運営が難しくなるといえるのかもしれない。 さらに余談に入るが、本当に一律の抑制より成果主義による抑制のほうが意欲の維持をはかれるかどうかにも若干疑わしいところがないではない。現実の事例として、このところ、極度の経営不振から時限的な賃金カットなどに踏み切る企業も出てきているが、こうしたケースのなかには一律に実施するものも見られるからだ。おそらくは、業績不振が明らかなときには、差をつけるより一律にカットした方が公平感があるし、むしろ連帯感が高まる可能性もあって、意欲の低下が小さくてすむという考え方なのだろう。企業によって違いは大きいだろうが、団塊の世代が定年を迎えて退職していけば(再雇用するにしても賃金は下がるだろう)、組織はむしろ若返って人件費負担も軽くなることもありうるだろう。少数かもしれないが、そういうケースであれば、しばらくの間は一律カットで耐え忍ぶという選択肢も十分考えられるのではなかろうか。 意欲を高めるのは成果主義賃金ではなく環境整備 本筋に戻って、すべての成果主義賃金制度が人件費抑制最優先だというわけではもちろんない。たとえば、キヤノンはこの4月から成果主義を大幅に取り入れた新賃金制度に移行したが、新聞報道などによれば、これによって人件費はむしろ増えているそうだ。同じように、人件費の抑制を直接の目標とせずに成果主義賃金を導入している企業はほかにもあるだろう。本来、動機づけにはそれなりにコストがかかるのであって、それ以上の効果があればそれでいいわけだ。 それでは、人件費の抑制という条件をはずして成果主義賃金を導入すれば、意欲が高まると言っていいのだろうか。
筆者が作図。 意欲向上度は、「意欲が低下した」を1点、「どちらかといえば意欲が低下した」を2点、 「どちらともいえない」を3点、「どちらかといえば意欲が向上した」を4点、 「意欲が向上した」を5点として、年収水準・賃金制度改定の有無別に平均値を計算した。 [図1]は、中部産業・労働政策研究会が2000年に実施した「職場の活性化に向けた第一線管理・監督者の役割」という調査研究から筆者が作成したものだが、相対的な年収水準が高い人ほど意欲の向上度が大きいことが明らかに認められるのに対し、業績・成果を重視した賃金制度への変更が行われた人と行われなかった人とでは、どの年収レべルでも意欲の向上度に大きな違いは認められない。[図2]は同じアンケートから、自分の年収水準について判断するための情報源を示したものである。労働組合はまんべんなく情報を提供しているのに対し、年収水準の高い人は、それを会社(人事担当部門)や上司から聞かされていることがわかるが、実はこのアンケートの計量分析によって、上位グループの情報源が直属の上司であることが意欲の向上に有意に影響していることが示されている。これらから示唆されるのは、「年収(≒評価)が高く、それを上司から聞かされている人が意欲を向上させており、成果主義賃金の導入は意欲には無関係」ということになる。
実は、この調査や、あるいは社会経済生産性本部が1998年に実施した「職場生活と仕事に関するアンケート調査」の分析結果では、単に成果主義賃金を導入しただけでは意欲の向上に対する効果は限られたものにとどまること、本当に意欲の向上に効果があるのは、成果主義賃金の導入と同時に実施されたさまざまな環境整備であることが示されているようだ。具体的には、目標管理制度、評価基準の明確化と公開、評価の本人へのフィードバック、上司との面談、権限委譲、役割の明確化、能力開発の支援などの施策が考えられるということになろう。 つまり、成果主義賃金が意欲を向上させるとすれば、その多くはそれを導入するために並行して行われる環境整備を通じての間接的な効果であるということになる。万一、賃金制度のみ変更して環境整備が行われていないケースがあるとしたら、それは人事部門の怠慢であって、従業員の不満ももっともだということになるだろう。 公正な評価のための3つの課題 さて、ここであげた「環境整備」の多くは、多かれ少なかれ「評価」に関連するものになっている。成果主義賃金の成否はいかに「成果を公正に評価するか」にかかっていると言われるくらいで、評価に対する納得を高めるための施策が意欲の向上につながるものと考えられるからだろう。最初に書いたとおり、「貢献に応じた公正な処遇」を行なうことは成果主義賃金の目的のひとつでもある。ところが、よく知られているとおり、これはたいへんに難しい。 その点、業績が定量的に把握しやすく、かなりの程度客観的で公正な評価が可能な仕事では、古くから歩合給などの成果主義賃金が採用されてきた。たとえば、保険や自動車などの外交営業員のような仕事がそれにあたるわけだが、評価の問題以外にも、これらの仕事には成果主義賃金の導入が容易となる要件が整っている。逆にいえば、ほかの仕事では、これらが整わないから今まで成果主義賃金を取り入れることができなかったのではないだろうか。「公正な評価制度」を第一の課題とするなら、第二の課題は「労働時間管理の問題」であり、第三の課題は「能力と仕事のミスマッチ」の問題と呼べるだろう。 〜労働時間管理の問題〜 実は、第二、第三の課題は、実務的には評価制度以前の問題であるといえるので、こちらを先に述べていきたい。 労働時間管理に関しては、労働白書も成果主義賃金導入の背景として「裁量性が高いため労働時間管理の難しいホワイトカラーの勤労者に占める割合が上昇したこと」と書いているにもかかわらず、現実の労働法制は依然として大多数のホワイトカラーに裁量労働の適用を認めていない。非効率に長時間働いた方が賃金が多くなるという矛盾もさることながら、成果とは無関係な部分で賃金が大きく変化するということでは、成果主義賃金の効果も限られざるを得ない。その点、保険や自動車などの外交営業員は、みなし労働時間制などによって、労働時間の多寡が賃金に影響しないしくみになっていることはわかりやすい。 〜能力と仕事のミスマッチ〜 いうまでもなく、成果というものは「成果をあげる能力」と「成果のあがる仕事」がともに揃わなければあがってこない。「能力と仕事のミスマッチ」とは、能力にみあった仕事が与えられないために成果も上がらない人が出てくることを指している。高齢化が進展して高コストになるということは、それだけ能力の高い人が増えているということでもあるだろう。能力のある人に、その能力を大きく下回るような仕事を与えておいて、成果が上がっていないから賃金を下げますというのでは、評価以前の問題としておよそ納得は得られないであろう。 前出の中部産業・労働政策研究会の調査結果でも、年収(≒評価)の高い人ほど評価への納得度が高いという傾向は一目瞭然に見られるが、ポスト詰まり・仕事詰まりの進む中で、低い評価を受けた人の中には「自分だって機会を与えられれば活躍できる」と考えている人も多いのではないだろうか。ここにも成果主義賃金の理屈と実態の乖離がありそうだ。 この点についても、保険や自動車などの外交営業員は、基本的には誰でも開かれたマーケットに対して能力を十分に発揮できることに留意してほしい(現実にはテリトリー制などの制約があるだろうが)。 格差の程度にもよろうが、賃金というもっとも基本的な労働条件を仕事の成果で決定する以上は、ある程度能力に見合った仕事を与えられなければならないという主張には説得力がないだろうか。 〜評価制度より環境整備〜 そして、第一にあげた、評価要素や評価基準をはじめ、評価制度そのものやその運用をいかに客観的で公正なものにしていくのか、という課題がある。成果主義賃金を導入した企業の多くは、ここに大きな労力を費やしているようであり、外部のコンサルタントを利用することも多いらしい。 しかし、本当にここに多くの労力をさくことが合理的かどうかは、すこし疑わしくも思われる。 その理由はふたつあり、ひとつは、いま述べてきた第二、第三の課題が残っているのであれば、多大なコストをかけて精密な評価制度(それは運用コストも高いことが予想される)を作っても、それに見合う効果が得られるかどうかは疑問が残るからだ。 もうひとつの理由は、結局のところ、多くの企業、仕事では、本当に「概ねすべての人が概ねすべての評価に納得できる」ような制度を構築することは、現実には不可能だろうという点にある。だからこそ、目標管理やフィードバック面接のような施策によって納得を高めようとしているのだろうし、コンサルタントを利用するのも、そのノウハウの活用もさることながら、「専門家であり、外部の公正な第三者であるコンサルタントの設計した制度」であることが、納得を得るための説得力となるという一面もあるのではないかといったら考えすぎだろうか。加えて、制度の運用という面でも、現状は必ずしも適正であるとはいえない実態が見られるし、その改善のためには繰り返しての考課者訓練が必要であるという。これもコストのかかる話である。したがって、しょせん完璧にはならない評価制度にコストをかけるよりは、むしろ環境整備の方に力点をおいた方が賢明ではないか。 謙虚な気持ちで 独断と偏見に満ちたこの拙文の最後に、もうひとつ筆者の個人的な見解を述べさせていただく。成果主義賃金においていちばん大切なことは、人間が人間を評価することの限界を謙虚に受け止めることではないかと思う。具体的にいえば、評価によってつく格差を適正な水準に抑えることである。これは必ずしも筆者の独断というわけでもない。ミルグロム、ロバーツ「組織の経済学」は労働経済の代表的な教科書のひとつだが、そこでも、成果の評価基準が不確実な場合は、賃金との関連を低くする方が意欲を向上させる上で好ましいことが述べられている。 最初に紹介した成果主義賃金の3つの目的は、実は同時に達成することはたいへん難しいことを見てきた。さらには、3つのうちのひとつである「貢献に応じた公正な処遇」ひとつとっても難しいことを見てきた。それ以外にも、文中では触れられなかったが、短期的な成果主義が人的資源開発機能を低下させているなどの問題点も指摘されている。実務担当者が、経営の要請と従業員の不満との板ばさみになるのも致し方ないところであるといえるだろう。難しいことに挑むことも大切な仕事だが、そればかりではなく、難しいことは難しいと謙虚に認めて、従業員が気持ちよく仕事ができる働きやすい環境づくりを地道に進めることも、同じくらい大切な仕事なのではないだろうか。 (参考文献)佐藤博樹(1999)「成果主義と評価制度そして人的資源開発」『社会科学研究』50巻3号 社会経済生産性本部労使関係常任委員会編(1998)『職場と企業の労使関係の再構築』 中部産業・労働政策研究会(2001)『職場の活性化に向けた第一線管理・監督者の役割』 ミルグロム、ロバーツ『組織の経済学』奥野正寛ほか訳、NHK出版、1997年 労働省編『平成12年版労働白書』 |