浜村彰・唐津博・青野覚・奥田香子著

「ベーシック労働法」

有斐閣



 人事・労務に限らず、いわゆるホワイトカラーの実務家にとって、法律は切っても切れない存在である。経理・財務や調達、販売、総務、いずれも法律と深く関わる仕事ばかりだ。法学部卒業生が重用されるゆえんであろう。
 逆に言えば、私のような経済学部出身者が実務にたずさわるにあたっては、それなりに法律の体系的な知識の修得が必要になる。人事屋、労務屋であればそれはおもに労働法であり、社会保障法であり、さらにそのバックグラウンドとしての民法、商法などであろう。
 とはいえ、このご時世、新任だからといってゆっくりと基礎知識を勉強させてもらえるなどということは望むべくもない。身に降りかかる火の粉を払いのけながら、OJTプラス独習で知識を身に付けていくことが求められる。そうなると、効率的な学習に役立つ教科書がぜひともほしくなる。
 それに加えて、サラリーマンの中で人事屋・労務屋だけが労働法を知っていればそれでいいという時代でもなくなってきている。働き方の多様化や、キャリアの自己選択が広がる中では、働く人一人ひとりが労働法についての知識を持っておくことは決してムダではあるまい。
 ところが、周知のとおり法律の教科書というのはなかなかどうして難しい。とりわけ労働法に関しては近年さまざまな立法、法改正が行われている。新しい判例傾向も見られ、法の思想、理念も変容しつつあるかも知れない状況であり、ますます複雑化の様相を呈している。こうした中にあって、著者らは「内容的にはオーソドックスでそれなりの理論水準を保ちながら、『これはわかりやすい!』と思わせてくれるテキストがなかなか見つからない」としたうえで、「それならばいっそのこと自分たちで作ってみよう」と考えて、この本を執筆したということらしい。時宜にかなった問題意識であろう。
 結果的に、著者らの目論見は十分に成功を収めたといえるだろう。この本の特徴は、なにより終始一貫して「わかりやすさ」を追求した点にある。図表が多用され、言葉遣いも平易で、理論的に重要な部分はある程度の分量をとって説明される一方、実務的な細部に関しては思い切って簡略にするなどのメリハリがきいている。初学者は往々にして細部に拘泥して全体を見失いがちであるだけに、適切な配慮といえるだろう。さらに、コンパクトな本であるにもかかわらず、変更解約告知と留保付承諾、従業員代表制、派遣期間の上限、機密保持特約や競業避止義務などの新しい動向にも幅広く目が行き届いている。さらに高度な実務にたずさわる人のためのブックガイドもある。4人の共著であるが、各著者の統一された強い意志とともに、全体をコーディネートした編集者の熱意と勤勉さに敬意を表したい。実務家や自分のキャリアを考えるサラリーマンだけではなく、初学の学部生などにも好適な入門書であろう。
 最後に、この本の大きなメリットと比較すれば大きな問題ではないが、若干の注文を述べさせていただきたい。
 第一に、紙幅の制約から致し方なかったのかも知れないが、同じ労働保険である労災保険に較べても、雇用保険に関する記述がごくごく簡単なものにとどまっているのは大いに不満が残る。現状、そして今後も重要な政策マターであり、企業実務にも大きな影響があるだけに、もう少し充実した記載を期待したかった。
 第二に、同じく、ILOの役割や、労働法(労働政策)の決まり方、公労使三者構成などについても記述がほしかった。この分野は一種のエアポケット状態になっているようで、人事管理の優れた入門書でも記載されていないことがあるが、非常に重要なポイントでもある。版元の有斐閣には安枝英※(言へんに申)「労働の法と政策」という立法過程に関する優れた参考書もあるだけになおさら惜しい。
 第三に、実務家の目から見ると、いくらか労働者保護の観点に記述が偏っており、均衡を欠く感があることが大変残念である。もちろん、労働法は基本的に労働者保護法という意味合いが強いことや、実務家にこそ労働者保護の観点が重要であることを考えれば、相当程度労働者保護が強調されることはむしろ必要であるとは思う。それにしてもこの本は、やはり紙幅の制約もあるのだろうか、企業の人事管理の視点に較べて労働者保護への傾斜が強すぎるように感じる。
 もう一つ、これはこの本の範囲を超えるのかも知れないが、初任の実務家を念頭においたとき、人事管理の優れたテキストとの併読が望ましく、巻末のブックガイドには、労働法だけでなくその周囲の労働分野の入門書も紹介していただければなお良かったと思う。この本と同じ有斐閣アルマのシリーズには、佐藤・藤村・八代「新しい人事労務管理」という優れた本があるだけに、やはり惜しかったように思う。

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