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一昨年(2002年)9月に発表された「少子化対策プラスワン」は、男性の育児休業取得の目標として「配偶者が出産した男性の10%」を掲げて世間を驚かせた。実際には、「プラスワン」が主張するのは「男性もふくめた働き方の見直し」であり、育児休業取得率はその象徴的な指標として取り上げられたのだが、「10%」という数字の高さのせいか、これが突出して注目されてしまった感がある。 この本は、書名のとおり、「男性の育児休業」が働く人と企業にとってどのような意味をもつのかを、アンケートや聞き取りなどの結果をもとに解き明かしている。第1章では、男性の育児休業の現状を確認し、それをもたらす個人の意識、企業の風土などが概観される。第2章では、働く人の意識が変わるなかで、企業が育児支援をふくむファミリー・フレンドリー施策を実施することの必要性と、その望ましいあり方が述べられる。第3章は、男性による育児休業取得の個別事例をもとに、その実態と効果が紹介される。第4章は諸外国における男性の子育て支援策が紹介された後、今後の方向性としてワーク・ライフ・バランスの考え方を提示する。第5章では、男性の育児休業取得を促進するために、企業がとるべき具体的な方策が提案される。「男性の育児休業」について、現状分析から具体的な施策の提案までをカバーしたまとまった文献はおそらく本書が初めてと思われ、今後の検討や議論のプラットフォームとなる貴重なものであろう。多くの人事労務担当者や管理職に読まれてほしい本だと思う。 本書の数多い特長のうち、ここでは3点とりあげたい。 その第一は、企業経営者や人事労務担当者にとって現実的な観点から書かれていることだ。世間では、「育児休業を所得できないのは企業が悪い」とか、さらには「企業は当然の権利である育児休業を取得させないことで不当に利益を得ている」といったような、「企業は育児休業をコストとして当然に負担すべき」といった論調が、行政(厚生労働省)をふくめて支配的であるように思われる。それに対してこの本は、いくつかのデータや調査結果をひきながら、男性の育児休業取得の企業にとってのメリットの可能性を指摘するとともに、休業中の職場の現実的な対応方法を提示することで、男性の育児休業が企業にとって単なるコストではなく、活性化や動機づけ、ひいては風土改革にもつながるということを主張している。育児支援策などのファミリー・フレンドリー施策が企業業績の改善につながるということは、まだ事例やデータの蓄積が十分でないこともあり、現時点では必ずしも明らかに実証されているとまではいえないものと思われるが、この本はその可能性についてかなり説得的に論じているといえよう。 第二は、多様なあり方と自由な選択を尊重する立場から冷静に書かれていることだ。世間の一部には、「家事も育児も男女が平等に負担すべき」といった教条的な男女平等論が依然として根強くみられ、育児休業の議論でもともすればこうした画一的な価値観を押し付けるような感情論がみられがちだ(「女性の負担が過重」との思いによるものと推察され、情において無理からぬものがあるとは思うが)。しかし、大切なのは従来の画一的な価値観を脱して自由な選択を可能とすることであり、新たな画一的な価値観で縛りあげてはならないことはいうまでもなかろう。残念ながら、この本でも一部に(とくに第3章)やや情緒的な議論や表現もみられるが、これは男性の育児休業の事例があまりに少ないことなどから致し方のないところであろう。 第三は、少子化対策としての育児休業の限界を認識したうえで書かれていることだ。この本は男性の育児休業の本なので、当然それ以外の少子化対策についてはほとんど言及されていないが、しかしこの本を読むと、育児休業が多様な少子化対策のなかのひとつ、それもあまり有力でないひとつに過ぎないことが感じられるのではあるまいか。普通、本のテーマについてはそれがいかに重要かを訴えるものであり、あえてそこを抑制したバランス感覚はみごとだと思う。もちろん、それは男性の育児休業が持つ象徴的な意味合いの価値を減じるものではないだろう。 長期間仕事を休むことによって、キャリアや出世、報酬といったものの一部を失うことを承知のうえで、育児に参加することでそれ以上の幸福感を得たいと考える人は、おそらくこれから増えていくだろう。現時点では、雇用失業情勢が悪いゆえに、個人のこうした変化は目立ちにくい。しかし、潜在的にはすでにかなりのニーズがある可能性もある。 であれば、男性の育児休業取得率10%という社会の到来は、思ったより遠い将来ではないのかもしれない。それがどのようなものになるのかは、まだわからない。しかし、少なくとも生き方の選択肢が増えるという点においては、より豊かな社会になるといえるはずだ。そう思わせる本である。 |