R.ドーア著

「働くということ−グローバル化と労働の新しい意味」

中公新書



 サラリーマンから作家に転じた黒井千次氏に、「働くということ」という本書と同じ書名の著書がある。15年間の企業勤務経験をもとに、企業での思うにまかせぬ仕事の中にも自己実現につながる「職業」の可能性を見出し、「働くことは生きること」と結論づけたこの本は、多くの働く人たちに読み継がれ、1982年の初版以来、2004年12月までに35版を重ねている。
 その2004年には、日本経済新聞社から「働くということ」という本が出た。新聞の連載をまとめたこの本は、起業、独立、転職こそすばらしいものと賞賛し、鮮やかな多数の事例で世間の注目を集めたが、長期勤続によって技能を向上・蓄積するという働き方には否定的だ。黒井氏が万人のものたりうると想定した自己実現は、起業、独立、転職できる人だけのものとされているようだ。
 この間二十数年。「働くということ」になにが起きたのか、とりまく環境は一変したと言って過言ではない。本書、ドーア氏の「働くということ」は、その原題や訳書の副題のとおり、この間に進展した「グローバル化」が、人々の「働くということ」にとってどのような意味があったのかを述べている。
 コンパクトな中に非常に豊かな内容を含んだ本である。あえてごく大雑把にこの本の主張の要約を試みれば、グローバル化とは「市場個人主義」が国際的に拡張する過程であるということになるだろうか。それはより具体的にはアメリカン・スタンダードのグローバル・スタンダード化であり、その理論的バックボーンは新自由主義経済学だということになる。そしてその結果、本来資本主義が有していた多様性は失われ、社会的連帯は衰退し、不平等と格差とが拡大したという。そしてわが国も「遅れてやってきた」だけでその例外ではない。
 ドーア氏はこうした傾向に批判的な姿勢をとるが、目新しい具体的施策を提示しているわけではない。各国各層での連帯とともに、国際機関の役割に期待するというオーソドックスなスタンスをとる。この本も、国際労働機関(ILO)と東京大学が共催した社会政策講演によるものであって、大筋としてILOの理念に立っている。しかし著者の見通しは悲観的であり、この本全体に得も言えぬ諦観がただよう。
 この本に対して、市場個人主義を克服する処方箋がないと批判することはたやすい。しかし私たちは、虚心にこの本を読み、労働に対する強い共感を持ち、日本への理解と愛情にあふれるこの老碩学の感慨に、深く思いを致すべきだろう。本書が指摘するように、市場個人主義の根は深く、単なる方法論で対処できるものではあるまい。問題の根はわれわれの心にあり、われわれのすべてが、たとえばILOの精神に代表されるような精神に立ち返ることに、著者はわずかな希望と可能性をつないでいるのではあるまいか。
 そして本文冒頭にもあるように、その一部には、市場個人主義を主導し拡散させる「コスモクラット」をも説得する可能性もあるのだ。1944年、ILOはその目的に関する宣言でその根本原則についてこう宣言した。「労働は、商品ではない。」「表現及び結社の自由は、不断の進歩のために欠くことができない。」そして「一部の貧困は、全体の繁栄にとって危険である。」

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