小林至 著

「僕はアメリカに幻滅した」

太陽企画出版



 この本は面白い。
 刺激的な書名だが、いきなり著書の「まえがき」で、「便宜的にこういう書 名になっていますが〜」という言い訳が入っている。まあ、売らんがためには 目をひく書名も必要ということだろう。実際、それでたくさん売れるのであれ ば、書いたことが読まれるという意味では、著者にとっていいことだというこ ともあるだろう。
 著者の小林至氏は、ご記憶の向きもあろうが、非常に珍しい東大卒のプロ野 球選手として、ロッテ球団に入団し、2年のプロ野球生活の後渡米し、ビジネ ス・スクールを卒業して、アメリカのスポーツ・ジャーナリズムの世界に入っ たという経歴の持ち主である。私はゴルフをやらないので知らなかったが、日 本のゴルフ雑誌に連載もあるということだから、ご覧になった方もあるかも知 れない。氏のアメリカ生活は7年にも及んだということで、一般庶民としての 生活実感があますところなく伝えられている。
 書名でもわかるとおり、この本では、ふつう滅多に紹介されないアメリカの あまりよろしくない日常の実態が紹介されている。アメリカの治安の悪さ、人 種差別、貧富の格差の拡大・・・と云ったことは、それなりに知られてはいる のだが、こうして現実感あふれる文章で突きつけられると、今更ながら思いを 新たにするところも多い。氏自身がアパートで拳銃の流れ弾に遭遇した話、人 種差別発言を繰り返して処分されたにもかかわらず、まさにそれゆえにスタン ディング・オベーションで迎えられるプロ野球選手、たぐいまれなゴルフの天 賦の才を持ちながら、「身障者ごときに健常者と同様にプレーされたくない」 という差別にあってプロライセンスを拒まれ、いじめに遭う身障者ゴルファー の話など、さすがにスポーツ・ジャーナリストだけあって、現実の取材に基づ く重い話もたくさん出てきて考えさせられる。私はこれらの話のほとんどを知 らなかった。
 さらに、もっとわが国では知られていないアメリカの現実、たとえば行き着 くところまで行った感のある乱訴社会、権利と義務にがんじがらめになって互 いに不信感のかたまりになっているコミュニティ、そしてあまりにも高額な医 療費と手薄な社会保障のために、満足な医療や健康診断を受けられないという 実態が次々と語られていく。アメリカはもともと貧富の格差が日本などに比べ て大きく、さらにそれが二極分化しつつあることは知られているが、ここで語 られている話は、貧困層(それでも日本よりはるかに多い)だけの話ではなく、 いわゆる中流層の日常でもあるというのだから驚かされる。
 政治についての一章などは、今現在繰り広げられている大統領選挙のドタバ タ(まあ、政治のドタバタぶりは日本もひどいもんだが)ぶりを思うと、まさ に深くうなづかされてしまうものを持っている。
 なぜ「労務屋」でこの本?と思われるかも知れないが、アメリカの企業組織 の実態もしっかり記述されているし、最後の章は著者自身がアメリカ企業でリ ストラにあった経験を書いている。その後の失業給付の支給をめぐる経緯など も非常に興味深い。
 日本人(に限らず、世界中のほとんどの国の人)は、アメリカに対する大き な憧憬を持っている。著者自身もそのひとりであったと告白している。むしろ、 その憧憬が大きかっただけに、現実を見たときの落胆が大きかったのだろう。 それは、転じて「日本人に生まれて本当に良かった」という著者のことばに現 れた気持ちにつながっている。アメリカはおそらく世界で唯一のフロンティア を持つ国であり、成功のチャンスの最も多く大きな国である。成功を求めて世 界中の人を引き付ける国である。世界最先端の先進国であり、その中に大きな 発展途上国を内抱している、それだけの包容力のある国である。しかし、それ はすなわち、決してすべての人の暮らしがバラ色というわけでもなく、むしろ 格別幸福というわけでもない人の方が多数派であるということでもある。つい つい忘れてしまうそういうことを思い出させられる本である。
 残念ながら、政治が悪いとか、金持ちが悪いとかいう論調には少々短絡的な ものを感じるし、こうした実態がどのような政策インプリケーションを提示す るかについての記述もいささか貧弱な感はあるものの、これは研究者でもなけ れば評論家でもない著者に求めるべきことではないだろう。著者の書きたかっ たことは、「日本人に生まれて本当に良かった、日本はそういう国」という率 直な気持ちなのだろうから。
 とにかく、事実を知る本として読んでも非常に面白い本である。ぜひともご 一読をおすすめしたい。

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