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大部の本であるが、内容もまた充実している。著者自身の研究成果に加えて、公開されている統計も援用して、わが国における労働市場の実情とその変化が、豊富な国際比較とともに、克明に明らかにされている。学部生や学部卒の実務担当者にもひととおり読みこなせるように配慮されているし、門外漢の目で見るかぎりの印象ではあるが、引用されている論文なども良質のものが選ばれているように感じる。内容的にも実務家の実感によく一致している部分が多く、ボリュームのある本ではあるが、多くの人に読まれてほしい本である。 さて、この本の最終章は、全巻の結論として、著者の労働政策への提言が述べられている。企業の役割としては、社員への情報開示、人員削減時の退職金上乗せと再就職支援、職務の明確化とキャリア権の保証が述べられる。政府の役割は多岐にわたるが、第一に雇用機会の創出(起業家支援、規制改革、直接雇用)が述べられ、次いでミスマッチの解消、セーフティ・ネットの拡充、労働市場のルールの整備と機能の強化が述べられる。 重要度や期待できる効果の大小、あるいは時間的レンジの長短がさまざまな内容が含まれており、その濃淡が今ひとつ明確でない感もあるが、全般的に見れば現状認識の適切さを反映して、妥当な内容であると思われる。特に、この本を読み進めてみて痛感させられるのは、やはり需要創出が最も重要かつ必要な施策であり、供給サイドの政策の効果は限られているということである。したがって、政府の役割の第一に雇用機会の創出が掲げられていることはまことに適切であると云えるだろう。 その上で、あえていくつかの論点を挙げるとしたら、次のようなポイントが考えられると思う。 第一に、企業に対しても、その重要な役割として、雇用の創出をぜひ指摘してほしかった。これは言わずもがなのこととしてあえて言及されなかったのかも知れないが、やはり最重要のポイントではあるまいか。同様に、雇用保障の重視をいいながら、その内容が人員削減時の退職金上乗せと再就職支援というのもまことに物足りない。過剰雇用を削減するばかりではなく、新たな事業に振り向けることは立派な雇用創出であり、雇用保障の重視という趣旨にもかなうものである。もちろん限界もあるだろうが、この部分にはぜひとも踏み込んでほしかった。 第二に、セーフティ・ネットの構築について、働く人相互の連帯、相互扶助という観点がもっとあってよいのではなかろうか。現実として、雇用維持のために全社員の賃金を一律にカットするような事例が出はじめている。こうした取り組みは、必要な人に必要なセーフティ・ネットを提供するという意味では、失業給付の延長などの社会保障による方法より効果的な場面も多いはずだ。 第三に、積極的雇用政策の重要性には同感であるが、雇用調整助成金などに代表される雇い入れ助成についても、もう少し積極的な役割を認めてもよいのではないかと感じる。雇用調整助成金が衰退産業で多く利用されているのは事実としても、これらの産業がソフトランディング、悪い言葉で言えば「安楽死」していくための支援としてはそれなりの役割を果たしているとも云える。また、新規雇用に対する助成は、新規採用者へのojtに対する教育訓練助成であるという考え方もできる。制度設計次第では十分使えるものになるはずだ。 第四に、この本でもっとも実務感覚とのずれを感じたのは、どこまでやるか、という程度問題はあるにしても、職務の明確化に関する記述である。ある程度の業務分担が決まっていれば、キャリアをふまえて仕事を選ぶことは可能だろうし、パートタイマーの均衡処遇に関しても、必ずしも職務が明確化されているとは云えないわが国の現状においても、一定の実現が可能であることは、つい先日(平成14年2月5日)発表された「パートタイム労働研究会の中間とりまとめ報告」の主張するとおりではないだろうか。 もう一点、細かいことではあるが、通勤問題について言及してほしかった。都市部、特に首都圏に限られた問題ではあるかも知れないが、自己啓発にしても家庭参加にしても時間が十分とれない要因としては、長時間労働と並んで長時間通勤も重大な問題である。短時間勤務の拡大にしても、通勤時間が往復4時間という状況では、8時間労働を6時間労働に短縮することはほとんど意味を見出しがたい。逆に言えば、長時間通勤は長時間労働を誘発すると言えるかも知れない。この本だけでなく、著者は随所で「くらしの構造改革」を提唱しているが、その上で意外に大きなポイントになってくるのではないか。 ここ数年、雇用政策に関する議論は高まっているし、昨今の「構造改革」論議の中でも雇用問題の占める位置づけは決して小さくない。こうした時期に、労働市場の問題の現実を網羅的かつ詳細に論じた本が出たことは有意義であり、大いに歓迎したい。 |