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バブル華やかなりし頃、若年労働はまさに奪いあいだった。冷暖房完備、ときにはバス・トイレ付きの立派な独身寮が次々に建った。正社員になるよりは短期契約で有利な条件の職場を渡り歩き、時には失業給付を受けながら何ヶ月かは生活費の安い海外で暮らしたりするのが賢いと考える若者も現れた。それを当時われわれは「フリーター」と呼んだ。 今となっては様変わりだ。豪華な独身寮は株主のための利益を生まない過大な固定資産として厄介もの扱いだし、「フリーター」という言葉は残ったものの、その示すものはすっかり変わり、今や政府に「対策が必要」とまで言われてしまう。そして新卒就職はもう何年も「超氷河期」だ。 こんな現在の若年労働を知り、考えるうえで、この本はまことに貴重である。それは何より、この本が若年に対する大いなるシンパシーのもとに、若年の視点に立っていることによる。こうした立場の上にこれだけの実証的な分析と主張が行われている本はこれまでなかっただろう。 この本の1章から4章までは、ごく荒っぽく言ってしまえば、現状の若年の失業や離職、あるいはフリーターの増加などは、景気の悪さと既存の雇用を維持しようとする(さらには60歳台前半の就労を進めようとする)社会構造のせいであって、若年が悪いのではない、ということを言うために費やされる。これは、人事担当の実務家としての実感にも良く一致している。実際、就職し定着している若年であっても、企業内がいわゆる「上がつかえている」状態になっているせいで、仕事がステップアップしないという問題に直面している。 そういう意味で、4章での「所得格差より仕事格差が問題」という洞察は正鵠を射ていると思う。ただし、仕事格差がもっぱら労働時間だけで論じられていることには不満もある。たしかに若年の長時間労働はそれ自体問題ではあろう。しかし、より問題なのは仕事の中身だからだ。重要性が高く、自分自身の成長にも資する仕事を与えられているのであれば、それは仮に労働時間が長くなったところでむしろ本人は好ましく思うだろう。「下が入ってこない」せいで、雑用のような仕事に忙殺されて長時間労働になるのが最悪である。一方で、中高年にしても、閑職に追いやられて労働時間が短くなっているのであれば、それは決して本人にとって喜ばしい事態ではあるまい。 4章から7章までは、必ずしも若年だけが対象となっている内容ではないが、若年が現状を打破するための方法につながる考察が行われ、8章が全体の結論になっている。一見、4章までの流れからは、最も効果的な解決策は「中高年の解雇や早期引退」ということになりそうだが、さすがにそうはならない。それでは著者の言う「漠然とした不安をどうとらえ、どう冷静にファイトするか」ということへの答にはならないからだ。そこで著者が提示した答は、これまたごく荒っぽく言ってしまえば、ひとつは「自分で自分のボスになる」という意識のもとの「新しいタイプの独立開業」であり、もうひとつはその成功の前提でもある、グラノヴェターらの言う「weak ties」の大切さである。 これはいずれも重要なポイントをついているだろう。確かに、著者が示しているように、開業を成功させるには20年以上の仕事の経験があることが望ましく、今の若年者が「新しいタイプの独立開業」に到達する道筋や、そもそも「新しいタイプの独立開業」とはなにか、ということも明らかではない。しかし、「自分で自分のボスになる」ために、自発的に能力開発に取り組むことは、フリーターであってもできる。むしろ、企業は企業の目的のためにしか従業員を育成しないのだから、フリーターの方が自分の気持ちを生かすことができるかも知れない。 こうした「自分で自分のボスになる」若年が増えてくれば、20年後にはおそらく彼ら自身が「新しいタイプの独立開業」とそこへの道筋を見せてくれるだろうという予想には、私も賛同したい。私もまた、若年の力を信じるひとりであるからだ。 著者は、「頑張れ」とか「夢を持て」ということを若年に言いたくないという。私は、頑張らなければ見えてこない夢もあると思っているが、それは時と場合によるということだろう。同様に、私は「自立」とか「自己責任」とかいうことばをあまり使いたくないと思っている。それ自身はもちろん悪いことではないが、今日的な意味合いでそれを強調することは、健全な依存関係、ひいては(伝統的な共同体意識ではない)ゆるやかに支えあう連帯関係、一種の「weak ties」をも否定してしまいかねないからだ。今の社会で必要なことはむしろ、「weak ties」が縦横に張り巡らされた、新しい「社会的連帯」を構築することではないかと思うのだが、どうだろうか。 |