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著者はこの本のまえがきで「『ワークシェアリング』ということばは市民権を得たようである。…数多くの人が論じ、提言を行なったりしている。そのなかには…やや誤解に基づく議論を展開しているものも見られる。そういったことから緊急に一冊の新書にまとめることの重要性を認識するようになった」と執筆動機を述べている。実際、ワークシェアリング論議はいまだにいささか混乱気味であり、書名にワークシェアリングを冠した本も、客観性や公平性を欠くものが多いのが実態である。こうした中で、リーズナブルな価格とボリュームでワークシェアリングの基本的な事実関係と論点が適切に整理された本が出版されたことを、まずはおおいに歓迎したい。著者は均等法以前から一貫して女性労働の研究に携わり、今般のワークシェアリング論議にも早い段階から深く関与してきた実力者であり、この本の著者として最適な人材を得たといえるだろう。 この本の第1章と第2章は、今回のワークシェアリング論議がはじまるまでの経緯とそのポイント、および今回の議論の背景となる現下の雇用失業情勢のレビューに当てられている。第3章は、欧州諸国の取り組みと実態をひきながら、ワークシェアリングの諸タイプについて要領よくまとめられている。そして第4章では、今回のわが国におけるワークシェアリングについて、政労使による論議や具体的な取り組み、労使の意識など、的確にポイントをおさえて紹介されている。ここまででおおむね全体の4分の3を占めているが、これだけ読めばワークシェアリングを論じるための基本的な前提はできるように書かれている。背後には専門家としての熱い想いがあるにもかかわらず、一貫して冷静かつ公平に記述されていることに、研究者としての良心を感じる。 最後の第5章は、これからのわが国におけるワークシェアリングのあり方について、著者の主張が述べられる。あえて端的に言えば、まずは緊急避難としての対応が重要であるにしても、長期的に働き方を変えていく多様就労型ワークシェアリングへの取り組みがさらに重要であり、それを推進する重要なエンジンのひとつが「ファミリーフレンドリー」である、ということになるだろうか。これは今般の政労使によるワークシェアリングの検討と基本的なベクトルが一致しているし、また、実務家としても共感しうるものである。いささかファミリーフレンドリーに偏っている感もあるが、多様就労型ワークシェアリングへの具体的な経路を示そうということなのだろう。 とりわけ好ましいのは、著者の企業実務に対する深い理解のもとに、わが国企業の職場や仕事の実態をふまえた議論が展開されていることである。これまでの議論には、もっぱら欧州と日本との比較をもとに、「ジョブの概念が明確でないとワークシェアリングは不可能」といった思い込みにもとづく議論や、教条主義的な同一賃金同一労働の主張などが多く、実務感覚をかけはなれている感があったが、今回著者が提示した「日本型ワークシェアリング」は、こうした袋小路を脱して、現実的で建設的な議論を進める好適な材料となりそうだと感じる。実際、たとえばこの本で提唱されている育児休業の代替策は、日本企業における職務分担の柔軟性が有利に働くものである。 それでもなお、実務家としていささか疑念を抱かざるを得ない部分もある。たとえば、著者は「非常に優秀な従業員を抱えていて、たえず二割か三割ぐらい休業している企業」をイメージしているという。しかし、非常に優秀な従業員が二割も三割も休業するのはあまりに惜しいし、現実には本人もそれを望まないことが多いだろう。フルタイムとパートタイムの処遇格差についても、かなり現実的な提案になってはいるが、「期待役割」といった実務感覚が捨象されてしまっている。また、企業の役割が強調される一方で、ともに必要不可欠な「働く人の役割=意識改革」への言及が乏しいことにも不満が残る。 とはいえ、これらはある意味企業の人事管理の多様化の中で吸収されるべきものであるかも知れないし、逆に言えば、著者の提言が具体的な議論の材料としてたいへん優れたものであることを示しているともいえるだろう。著者にはさらに提言を深化させることを期待したい。 将来に向けたワークシェアリングの議論は、実はこれからである。それはわが国における就労だけではなく、国民生活全体を変貌させるものとなるに違いない。その議論が本格化しようとしている今、格好の優れた解説書が出たことをなにより喜びたい。 |