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解雇法制をめぐる論議は、労働をめぐる個別テーマとしては近年もっとも活発に議論されたものであるといえるだろう。その論点は大別してふたつある。 第一は、すでに判例法として確立した解雇権濫用法理を成文化すべきか否かである。これについては、解雇は原則自由だが正当事由のない解雇は無効とすることの成文化をふくむ労働基準法改正法案が先日閣議決定され、今国会で成立の見込みとなっている。第二は、昨今の経済情勢・社会情勢の変化、とりわけ雇用・就労形態の多様化と企業統治の変化のもとで、現行の判例法理の見直しが必要か否かである。これについては総合規制改革会議などで規制緩和が主張される一方、労働界などには一層の規制強化を求める声がある。この二つの論点に紛争処理・救済の迅速化や、解決方法の多様化といった派生的な論点が加わり、議論は相当の混乱とともに大きな広がりを見せた。 特に注目されるのは、この問題は経済合理性と法的正義の双方に密接に関連するものであることから、法と経済学のフィールドでとりわけ豊かな議論が展開されたことだろう。この本は、「日本労働研究雑誌」4月号の特集をもとに、さらに新たな見解やその後の議論の広がりを加えて編集されたもので、この問題をめぐる学界の議論の現状の集大成的な労作である。10人の執筆者の専攻分野は必ずしも労働に限らず多様であり、それぞれに異なる観点から力のこもった論考が展開される。内容は本格的かつ充実しており、非常に読みごたえのある本であるとともに、手ごわい本であるというのが率直な印象である。 その内容に立ち入って評することは一介の実務家にすぎない評者の任のおよぶところではない。以下、内容の紹介とともに、実務的な観点からの感想を記していきたい。 本書は3部10章からなる論文集である。第1部は「総論」とされ、編者のひとりである山川隆一氏が解雇法制を国際比較や歴史的観点もふくめて概観し、議論の背景として企業統治の変化があることが紹介される。 第2部は「解雇法制の理論的分析」とされ、まず第2章で、公共経済学者の常木淳氏がこれまでの不完備契約理論や継続性原理による解雇規制の正当化を入念に批判する。編集上は続く議論の土俵づくりとしての役割が意図されているものと思われる。続く第3章は江口匡太氏によるもので、不完備契約のもとでは、条件によっては解雇規制が経済厚生を改善する可能性があることがシンプルなモデルによってわかりやすく示される。個人的にはもっとも面白く読んだ章である。第4章は土田道夫氏によるもので、労働法学における解雇法制の論点を要領よく整理したうえで、その課題と土田氏の見解が述べられる。解雇規制の厳格性を過大評価する誤解(これは世間でも往々にして見られる)を指摘するいっぽう、現行の解雇規制にも硬直的な点があるとしている。見直しの方向性も、私の実務家としての実感によく一致するものと感じる。 第3部は「解雇法制の現状分析」である。第5章は、整理解雇に関する判例を編者のひとりである大竹文雄氏が統計的に分析したもので、たいへん興味深い。裁判所の判断が時期によって柔軟に変化していることや、整理解雇をめぐる訴訟をおこしたり、復職を実現したケースの多くが労働組合のあるケースであることなどが明らかにされている。第6章は整理解雇法制にポイントをしぼって、いわゆるその「4要件」について藤原稔弘氏が詳細に検討している。これは、近年この「4要件」を従来より緩やかに考える判例が東京地裁で続出しており、解雇法制をめぐる論議の中でも最大の論点であるが、藤原氏は「4要件」が「使用者にとっての努力義務の体系」であること、予測可能性を高めるためのマニュアル化が不当に一般化されすぎないことなどに留意しつつ、現行の「4要件」を維持すべきとの見解を示している。第7章は、解雇規制の経済効果に関する多数の研究成果の黒田祥子女史による広範な紹介である。結論としては解雇法制とマクロ経済変数との関係については十分な蓄積がないというものにとどまっているが、OECDの解雇法制の評価(たびたび「日本は先進諸国でノルウェー・ポルトガルに次いで3番めに解雇が困難な国」などと紹介されるもの)の全体像や評価方法の紹介は私にとっては非常に有益なものであった。 最後の第4部は「解雇法制の今後のあり方」にあてられている。第8章は、民法学者の内田貴氏によるもので、解雇法制の法理論的な正当性が述べられる。短い論文であるが、結論もシンプルであり、もっぱら労働権のような基本権は権利者の同意なく一方的に制限することは原則として認められないという法学の原則を解雇規制の根拠としたうえで、この問題をめぐる意見の対立を、めざすべき社会のヴィジョンの違いに帰結している。そのうえで、社会に内在する規範を具体化し、調整していくうえでの裁判所の役割に一定の評価を与えている。第9章は総合規制改革会議の委員を務める八代尚宏氏によるもので、現時点における規制緩和論者の主張の要約といえるものだが、公労使三者構成の審議会による政策検討にも疑義を呈するなどかなり踏み込んだ内容となっている。最終の第10章は、解雇権濫用法理の成文化について、編者のひとりである大内伸哉氏が論じている。これについては前述のとおり今国会で一定の成文化が実現する見込みであるが、大内氏は成文化に対して批判的である。今回の労働基準法改正にあたっても、主に経営サイドから、解雇案件はケースバイケースで個別事情の相違が大きく、明確なルール設定が困難であることから、成文法として根拠を与えると行政の恣意的な介入を招くとして反対論が提出されたが、それに通じる論であると思われる。そのうえで大内氏は、解雇ルールの立法化を日本の雇用社会のグランドデザインをどう描くかの十分な議論に立って、労働契約法理全般のあり方を考える中で検討すべきと結論づけている。この本のまとめにふさわしい印象的な章である。 実務家としての感想を三点述べさせていただく。まず第一にあげたいのが、「法的保証付の長期雇用」という選択肢を消さないでほしい、という切実な要望だ。 これは要するに、法的に保証された長期雇用と、単に企業がそれをコミットしただけの長期雇用とは別物ではないか、ということだ。もちろん、第9章で八代氏が主張しているように、企業が合理的行動をとるかぎり両者に違いはないかもしれない。しかし、素朴極まりない実感であるが、雇用の現場にいる現実の人間のほとんどはそう考えない。その心理は、雇用が法的に保証された公務員が、安定的に就職先として人気を博することに通じるものがある。そうなると、長期雇用のメリットをより多く引き出すためには、やはり法的な保護があることが望ましいという主張のほうが実務実感に一致するということになるだろう。また、仮に解雇規制を緩和すれば雇用が増えることが示されたとしても(本書中にはラジアーの研究例などが示されている)、規制緩和の前後では雇用の質的な内容が変化しているわけなので、単に人数が増えたというだけでは解雇規制緩和の根拠としては説得力に欠けると思う。 これは、雇用契約の規制緩和が不要であるということではない。方法論として、実務家の選択肢を増やす方向で進めることで、法的保護付きの長期雇用という選択肢を残してほしいということだ。現状では、長期雇用でなければ、原則1年例外3年(今国会で原則3年例外5年に規制緩和される見込み)の有期雇用になってしまい、その中間的な形態(たとえば、職種や勤務地などを限定し、その職種や勤務地がなくなった場合には解雇することを予定しておく、といった雇用契約)が事実上認められていない。また、いわゆる試用期間なども、かなり限られた例外をのぞいて形骸化している。雇用契約形態の多様化、試用期間の実質化などを進め、法的保護をともなう長期雇用も多様な労働契約の中の一形態として位置づけられるような形にしていくことが望ましいと考える(もちろん、この場合も人手不足の好況期には人材確保のために長期雇用をオファーせざるを得なくなるわけで、就職の世代効果のような問題は残るが、これは実務家としては別問題と考えるしかない)。 第二に、前述したようにこの問題は当初はさまざまな誤解のうえに議論されてきた経緯がある。さすがに、この本はそうした誤解とはほとんど無縁であるが、一ヶ所だけどうしても気になる記述がある。第2章の6.に、「長期雇用…が企業内人的資本蓄積を促す経済効果をもつためには,むしろ企業側に,十分な人的資本蓄積の努力をしない労働者に対する雇用打ち切りの選択肢がなくてはならない.つまり,雇用保障は社会規範を反映するどころか,むしろこれを歪めている,という理解も十分可能である」と述べられている。若干感情的に反論すれば、これは二重に実態と異なっていると思う。 まず、十分な人的資本蓄積の努力をしない労働者に対するペナルティーは、必ずしも雇用打ち切りでなければならないとはいえない。むしろ、人事考課によって賃金の引き上げが他の労働者より低く止められるということだけでも、かなりの程度のペナルティーとなる。長期雇用は内部昇進をビルトインしていることが多いから、これは昇格の機会を失うことにもつながり、決して軽微なペナルティーではない。少なくとも、この程度のペナルティーでも相当程度人的資本蓄積を促進する効果をあげてきたことは主張できるのではないだろうか。 さらに、長期雇用について「雇用打ち切りの選択肢がない」というのも多分に誤解であるように思う。前述のようなペナルティーの効果がなく、服務態度の劣悪な労働者に対しては、まず文書で警告し、改善がみられなければさらに始末書の提出、減給、出勤停止、降格などの懲戒を行い、なおかつ改善がみられなければ解雇も十分に可能であるし、その過程で勧奨して退職させることも多い。実務家にとってもっとも苦心を要する仕事のひとつであるが、長期雇用のメリットを享受するために営々として行なわれてきた仕事でもある。 さいごに、長期雇用については長期契約という観点から借地借家契約と同種のものとして論じられることが多々あり、この本のなかにもそうした記述が複数箇所にみられる。しかし、私はこの論法には強い違和感を感じる。 その理由はいたって実務的なものである。ある企業において、労働者を十分に正当な事由によって、予告手当を支払って即時解雇したとしよう。そうすれば、その瞬間からこの労働者には職がなく、収入も失われることになる。 これに対し、借家の場合、仮に家主が十分に正当な理由と適切な補償をもって退去を求めたとしても、居住人は居座ることが可能であり、住居は確保される。これを退去させるためには、家主は裁判所の決定を待って、公権力による強制代執行によらなければならない。 逆に、解雇や退去要求が正当でないとしたらどうか。解雇の場合は、労働者はみずから提訴して救済を求めなければならない。そのいっぽう、借家の場合は、家主が提訴することになる。その間、解雇の場合は無収入だが、借家の場合は住居が確保されていることはいうまでもない。 収入と住居のどちらがより生存に深刻な影響をおよぼすかは一概にはいえないが、いずれも生存に重大な関係を持つことには違いない。議論の本筋とはあまり関係がないのかもしれないが、アカデミックな議論の場面ではともかく、実務家としては長期雇用と借地借家のこうした相違を無視してこれらを同一視した議論を行なうことには強い抵抗を覚える。 もちろん、こうした実務家の素朴な感想は、この本のアカデミックな価値をいささかたりとも損ねるものではないだろう。しかし、こうした議論が具体的な政策論として展開されるにあたっては、実務の観点はそれなりに重要なものであるはずだ。学界でここまで充実した議論が重ねられているのだから、現場を担う労使はその成果を十分に咀嚼したうえで、具体的な議論に生かして行かなければならないだろうと思う。今回の労働基準法改正については一応の結論が得られたわけではあるが、おそらくはこの問題は今後も継続して政策課題として検討のテーブルに乗るだろう。この本はそのうえで貴重な材料となることは間違いないと思う。 |