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この本は研究書である。自動車工場のさまざまな職務について、その技能の 内容と形成を詳細に分析し、わが国製造業の優れた国際競争力の源泉である生 産現場の生産性の高さが、絶えざる技術革新の進む中で、いかにして維持され てきたか、その謎に迫っている。そこからもたらされる含意はまことに示唆に 富んでいる。 著者が指摘するように、技能を計量的に分析する方法はまだ開発されていな い。調査の中心は、職場観察をともなう聞き取りである。ひとつの職場につい て、監督者と熟練工の2人に対し、1回3時間の聞き取りを2回実施するとい う綿密な調査である。これを28の職場について行っている。 自動車工場の最終組立職場は、コンベヤに載って次々に流れてくる作りかけ の自動車に、60秒から120秒くらいを1サイクルとして、15〜30くら いの部品を組み付ける、反復繰り返し作業である。サイクルが60秒であれば 8時間の仕事での繰り返し回数は単純計算で500回近い。そこには仕事に対 する「慣れ」はあっても、「熟練」などは皆無に見える。世間では自動車組立 は単に体を酷使すれば足り、いかに酷使するかが生産性を決定すると考えられ ている。しかし、これは実際には熟練の入口(レベル1)に過ぎない。 現実に効率に貢献するのは、品質不良や設備故障、あるいは生産量の変動に よる作業内容や手順の変更、さらには、新商品への生産の切り替えといったも のに、いかに効率的に対処できるかであるという。実際、品質不良が見出され ずに完成品となり、最終検査で不具合が見つかった場合、その修理のためには、 かなりの程度まで分解し、多くの時間をかけなければならないだろう。もし、 これを生産の途中で発見できる程度の技能(レベル2)の持ち主がいれば、発 見した時点で修理することで、その手間ははるかに少なくてすむ。さらにすす んだ技能としては、設備トラブルの復旧がある。もちろん、組立工にすべての 故障を直すことを求めることはむずかしい。しかし、いくつかのトラブルを復 旧できるだけでも、効率への貢献は大きい(レベル3)。組立ラインではひと つのコンベヤ上で100人近い作業者が働いていることもまれではない。設備 故障で作業ができず、コンベヤが止まれば、その全員がアイドル状態になる。 このロスは確かに大きいだろう。さらに高度な技能になると、トラブルの原因 を推理し、解決することができるという。このレベル(レベル4)になると、 新しい生産設備の設計を見て、現場における問題点を予想できるという。まさ にブルーカラーのホワイトカラー化である。もちろん、レベルが上がるにした がって、できる作業もふえていくから、作業内容や手順の変更に対する柔軟性 も向上していくことになる。 このような、高度な技能の形成(あるいは伝承)がいかにして行われるかが、 さまざまな職務について、詳細な聞き取りによって明らかにしている。さらに、 聞き取り結果をふまえたアンケート調査にもとづく計量分析による検証も行わ れている。聞き取りはどうしてもサンプルが少なくなるから、これは重要な手 続きである。聞き取りと観察の綿密さを反映して、それぞれの事例には非常に ヴィヴィッドな現実感があり、説得力がある。アンケート調査の有効回答数は 1634で、回収率は実に92%である。しかもその3分の2には自由記入欄 に記入があるという(その分析も掲載されている)。いかに多大な熱意と勤勉 をもって調査が行われたかが伺われる。 そこから見出されたこととして、まず、レベル3以上の高度な技能を持つ作 業者は、全体の6割は必要であるとされる。これを下回ると効率は大幅に落ち る。次に、レベル3に達するには10年程度以上の経験を要する。技能はすぐ れて企業特殊的であり、その修得のほとんどはojtに頼らざるを得ない。そ して、高度技術が導入されるほど、知的推理を要求する技能が必要となり、技 能の高度化が要請される。すなわち、その育成にはさらに長期が必要となり、 off-jtの適切な組み合わせが求められる。 その含意として、まず、育成途上の人まで考慮すると、全体の4分の3は長 期雇用であることが重要である。ベテランから仕事を習う機会をなるべく多く 確保することが必要である。さらに、職場における一人ひとりのくふうを促す しくみが必要であり、何より向上した技能を正しく評価し、それに応じて報酬 を支払うことが肝要である。したがって仕事給、職務給はまったくふさわしく ない。同じ仕事をしていても、その仕事しかできない人と、前後の多くの仕事 ができる人とでは、効率への貢献に大差がある。仕事給ではこれに適当に支払 うことはできない。レベル1からレベル4までを職能資格とした、幅広な職能 給制度が推奨される。資格の中にレンジを持たせ、上限と下限を決めて、資格 が上がらなければ上限を超えないが、しかし上位資格の下限と下位資格の上限 は大いに重なりあうのがよいとされる。資格が上がらないまでも、経験は拡大 するからである。評価は数量によることはできず、仕事を良く知っている熟練 工、すなわち上司の評価によるしかない。そして、作業者にとって最大の財産 は技能であり、労働組合も技能形成や人材開発に積極的に発言、参与すること が望ましいという。 結局のところ、これはブルーカラーの雇用管理をホワイトカラーのそれにか なり近づけることを意味するように思われる。ブルーカラーのホワイトカラー 化が進み、それが競争力を左右するというのであれば、けだし当然のことと言 えるのだろう。 こうして、わが国の賃金、人件費が世界でも最高水準にあるにもかかわらず、 依然としてわが国製造業が優れた競争力を維持している理由も、非常に説得的 に説明される。これは聞き取り以外の方法では不可能なわざであろう。この本 は技能の本なので、技能に関心のない向きには興味を引かないであろう。決し て安い本ではないので、誰にでもおすすめできる本というわけではない。しか し、これからの雇用管理、人事施策の方向性について、かなりの確信を与えて くれる本でもある。わが国技能研究の金字塔が築かれたのではないかと思う。 |