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大阪大学の70周年記念事業として、大阪大学の研究者たちがそれぞれの専 門分野について、最先端の内容をわかりやすく著述するという「大阪大学新世 紀セミナー」の一冊である。「中流層崩壊論」「日本的雇用システム」「雇用 不安」というテーマの設定は時宜を得てまことに適切であり、記述も平易で読 みやすい内容となっている。シリーズの趣旨は十分に達成していると言えるだ ろう。人事、労務、労働に関わる人にはぜひとも一読を勧めたい好著である。 第一章で取り上げられた「中流層崩壊論」や「格差拡大論」は、一種のブー ムのような状況にあり、議論はいささか混乱している感もある。一応、格差が 拡大しているかのような実感を多くの人々が感じていることは確からしい。そ の上で、本当に格差は拡大しているのか、という議論と、格差拡大の是非、あ るいはどの程度の格差が好ましいのか、という議論とが錯綜していることが混 乱を招いている。さらに、格差があると感じられることそのものがよろしくな い、という意見まで出てきているのでなおさらである。 この本では、基本的に「格差拡大の善し悪し」という主観的な論点について は言及を避け、「格差は拡大しているのか」と「なぜ格差が拡大しているのか」 について、ていねいに検証・考察している。この議論の火付け役になった橘木 俊詔著「日本の経済格差」について、データの不備を指摘した上で、所得不平 等度の拡大は高齢化の進展と女性の社会進出によっておおむね説明できること が示され、格差拡大を感じる理由として、大学進学率の高まりによる、大卒カ テゴリの中の人材のバラツキの拡大や、経済低迷下で平均賃上げ率が非常に低 くなっていることなどが指摘されている。所論は非常に整理されていて説得的 であり、実務家の実感とも整合的である。私の個人的な感覚では、マスコミな どが例外的な所得の大きな変動、それも制度導入だけでまだ実現していない極 端なケースを報道することのアナウンス効果も大きいのではないかと思う。ど うしても、格差は「ない」というより「ある」と言った方が世間の耳目を集め やすいし、本も売れるだろう。そういう風潮の中で、事実関係を冷静に分析し ていることの値打ちは高いと思う。 第二章では、日本的雇用システムが論じられる。主に長期雇用とセットにな った年功賃金について、さまざまな考え方が紹介され、検討が加えられている。 国際会計基準など最近の動向もふまえた検討は興味深く、日本的雇用システム について基本的な理解が進むように書かれている。「日本型雇用システムの崩壊ではなく、雇用システムの多様化である」という結論も納得のいくものであ る。このところ、産業競争力や不良債権処理などが議論されるたびに、労働力 の量的な調整の一面のみを取り上げた労働力流動化論が主張されるが、そのよ うな浅薄な理解にとどまっている諸氏にはぜひ一読してほしいと思う。 第三章は、雇用不安の検討にあてられている。雇用不安を拡大しているのは、 わが国ではひとたび失業すると長期化することが多く、賃金も多くの場合相当 程度減少するなど、転職コストが高いことが原因であり、転職コストを引き下 げることが雇用不安解消に効果的であると主張する。そのためには雇用、特に 解雇に関する規制を緩和し、雇用慣行をより柔軟なものとするとともに、税制 や年金・退職金制度などを転職が不利に働かないものに変更することで、転職 を容易かつ低コストなものとするべきとされる。単純な量的調整のみの流動化 論とは一線を画した、積極的な労働力流動化論と呼ぶべきものであろう。 転職コストを引き下げるべきとの所論は、十分に肯首しうるものである。事 実、特に大企業を中心に、ポスト詰まりの進行は著しく、多くの従業員が、能 力を十分に発揮し、成長させることができるようなポスト、あるいは仕事を得 ることができず、能力をはるかに下回るような仕事に甘んじている。こうした 人が広く社外にも活躍の場を求めていくことは、本人だけではなく社会全体と しての資源配分の観点からも好ましい。そのためには、転職コストの低下は重 要な要件となってくるからである。 しかし、そのために解雇規制を緩和すべきとの所論には異論がある。著者に よれば、厳しすぎる解雇規制のゆえに企業は新規採用に慎重になり、失業期間 の長期化を招くという。解雇規制を緩和すれば、失業者は増加するものの、企 業の採用も積極化し、雇用の総量は増えないまでも、失業にともなうダメージ は多数の失業者でシェアされて、一人当たりは軽減されるという。これは特定 の失業者に過大な負担を強いないということで、公平な考え方である。 しかし、雇用不安の解消という意味では、現状におけるわが国の労働市場の 需給の悪さを考慮する必要がある。市場というものは一般に十分多数の需要と 供給がなければ機能を発揮しないが、現在のわが国労働市場は圧倒的な供給過 剰であり、解雇規制の緩和は、むしろこれに拍車をかける方向に働く可能性が 高い。むしろ、ワークシェアリングなどの発想も含めて、社内労働市場におい て賃金調整の柔軟性を高めた方が、はるかに雇用不安への影響は軽微だろう。 確かに、現行の解雇に関する法制を成文化し、明確化することは必要であろ う。金銭的な解決の道も準備されなければなるまい。しかし、解雇の規制緩和 は不要であるし、金銭的な解決をはかる場合には、損害賠償の考え方を援用す ることが適切ではないかと考える。 この本では、この他にも、いくつかの話題をコラムとして提供してくれてい る。100ページに満たない小さなブックレットだが、質的にはたいへん充実 したものであると言えると思う。雇用問題については世に俗説も多い。広く読 まれてほしい本である。 |