高橋伸夫著

「虚妄の成果主義−日本的年功制復活のススメ」

日経BP社



 ここにきて、さしもの猖獗をきわめた「成果主義」の流行もようやく下火になってきたようだ。かつて「先進事例」ともてはやされた企業が、次々とその見直しを余儀なくされている。この本はおそらく、こうした流れを不動のものとする決定打になるだろう。
 なぜ、決定打になるのか。まず第一には、この本世間的に「成果主義的」と呼ばれるあらゆるものはうまくいかない、ということを明らかにしたからだ。
 かつて「報酬は能力や年功ではなく成果(個人の業績評価)によって決めるべきだ。大きな成果をあげた人にはこれまで以上の昇給で報い、成果の上がらない人はしかるべく減給して、格差を大きくしてメリハリのある処遇をすれば、賃金総額を抑制しながら従業員の意欲を高めることができる。」このような「成果主義」の教義は、デフレのなかで人件費負担に苦しむ企業にとってまことに甘美なものに響いたわけだが、いまではこれが幻想であったことに気づいていない企業は少数だろう。しかし、年齢ではなく成果によって支払うべし、という成果主義の主張は、多くの人にはどう考えても正論に思えるし、業績好調な企業でも成果主義は導入されている。だからどうしても「うまくいかないのはやり方を間違っているからではないか」と考えたくなる。成果主義を売り込んだり、導入に関与したりした人ならなおさらだろう。
 これに対して、この本は経営学の理論と、著者自身の調査した事例をもとに、「うまくいく成果主義などない」ということを示してみせる。実際、たとえば本書でも紹介されているように、賃金を引き下げたときの意欲低下は大きいが、賃金を引き上げることの動機づけへの効果は限られているということは、すでに50年以上前にわかっていたことなのだ。
 そして、この本が決定打になる第二の理由は、成果主義賃金ではない、効果的な動機づけの方法を提示しているからだ。
 実は、これもそれほど目新しい話ではない。それは内発的動機づけ、すなわち「仕事そのものが報酬」という考え方だ。そして、将来の自分の仕事について長期的な期待が見通せることだ。本書では、10年間にわたって蓄積された貴重なデータをもとに、仕事における「自己決定度」と満足感、そして将来に対する「見通し」と満足感とにあざやかな相関があることを示している(「見通し」と「退職願望」の逆相関もみごとだ)。これをみて、成果主義の幻想を完璧に払拭するに足る明快な説得力を感じるのは私だけではないだろう。なぜなら、長期的な期待を見通すためには将来のために今を犠牲にする精神が必要であり(著者はこれを「未来傾斜原理」と呼ぶ)、それには長期的な雇用と労働条件の安定が必要だからだ。これはすなわち「日本型年功制」そのものであるというのが著者の主張だ。そして、それは多くの企業の人事担当者の実感にもまことによく一致するものであるに違いない。もちろん、成果に対して処遇するという考え方を全面的にギブアップする必要はないわけで、その限界をよく理解したうえで、たとえば賞与の決定などにバランスよく応用していくことに知恵を出すのが人事担当者というものだろう。くわえて、現実にはポスト詰まりや仕事詰まりの制約のなかで、こうした「見通し」をすべての人に示すことは簡単なことではない(それが、人事管理が成果主義導入に傾いた背景のひとつとなったことも事実だろう)。しかし、「見通し」の大切さがこれだけ明らかに示された以上、それをなんとか可能としていくことを考えるのが、私たち人事担当者の仕事ではないかと思う。
 実務的な観点からひとつだけ要望を書くと、この本では「成果主義が導入されていて、業績も好調、社員も元気という企業もあるではないか」という主張に対する反論が十分でないように思われる。現実には、こうした企業では、成果主義そのものではなく、その導入と同時に実施されたさまざまな環境整備が効果をあげていることが実証的に示されている。こうした成果にも言及されれば、より成果主義への批判が徹底されたものとなったのではないか。
 さいごに、この本が現在のように「決定打」となりうる絶好の時期に出版されたタイミングのよさも特筆すべきであろう。しかも、この本は経営学の理論や計量分析なども扱っているにもかかわらず、記述が平易で、事例も多く紹介され、じつに読みやすくわかりやすい。よく売れているようだが、それもうなずける話で、まことによろこばしいことだ。できるだけ多くの人に手にとってもらい、この考え方が広がることを期待したい。

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