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ニート(NEET=Not in Education, Employment, or Training)は、英国ではかなり以前から問題視されてきた。この5月には、日本にもすでに63万人のニートがいるとの試算が紹介され、わが国においてもかなり深刻な問題と考えられはじめているようだ。とはいえ、新聞報道などをみるかぎり、その理解は必ずしも十分な広がりと深さに達しているとはいえない。こうしたなかで、ニートの実像の一端をわかりやすく紹介し、その問題点の所在と構造を指摘し、具体的な取り組みを訴える本が出版された意義は大きいだろう。 共著者のひとりは、『仕事の中の曖昧な不安』『ジョブ・クリエイション』を著した玄田有史氏である。当然、計量分析を駆使した実証研究にもとづく記述が予想される。しかし、この本はまったく趣を異にする。現状の紹介は、もうひとりの共著者、曲沼美恵氏のインタビューによっている。ニートは一般人にはなかなかイメージしにくい一面があるから、わかりやすさに優れたこの方法は理解を進めるには効果的だろう。前著のような研究書ではない、社会に対する問題提起の本としては、時間のかかる実証研究の結果を待ってはいられないという面もあるかもしれない。読みやすくなっている分、これまで以上に多くの人に読まれてほしいと思う。 ニートへの支援はもちろん、「14歳の挑戦」のような取り組みをすすめるためにも、社会がニートについての正しい理解と深い共感を持つことがなにより大切だろう。「誰でもニートになりうる、あなたもなるかもしれない」という、理解と共感を求める訴えは、ストレートに胸にひびくものがある。 おそらくこの訴えは、若年から著者の同世代までには届きやすいだろう。しかし、それ以上の中高年にはなかなか届きにくいのがいっぽうの悲しい現実のように思われる。中高年層、とくに男性、それも有力な人ほど、ニートやフリーターなどに対しては「根性がない、職業意識が足りない」といった情緒的な意識が先立ち、「本人の責任、自分のせい」という皮相な理解にとどまっているのが大勢なのではないか。若年と中高年、どちらが社会的に有力かといえば、それは圧倒的に中高年だろう。その彼らに当事者意識のかけらもないという点に、ニートをふくむ若年労働問題の最大の困難が横たわる。『曖昧な不安』の文章に漂うやりきれなさとやるせなさ、『ジョブ・クリエイション』の民間企業に対する辛辣なまでの指弾は、こうした現実に対する無念の現れであろうし、この本の記述がときに激しい怒りを含むのもそれゆえであろう。 とはいえ、考えてもみれば、現代とは異なる社会環境のなかを生きてきて、その経験にもとづく価値観が固まっている中高年に対して、異なる価値観に対する共感を持てというのも無理な注文なのかもしれない。それでも、問題の所在と対策の重要性について、せめて理解を求めることは必要であり、困難ではあっても可能だろう。 『曖昧な不安』は、実証研究の成果という「証拠」を突きつけながら若年雇用問題の議論を展開することで、少なくとも理屈のわかる中高年を説得することに成功した。それが労働政策にも転換をもたらしたことは周知のことだ。それに対して、この本のインタビューが中高年にどれほどの説得力を持ちうるのか、若干心細い感がないではない。もっとも、ニートについての問題意識は高まっているし、この本はさらに多くの人々にインパクトを与えるはずだ。その気運の盛り上がりが、具体的な取り組みに幅広く結びついていくことを期待したい。 |