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伊丹敬之氏と言えば、何といっても「人本主義」がまず思い出される。氏の 主著である「人本主義企業」が出版されたのは1987年であり、時期として はプラザ合意の後の円高不況に入る時期である。すなわち、人本主義が構想さ れたのはちょうど日本経済が我が世の春を謳歌していた時期であった。 バブル崩壊以降は、人本主義はどうも旗色が悪いようである。資本市場がグ ローバル化する中で、企業経営にもいわゆる「グローバル・スタンダード」が 要請されはじめ、経営者には「株主重視経営」が求められるようになった。多 くの論者たちは、人本主義は従業員への過大な配分、ひいては「放漫」を招き、 株主の権利を阻害すると主張した。 そんな中でも、「人本主義企業」は版を重ね、今や「古典」と位置づけられ るまでになった。現在ではちくま学術文庫にその籍を移し、より廉価で手軽に 読めるようになっている。これはまさしく、人本主義理論の画期的さと、それ が依然として幅広い支持を集めていることを示すものだろう。 そこでこの本である。副題に「従業員主権企業の論理と改革」とくれば、も う内容は読まなくてもわかった、と言いたくなる。実際、私自身も読んでみて、 思いがけない主張も随所にあったものの、全体の読後感は「予想の範囲内」と いうものであった。それでもこれは、忙しいビジネスマンが読むに十分値する 本であると思う。人本主義理論の到達した現在地点を改めて確認しておくこと は、人本主義に賛同する人、反発する人、そして大多数のその中間派の人々す べてにとって、大いに有意義であると思うからである。 氏のこの本での主張は、「従業員メイン、株主サブのコーポレート・ガバナ ンス」こそが、日本に適した「日本型コーポレート・ガバナンス」である、と いうに尽きる。その理由として氏は次の二点をあげる。第一に、企業、経営に 対するコミットメントの深さである。わが国の労働市場、経済社会の現状を考 えれば、従業員、それも氏の言う「コア従業員(創業者、オーナー経営者を含 む)」が最も深く、次いで「逃げない資金」を提供している株主である、とい うのは事実そのままである。特に注目すべきは、株主を、創業時の出資者をは じめとして、長期にわたり株を保有し、企業とかかわろうとする「コア株主」 と、極論すれば、朝買って、値上がりすれば夕方にも売りたいという、投機目 的に近い「ノンコア株主」とを区別し、後者の権利は前者より相当程度制限さ れてしかるべきとの説を展開していることである。まことに正論であろう。逆 に、従業員を「コア」と「ノンコア」に分けて、その権利を区別することは、 雇用形態の多様化や、労務構成の高度化に取り組む労務屋としては違和感を覚 えないとはしないが、これは人本主義理論では当然の帰結なのかも知れない。 従業員主権の第二の理由は、言うまでもなく具体的に企業の競争力の源泉とな るのは従業員である、という点である。 そして氏は、バブル期前後の日本企業における不祥事、経営倫理の後退につ いては、人本主義そのものが内包する問題によるものではなく、人本主義が一 部機能不全に陥っていたゆえであるとする。そして、人本主義をベースとした 「従業員メイン、株主サブの日本型コーポレート・ガバナンス」が十全に機能 するであろうしくみを私案として提案している。その内容は、商法の改正にま で踏み込んだものも含まれており、ぜひ本書をお読みいただきたい。ヨーロッ パ、特にドイツのコーポレート・ガバナンスを参考として、さすがに良く考え 抜かれた提案となっている。 少々気になるのは、氏の私案は、氏としてはシンプルなガバナンス構造を提 案したという考えだろうと思うのだが、それでもなお、実務家の立場からする とかなり煩雑な印象を受ける。実際の企業経営においては、ほとんどは経営者 の判断と取締役会(などの実質的意思決定機関)における検討において意思決 定されていくのだろうが、それにしても、私案の機関を忠実に機能させていこ うとすると、いささか経営の迅速さの面で疑問を感じざるを得ない。それぞれ の機関の役割や位置づけなども、すべての関係者が正確に理解してその役割を 果たすのは結構困難をともなうのではあるまいか。 もう一点、原田和明氏だったと思うが、伊丹氏の私案に同意しつつも、果た してこれがマーケットに理解を得られるかどうか危惧する趣旨の評をされてい たと思う。実際、それは私も共有する懸念ではある。しかし、それは経営者や 関係者が信念をもって対処すべき問題であると私は思う。マーケットは、結局 のところ求めるのは配当であり、業績であり、株価である(というのが正論だ と思う)。伊丹氏の私案によるガバナンスが立派な業績に結びつくのであれば、 あとはマーケットに理解してもらわなければ仕方ないのではないだろうか。 この本の主張は、決してこれまでや現在の日本のコーポレート・ガバナンス をよしとするものではない。「アメリカ型」の「株主重視経営」にも異を唱え つつ、日本のコーポレート・ガバナンスにもかなりの変革を要請する。実は、 「日本型コーポレートガバナンス」という書名は、この本が初めてではない。 同名の論文もいくつか存在する。それでもなお、この書名をつけてきたところ に、伊丹氏の並々ならぬ意気込みを感じる。今後のわが国において、コーポレ ート・ガバナンスを考えるにあたって、大きな指針を示した本であり、その意 味で画期的な本ではないかと思う。 |