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※この書評は、日本キャリアデザイン学会の公式メールマガジン「キャリア デザインマガジン」第31号に掲載したものを転載したものです。 年輩の方はご記憶だろうが、かつては家庭用の電話機といえば真っ黒で、本体前面にダイヤルのついたものばかりだった。今では博物館でしか見られないだろう。それがいつごろからか、さまざまなデザイン、機能の電話機が売られるようになり、自分の好みや部屋の雰囲気にあわせたものを選べるようになった。好きな電話機を選ぶことは楽しいことであり、お気に入りの一品を使うことは誰にも満足をもたらした。単に電話があって使えるだけではなく、好きな電話機を選べる、「いろいろな選択肢が提供される」ことが「豊かさ」だ、と考えられるようになった。 しかし、「さまざまな選択肢があり、自由に選べること」が「豊かさ」であり、幸福をもたらすというのも、こんにちではいささか疑わしい。いまや、ありとあらゆる色と形の固定電話と携帯電話が販売されている。しかも、ファクシミリやらカメラやらインターネットやら、いろいろな機能がついていたりいなかったりで(通話しかできないことが売り物になるくらいだ)、当然ながら価格もピンキリだ。 こうなると、選択肢が多いことが幸福をもたらすのかどうか、にわかにはわからなくなる。電話機が5種類か、10種類しかなければ、誰でもそれなりにいちばん好きなものを選んで、仮に80%くらいしか自分の好みにあっていなくても満足して使うだろう。しかし、現在のように無数の選択肢があると、一日中足を棒にして町じゅうの店を歩き回り、いちばん気に入ったものを買ったとしても、ひょっとしたら隣町にはもっといいものがあったかもしれないと思うと満足できなくなってしまう。99%満足できるものを買ったとしても、よそには100%のものがあるかもしれないからだ。 さらに、友人が見たことのない携帯電話を使っていたとしよう。どうしても、他人が使っているものは自分のものより良さそうに見えてしまう。苦労して最善の選択をしたはずのものが、急速に色あせてみえてくる。 こうなると、選択肢が多いことが幸福につながるとは簡単には思えなくなる。電話機ならばまだしも、これが人生の選択肢、キャリアデザインとなるとことは重大だ。人生には、どうしても自分の将来を選択しなければならない人生の節目が何度かは訪れる。そのたびにどれか一つを選び、ほかの道はあきらめなければならない。商家に生まれれば商人になり、桶屋の息子は桶をつくるのが当然だった時代には、キャリアの選択肢はいたって限られたものだったし、それが増えることが「豊かさ」だっただろうが、いまや人々は数多くの選択肢からキャリアを選ぶことができる。まさに「キャリアデザイン」の時代だ。しかし、まさにそれゆえに、自分のキャリア選択を後悔しないことはまことに難しい。とはいえ、選択肢を減らすわけにもいかないだろう。こういう時代に、どのようなキャリア選択をすれば幸福な人生を送れるのだろうか?この本はそんな疑問を解決するうえで非常に興味深いヒントを与えてくれる。 電機メーカーを志望して就職活動をした学生が二人いたとしよう。A君は何社かの希望企業のうちの1社、H社から内定が出たので就活をやめた。B君はH社から内定が出てからも就活を続け、T社、M社、F社からも内定をもらい、悩んだあげくやはりH社に就職した。数年がたち、二人とも元気で働いていて職場の評価も高いが、A君はH社に入ってよかったと思い、幸福だと感じているのに対し、B君は必ずしもそうではないようだ。B君はあのときT社に入っていたら、M社に就職していたらと思うと、A君のようには幸福を感じられない。しかも、先日F社で働いている友人と会って、いかに生き生きと働いているかを聞いた。それ以来、自分もF社に行ったほうが良かったのではないかと気になって仕方がない。 本書は、A君のようなタイプを「サティスファイザー」、B君のようなタイプを「マキシマイザー」と類型化している。サティスファイザーはほどほどの選択をすることで満足し、ほかの選択肢や他人との比較をしない。マキシマイザーはなかなか満足せず、最善の選択をするために努力を重ねる。選択したあとも、自分が選ばなかった選択肢や、他人のことが気になってしまう。もちろん、現実の人間はその間のどこかに位置するわけだが、二つの類型のどちらが質の高い選択をするかといえば、明らかにマキシマイザーだろう。サティスファイザーがほどほどの、いわばいい加減な選択をするのに対し、マキシマイザーは多くの選択肢を入念に検討するのだから、当然のことだ。ところが、その選択によって幸福になるのはサティスファイザーのほうで、マキシマイザーはつねに不満を抱えている。このように、選択の質の高さと幸福度が逆転してしまうことを著者は「選択の逆説」と呼ぶ。そして、幸福度を規定するのは、選択の質以上に、どの程度にサティスファイザーまたはマキシマイザーかという性格傾向だと指摘し、その上で、避けがたい「選択」に対してどのように向き合えば、後悔しない、幸福な選択ができるかについて提案している。 キャリアデザインにおいて、「いかに質の高い選択をするか」を説く本は数多い。しかし、そのような本を何冊も読み、少しでも質の高い選択をしようと努力を重ねた結果が、かえって幸福を感じられない可能性を高めるということではいかにも残念ではないか。そういう意味では、この本はまことに貴重な「キャリアデザインの指南書」でもあるのかもしれない。 |