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成果主義というと、すぐに賃金制度や人事評価の議論になる。「日経テレコム21」を使って、5大紙(読売、朝日、毎日、産経、日経)の過去3年間の記事を検索すると、「成果主義&賃金」では544件、「成果主義&評価」では403件ヒットする(内訳をみると、いずれも日経新聞が最も多く、次いで朝日新聞もなかなかの関心を示している)。重複も多分にあるだろうが、3年間でこれだけだから、まあ安く見積もっても2日に1回は5大紙のいずれかが成果主義と賃金、あるいは評価の記事を掲載していることになる。 しかし、実務家の立場からみれば、成果主義をやっていく上において、賃金制度や人事評価は、実は大した問題ではないともいえる。少なくとも、それ以上に大きな問題が2つはある。そのひとつが、労働時間の問題だ。 成果主義の基本原理は、成果が同じなら賃金も同じということだろう。そこには労働時間という概念の入り込む余地は少ない。しかし、いまの日本の労働法制では、所定外労働に対して割増賃金の支払を要しない労働者の範囲は著しく限定されている。1日8時間働いた人と10時間働いた人とでは、割増賃金を合わせると、後者の賃金が3割以上大きくなってしまう。これほどの違いがある中で、最終的な賃金額を成果に連動させることはきわめて困難だ(これは成果主義に限った話ではなく、能力主義でも同様の問題がある)。しかし、この問題はコンサルタントや評論家の商売材料になりにくいせいか、あまり注目されていない。実際、同様の条件で「成果主義&労働時間」を検索すると、3年間でわずか46件しかヒットしない(しかも、いちばん多いのは朝日だから、おそらくは成果主義のせいで長時間労働になったという記事が多いのだろう)。 * この本は、近年の成果主義の定着・普及にともなって新たに発生してくる法律問題の総合的な検討を意図して編集されている。その内容は幅広く、かつかなり詳細にわたっており、労働法研究のひとつのフロンティアを示したものといえるだろう。 まず冒頭に、経営学者の八代充史氏による、企業による成果主義人事導入の概観がおかれる。これに続いて、編者でもある土田道夫氏が、成果主義人事のもとでの労働契約のあり方、その法的位置づけ、労働法の課題などを概説する。それに続いて、「人事考課・査定」「昇給・昇格」「減給・降格」「賃金制度」「労働時間管理」「解雇」「労働条件の変更」「労働紛争の解決」のそれぞれについて、研究や政策面で活躍する実力派法学者による各論が展開される、という構成となっている。ともすればそればかりがクローズアップされがちな賃金や評価といった制度設計の部分に偏らず、現実には最も重要な労働時間の問題や、実務的に重要な制度導入時の問題や評価に基づく不利益取り扱いの問題などまで、幅広い判例や学説にもとづいてまんべんなく論じられており、非常に充実した内容であるといえるだろう。まことに時宜を得た企画であり、現場で人事労務管理を担当する実務家にとっても、きわめて有益な一冊である。 また、最後に労組活動家による「成果主義と労使関係」の一章が設けられているのも目をひく。経営サイドの実務家からみれば違和感のある部分もあるが、労働サイドの所論としてはバランス感覚に優れたものであり、その指摘にはわれわれ経営サイドとしても率直な提言として謙虚に耳を傾けるべきものであろう。逆にいえば、日本経団連または経営法曹の幹部などによる一章もあってよかったと思う。経営サイドにも、同様の良好なバランス感覚を持ち、建設的な提言ができる論者は多いはずだ。労使に見解の相違があるのは当然であり、それを明らかに示すことは意義深かったのではないか。 * 労働時間の問題とならんで、成果主義導入にあたって大きな難問になるのが、仕事の与え方の問題だ。これは企業によって状況の違いは大きいが、大企業を中心として、いわゆるポスト詰まり、仕事詰まりが進展しており、高い能力を持ちながら、それを十分に発揮できるポストや仕事につけないというケースはもはや一般的である。これまた、成果主義導入の如何にかかわらず、意欲・士気の維持・向上の観点で、これ自体実務家にとって大きな課題になっている。 こうしたなかで、たとえば持てる能力の半分も発揮できないような仕事を与えておいて、成果が上がらなかったから、成果主義にもとづいて賃金を大幅にカットします、というようなことが許されるのだろうか。これは極論としても、賃金というもっとも基本的な労働条件を「成果」によって決定しようとするのであれば、「成果を上げうる仕事」を与えることはそれなりに経営サイドの義務になるのではないか。あるいは、労働者にも仕事を選ぶ権利があってもいいのではないか。 この本では、八代充史氏が「成果主義と表裏一体をなす」ものとしてこの問題を紹介し、土田道夫氏が公正評価義務や就労請求権の観点から社内公募制や社内FA制に即した職務選択権や人事異動における能力・適性への配慮に言及しているが、今後、企業の人事権を制約する方向に発展していく可能性はないだろうか。 すでに、昨年には厚生労働省の研究会が「キャリア権」の確立を提言している。実務的にも大きな影響が予想される問題であり、今後、これに関する学説の展開を期待したい。 * それにしても、人事管理をめぐる法的問題はますます難しくなっていくだろう。人事労務担当者は、法的問題は法務部や顧問弁護士にお任せ(もちろん、専門家の意見を求めるのは多くの場合賢い判断だろうが)という方針をとることもできるかもしれない。しかし、人事制度などの企画や、あるいは日々の運用においてまで、いちいち他部署の意見を聞かなければならないというのでは、それこそ人事労務管理の優れた「成果」をあげられるとはあまり思えない。 であれば、全国の人事労務担当者は、ものの役にもたたないコンサルタントの指南書を捨てて、この本を学ぼうではないか。それが「成果」への道であるにちがいあるまい。 |