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法政大学の川喜多喬教授は、核心をつく辛辣な筆致と舌鋒で実務家にも人気と信頼を博しているが、その川喜多氏が最近某所で「私は人事部には同情しているのである。上から無理矢理人事部も成果を出せと言われれば安直に人事制度改定という成果を出すのは当然の行動だからである」と書かれているのを見かけた。これまた辛辣極まりない指摘であるが、はたしてわれわれはこの指摘にどのような反論を持ち合わせているだろうか。実際、世間には人事部不要論も散見される。人事機能が不要だというわけではなく、それを人事部に中央集権的に持たせるのではなく、各事業部や部門、あるいはプロジェクト・ユニットなど、なるべく多くを現場に持たせようという意見である。これまた、一つの有力な考え方であろう。 この本は、人事機能のあり方、人事部の役割について、いくつかの先進事例を通じて考えようという試みである。時宜を得た企画であるといえるだろう。 もっとも、人事部の役割やあり方は、各企業の経営計画とその中における人事機能のミッションとに応じて、それぞれ異なってくることは言うまでもない。そういう意味では、この本に集められた事例から、世間に広く通用する一般的な原則を導くことはそもそも無理だとも言える(事例のセレクションにも統一的な意図はあまり感じられないが、おそらくそれでいいのだろう)。巻頭には、序として、編者がそれぞれの事例をリファーしながら解題を書いているが、これが読んでいてかなりつらいのは、そのせいが大きいだろう。 そういうわけで、この本を読むのなら、むしろ事例集として、事例から先に読み進めるのがいいかも知れない。いずれもなかなかユニークなものが揃っていて興味深いものがある。 本田技研とアジレントの事例はいずれも非常に面白い。それぞれの企業の置かれた環境条件や持てる風土の中で人事部が独自の役割を果たしている様子が紹介されている。本田技研では、経営理念の共有の役割を明示的に人事部が負っているというのが興味をひく。アジレントの事例は、会社の分割と事業部門の廃止という二つの具体例がかなり詳細に紹介されており、この本の中でも最も面白い事例であった。米国企業の親会社の影響下にあって、日本でいかに人事戦略を実践していくか、その苦心が伺われるヴィヴィッドな事例である。 これらに比較すると、西武百貨店の事例はいくらか表面的で退屈だ。従業員研修を別会社化した経緯や考え方など興味をひかれる部分もあるが、全体としてコンサルタントの能書きをそのまま持ってきたような観念的な内容が多くを占めている。また、人材育成に関しても、「ライセンス取得者の売上は1.5倍」と述べているが、一方で西武百貨店は減収傾向であり、素人がはなはだ余計なお世話ではあるが、単に取得者が未取得者の売上を喰っているというような根本的な間違いが懸念されるというのは的外れだろうか。 富士通の事例もやはり人材育成を中心に活性化策を紹介している。さすがに先進的な取り組みで知られる企業だけあって、感心させられる内容である。とりわけ経営トップ候補育成のしくみは非常に充実していて驚かされる。とはいえ、せっかく富士通の事例を取り上げるなら、人事・評価・賃金制度をめぐる苦心を紹介してほしいと思うのは欲張りだろうか。富士通は思い切った制度を導入するだけではなく、フォロー結果を見て機敏に制度変更にも取り組んでいることで有名であり、その試行錯誤の過程こそが、実務家にとっては最大の関心事であるはずだからだ。 日本ゼロックスの事例は、また違った意味で面白い。「個性」の重視を理念としているだけあって、それが世間で軽々に論じられることへの警鐘が意図されているらしい。この紹介は三段に分かれているが、最初の段については、こういうことを一生懸命に考えることは実務家にとってとても大事なことだろうと思う。読む人によって感想は分かれるだろうが、私は面白いと感じた。中段は具体的な研修手法の紹介で、これは非常にユニークで実に興味深い。本音としてはここをもっと紹介してほしかった。後段は残念ながら単に難しい言葉を使って書いたというだけのもので、内容的にも学者の受け売りで見るべきものはないと言わざるを得ない。 最後は、事例ではなくコンサルタントによる解説にあてられている。米国の動向が中心であるが、日米の違いにも配慮して、わかりやすく要領のよいものとなっていると思う。特に、結論として「他社事例やコンサルタントも参考にはなるが、基本は組織内部の人間が自分で考えること」という趣旨を述べているのは非常に好感が持てる。 全体を通じて感じることは、良くも悪くもそれぞれ特徴のある事例が集められているということだ。どれもそのまま真似のできる事例ではないし、決してすべての点において優れているともいえないだろう。結局のところは、自社における、自社だけの「戦略型人事部」のあり方を構想する力量が求められているのではないか。この本は、800円という非常にリーズナブルな価格で、それを考える上での面白い材料を紹介してくれている。損はない本だと思う。 |