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すでに何年にもわたって、所得が伸び悩む中で消費性向が低下傾向を示すという、経済学の教科書とは正反対のことが起こっている。パソコンや携帯電話といった、ランニングコストのかかる大型のヒット商品が生まれ、広く普及して、それにはそれなりの消費が向けられているにもかかわらず、国民は所得が減る以上に倹約して、せっせと貯蓄(や負債の返済)に励んでいるのだ。 こうした中で94年から98年まで、合計15兆円以上の特別減税が行われた。しかし、景気対策としてそれほど有効だというわけにはいかなかった。「それは恒久減税でないからいけないのだ」という意見が出て、99年には制度減税が行なわれ、さらには地域振興券という古今の奇策も講じられたが、結果はご承知のとおりである。 日経連の奥田会長は、「文芸春秋」1999年10月号の「経営者よ、首切りするなら切腹せよ」というインタビュー記事の冒頭で、日本経済が、雇用や老後に対する不安感が消費を冷え込ませる「不安の経済」に陥っていると発言した。毎年の春闘でも、「賃上げによって所得を増やし、個人消費を活性化することで内需主導の景気拡大」を訴える連合に対し、日経連は「企業業績を回復させて雇用不安を払拭するのが消費拡大の道」と主張した。昨年初の春闘セミナーでは、奥田会長は連合の鷲尾会長との対談で、「連合が賃上げをすべて消費に回すと約束してくれれば、満額回答を約束してもいい」とまで発言している。 連合の主張にも一理ある。実際、これまでは、消費をもっとも良く説明するのは所得であった。研究機関やシンクタンクなどのマクロモデルも、多くは消費を所得の関数としているらしい。しかし、日経連が言うように、所得が消費を規定するというこの常識を、一度疑ってみる必要もありそうだ。 松原隆一郎著「消費資本主義のゆくえ」は、消費を所得の関数ではなく、独立した変数と考え、経済を従来の生産中心の立場ではなく、消費中心の立場から見た本である。この観点から見ると、雇用不安が貯蓄性向を高め、規制緩和が不安を増大させて、消費不況を深刻化させるという連鎖が見えてくる。これは日本の現状をよく説明してはいないだろうか。 この本は読み物としてもまことにおもしろい。序章で従来の経済学との立場の違いを具体例を交えて述べたあと、欧米の近代と、日本の戦後の経済の歴史を、消費資本主義の立場から再解釈する。社会学や心理学の成果や、ソシュール、バルト、ボードリヤールなどの所論も動員して、学際的な議論が展開される。そして、現時点でのわが国の消費は「コンビニエンスストアや携帯電話は戦後日本経済の到達点」だが、しかし「それは、本当に誇るに足るものなのだろうか」と疑問を投げかける。むしろ「日本の消費資本主義は、その到達点で倦怠に包まれている」という。 著者はこの倦怠を脱することが消費不況を脱する方途であると考えているようである。著者は改革そのものを否定せず、いわば市場原理主義(という表現を著者は使っていないが)にもとづく急速な改革が経済に混乱をもたらしたのだから、漸進的に改革を進めるべきだと主張する。それに加えて、企業活動に経済活動以外の社会的・文化的価値との両立を求め(それは会社中心で家庭・地域を省みさせない働き方の否定でもある)るための消費活動のモラル、あるいは商品を使う技術の再興が必要であるという。 しかし、モラルと技術の再興には、著者はいささか悲観的であるように私には思える。直接的には「異質の意見に耳を傾けて議論を重ねるモラル」の達成の困難さを著者が強調しているからであるが、おそらくそれは、論壇に独自の地位を築いた著者が、論壇における公共性の喪失を憂慮する心情の反映でもあるだろう。 斬新な論点を提示しているだけではなく、経済読み物としても非常に面白いし、労働政策を考える上でも大いに参考となる点を含んでいる。多くの人におすすめしたい本である。 |