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人事労務管理における就業規則の重要性はいうまでもない。それはまさに労働契約の内容そのものであり、会社が従業員に就労させるにあたっての根拠となるだけではなく、会社が従業員になにを求め、期待するのかを示すものでもある。 労務担当者にとっての労働法の重要性も、これまたいうまでもないだろう。労働法の知識なくしては労務管理の実務は成り立たないのはもちろんのこと、労働法の精神や趣旨、意図、あるいは必要性などについて正しい知識を持つことは、そのまま労務管理という仕事の基本的な考え方やスタンスを固めることにつながってくる。 そして、労務管理のなかでも就業規則は労働法、とりわけ労働基準法などの個別的労使関係法と最も深く関係するものであることも間違いなかろう。したがって、この両者をその精神までふくめてきちんと理解しておくことは、本来労務担当者には必須のことであるだろう。 ところが、現実には必ずしもそうなってはいない。実務的には、労務担当者が就業規則を強く意識する場面はそれほど多くはない。というより、就業規則が意識されるのは多くはトラブルとか紛争の場面においてだから、それほどたびたび意識しなければならないようでは困るわけだ。また、会社が従業員への期待を示すとはいっても、就業規則を通じて示すことのできる内容は現実にはいたってありきたりで画一的なものだった。そこで、多くの企業は適当なモデル就業規則を探してきてほとんどそのまま使っている、というのがこれまでの実態だったと思われる。それと同様に、労働法についても、とりあえず実務的に必要な知識だけを持っていればよいというのが大方の意識だったのではないだろうか。 とはいえ、この10年か15年くらいの間に、とりまく環境はかなり変わりつつある。たとえば、必ずしもすべて新たな問題ではないにしても、機密保持特約や競業避止特約、セクシュアル・ハラスメント、あるいは無体財産権の所属のなどといった問題が強く意識されるようになってきた。会社分割や出向・転籍などをめぐる論点も増えている。そのうえ、労使関係の個別化が進展することで個別紛争が増加しているし、そのなかには労働者の保護に欠ける場面も多々みられる。各企業がその経営の方針や実態に応じて、労務管理の基本理念を改めて確立し、その強化・高度化を求められている状況にあるといえるだろう。まさしく、「就業規則と労働法」の高い理解が真に求められる状況が出現しているといえよう。 ところが、企業実務は、必ずしもこの要請に十分に対応しきれていないように思われる、それは、就業規則に関する解説書の状況も同様といえそうだ。就業規則はその制定が法で定められているうえ、行政官庁への届出が義務付けられているので、その作成に関する実務的な指南書は数多い。「忙しい担当者に配慮した」ものか、必要最小限のノウハウだけを記載したことを売り物にする軽便な本もあれば、政省令や通達、判例などを詳細に網羅した大部の書物もある。日本経団連のモデル就業規則ともいうべき「変革期の就業規則」などは、就業規則のつくり方と法律の知識とを適切に紹介した好ましいものだと思う。しかし、企業の労務担当者を念頭において労働法の理念や精神を紹介し、それをふまえた就業規則の制定・充実を促すような内容の本は、私が知らないだけなのかもしれないが、あまり見当たらなかったのではないか(それは結局のところ、そうした本へのニーズが乏しかったということの反映でもあるだろう)。 しかし、いまやそのような本の出現が待望される状況であり、その期待にこたえたのがこの本であるといえるだろう。 この本は、一般的な就業規則で設けられている規定を順番にとりあげて、それぞれに関する法的な説明を行っている。すなわちこの本は就業規則作成の指南書ではない。研究書に近い内容も含んだ労働法の解説書だといえるだろう。就業規則という労務担当者にとって身近なものを材料に、精神や理念まで含めた労働法の基礎的な知識を得ることができる、これからの時代の新任労務担当者に最適の入門書であるといえるだろう。 ほかにもこの本には優れた特徴が多い。たとえば、題材とされている就業規則は、実務家を交えた研究会の成果をもとに設定されており、実務担当者からみても非常に現実感のあるものとなっている。また、法律の解説だけではなく、具体的な裁判例も多数紹介されているが、問題となった就業規則の要旨なども提示したうえで、争点と判決の考え方がわかりやすく要約されており、理解が進みやすくなっている。変更解約告知や海外留学費用の返還、職務発明と報奨といった今日的なテーマへの目配りもよい。 いっぽうで、著者も認めるとおり、就業規則を材料にするという構成ゆえの限界もあることは否定できない。集団的労使関係や雇用関連法については当然カバーできないし、障害者雇用や次世代育成支援といった内容も含まれてこない。これはこの本の問題というよりは、読み手がそれをきちんと意識して読む必要があるということになるだろう。具体的には、この本に続けて、たとえば菅野和夫著「新・雇用社会の法」といった優れた研究書に取り組むといったことが望まれる(実際、この本を読んでからのほうが、「新・雇用社会の法」の理解も進みやすいだろう)。 実務家として、良書の登場を心から喜びたい。 |