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「美しい経営」とはなんとも魅力的なタイトルであるが、著者は日本テトラ パック会長、日経連副会長の山路敬三氏。ご存知のとおり、 技術者としてはコピー機とパソコンプリンターの開発でカメラメーカーだった キャノンを総合機器メーカーに発展させ、経営者としてもキャノン社長を務め、 副会長在任時に、強く請われてスウェーデンの大手企業の日本現地法人である 日本テトラパックの会長に就任した人物である。 はっきり云って自慢話なので、読んでいて必ずしも気分のいい部分ばかりと いうわけではない。しかし、非常に優れた洞察と示唆に富んだ本である ことも間違いない。 まず「美しい経営」とは何か、ということですが、著者は「美しい」という 言葉はきわめて感覚的、抽象的で、見る人の感性、考え方によって曖昧である、 という前提をおいた上で、「美しい経営」を、 『経営には企業理念が必要である。それをもとに理念主導の経営を行う。 ときの流れを作るような理念を設けて実行する。その際、解りやすい指示を 行ない、平凡ではない、ノントリビアルなテーマに取り組む。経営の美しさは、 切れ切れのものではなくて、一貫した体系としてまとまったものでなければ ならない』 と要約する。 そのうえで、まず、日本的雇用慣行について、「長期的視点に立った経営や 人間性尊重の 労使関係であり、これ自体は『美しい経営』であった」と明言し、現状に対し 「バブルがはじけ、会社が危機に瀕してから、あわてて対応しようとするから 急激な対策が必要となる。長期的視野に立って堅実に歩んでいれば、本来の 日本的経営の良さを持ったままの対応は可能である」と述べており、例として、 キャノンのカメラ事業の主力工場の仕事を海外移転した際に、従業員を一人も 解雇せずに、再教育により新事業(プリンタ)の工場に移行したという事例が 紹介されている。 「労働における人間性尊重とは、生き甲斐を感じられる仕事を与えることが 第一である。これができなくて、余剰人員をただ抱えていることは、真の 人間性尊重ではない。経営者が第一にすることは、新しい仕事を作り、そこで 働いてもらえるよう従業員を教育することである」との言葉は、現実の経験を 踏まえているだけに説得力を感じる。 コーポレート・ガバナンスに関しては、「経営において先立つものは、業績 より理念」と、これまた明快だ。そして、「コーポレート・ガバナンスに 関する企業の基本的な考え方を含む企業ミッションをはっきりと作り上げる」 ことが第一であり、それを情報開示し、賛同した人に株を買ってもらい、 会社に参画してもらえばよい、との考え方を示す。さらに、「特に日本的経営の 考え方から、企業は『とにかく株主最優先』とするより、ステークホルダー みんなに対して責任を持ち、社会に貢献するために存在するものとして位置 付けられるべき」としている。 もう一つ注目すべき点として、「エシックス・良心ベースの経営」として、 「最適(オプティマム)経営」をかかげ、「マーケットシェアも、最大限の ところを求めるのではなく、相手(顧客、ライバル企業)が納得してくれる ような線でとどめ、無駄な値下げ競争は行わない。あるいは、独自の技術を 確立し、競争相手が確立している技術を尊重して、無駄な経営資源を使わない ようにする」と述べている。このあたりは、キャノンの企業理念「共生」と 関係深い部分であろう。 もう一点、グローバル・スタンダードに関しては、日米欧の特許制度を例に あげて、「先発明主義・非公開」を原則として、日米にも同調を求める米国の 姿勢を「明らかに横紙破り」と断じる一方、「しかし、『アメリカの独創性を 守るため、国際競争力を維持・強化するため』と賞して、自国の異質性に強く 固執する姿勢に、われわれが大いに学ぶべきものがある」とも述べる。 守らなければ国際競争の舞台に立てないようなグローバル・スタンダード、 競争のルール、国際会計基準や金融ビッグバンなどには従わなければならない、 しかし、特許制度はすでにその範囲を外れているように「すべてをグローバル スタンダードに合わせる必要はなく、日本独自のものは独自に保持すべき」で あり、「保持すべきものは頑固に保持する姿勢が必要なのである、いわば、 日本独自の「ノントリビアルスタンダード」があってもいい。独自のものを 守りつつ、それがやがてグローバルスタンダードとして世界を席巻する 可能性もある」「それが企業の業績を上げ、ひいては日本の国力を上げること にもなる」としており、アメリカ追随の安易なグローバル・スタンダード 論議に対しては明らかに否定的といえよう。 労務に関しては、「人間性を尊重した労使協調体制、従業員も経営者も、 自分が属している企業の業績を上げていくことで生活を向上させようという 日本独自の体制は、日本としての絶対の強みである」「生産過程での欠陥製品 を皆無にしようというゼロデフェクト運動などは、日本のいいスタンダードで ある」などと述べ、日本は異質すぎてグローバル化できないという主張には 賛成できないと結論づけている。 この本は、技術者のあり方、技術開発のあり方や、キャノンの「共生」の 企業理念などについても力を入れて記述されており、著者の経営思想、人生哲学が 縦横に語られて行く。その確固たる理念は、往々にして経営理念の流動化する 今日にあって、確かな方向性を指し示すものとして注目されよう。 著者は冒頭で、「過剰設備になって設備を廃却する必要が出てきた産業が、 産業競争力会議で、税金を負けてくれ、余った土地を買ってくれと願い出たと いうが、実にトリビアルな考え方だ」と述べています。これが「美しくない、 醜い経営」の代表ということであろう。 そして、最後に、「経営は、無駄をそぎ落とした合理性を持ったものになる だろう。しかし、それと一見矛盾するように見える『ゆとり』や『奥行き』を 併せ持たなければ、『美しい経営』とはいえない」「これらの要素は、ひとつ ひとつが単独で表層に表れるものではなく、企業の歴史、トップの経営経験、 個々人の人生経験の集積などによって、総合的に作り上げられるものである」 と結論づけている。 ビジネス・スクール流のすかっと割り切れた結論ではないが、一人の 大成功した技術者、経営者の実感として、たいへん説得力のある結論であり、 傾聴に値する見解ではないだろうか。 最後に、ライターが代筆することの多い経営トップ本であるが、一部にいかにも文章が拙かったり、ぎくしゃくしたり する部分があり、「本人が自分で書いた」という感じがして、かえって好感が 持てたことを付記しておきたい。 |