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■2001/06/15 (金) 新しい公民教科書 「新しい歴史教科書」に続いて、「新しい公民教科書」も読んでみました。 なんでも、この2冊の教科書はバカ売れで、公民教科書の方は品切状態だとか。 そうも売れるというのは意外ですが、案外刺激的な記述を期待して拍子抜けだ った人も多いのではないでしょうか。 さて公民教科書ですが、これまた私は他の教科書を読んだことがないので、 比較しての評価はできません。ただ、私が中学生のころの公民教科書と比べて、 今日的なテーマが積極的に取り上げられているように感じましたが、それは当 時は当時なりにそうだったのかも知れません。 内容については、国際社会の中の日本、社会の中の個人といったものの位置 づけや役割、そして、各国、各人の利益は時に相反すること、それを民主的に 解決することの大切さがわかりやすく説かれ、また、さまざまな社会問題を考 えることでそうしたことに自然と考えが向かうように書かれています。理想主 義に走らず、現実をしっかり踏まえていて、なかなかいい教科書ではないかと 思います。学習指導要領と対比してみても不足や逸脱があるようには思えませ ん。 ただし、歴史教科書に比べると、こちらの方が、個別の記述やテーマの採択、 取り扱いの大小などの点で、ある種の人たちには面白からぬ印象を与えるのか も知れないとは感じました。とはいえ、大多数の一般的な国民の目から見たら、 十分にバランスのとれている範囲内ではないでしょうか。 いずれにしても、私自身、あまり公民の授業をしっかり受けたという記憶が なく、教科書の如何を問わず、教師にとっては教えにくい科目なのかも知れま せん。教師だって、いつもいつも立派な「公民」たる生活態度を崩していない とまでは云えないですものね。世間はそれを求めますが。 ■2001/06/14 (木) 雇用創出が最優先だ 今日の日経新聞朝刊の「経済教室」に、大阪大学の小野善康教授の論説が掲 載されている。内容は、余剰労働力がある限り、国債発行は次世代の負担にな らないというもので、余剰労働力活用のためには国債発行をためらうべきでは ない、ということだと思う。 国債残高が増えることは、次世代負担は別としても、財政を硬直的にするな どの弊害があるし、小野教授も言及しているように、今はまだ良くても将来は 信用の低下、金融の混乱につながる可能性もあるので、どこまで許容されるの かは私にはわからない。ただ、論説の後段にある、構造改革(のデフレ政策) より雇用創出を優先させるべきとの主張には全面的に賛成だ。 さらに、経済財政諮問会議の基本方針について「500万人の雇用創出をう たってはいるが、第一に考慮すべきこの施策が最も具体性に欠けている」「民 間主導でできれば理想的だが、民間だけでは需要が作れないから不況なのだ」 などと述べておられるのは、まさに我が意を得たりという感じがする。 政府の産業構造改革・雇用対策本部では、安全網の整備として「不良債権処 理に関する業界と連携し、出向・移籍のあっせん」と、具体的な再就職までフ ォローする姿勢を示している。このような、市場原理主義の空理空論ではない、 現実的で常識的な議論が高まることを期待したいものだ。 ■2001/06/13 (水) 「裁判員」をやれと云われたら 司法制度改革審議会の「司法改革に関する最終意見」が発表された。たしか に、現在の司法はあまりにも問題が多すぎ、その大部分は法曹人口の少なさに 起因するものであることも明らかであるだけに、法曹人口の2.5倍増などを 中心とした今回の意見についてはおおむね妥当なものではないかと思う。 とはいえ、懸念もないではない。法曹が身近になることは結構なことだが、 それが法廷以前の社会的な問題解決機能を弱体化し、司法がビジネス化して何 でも告訴するという米国式の弊害が出てこないよう、十分注意が必要だろう。 もう一つ気がかりなのは、重大な刑事事件、それも下級審に限ったとは言え、 一般人が審理に参加する裁判員制度が織り込まれたことだ。判決に市民感覚を 反映させる、ということだが、要するに「軽すぎる」という批判への対応だろ う。一応、裁判官、裁判員一方の多数では被告に不利な取扱はできないなど、 一定のはどめはかかっているものの、感情的な判決が出される心配は大きく、 また、逆に同情的な感情から軽きに失した判決が出る危険性もある。 そもそも、私自身が裁判員をやれと言われたときに、とても自信を持って引 き受けることは出来そうもない(しかし、それを拒むことはできないらしい)。 特に、裁判員の数が少数になるようならなおさらだ。プロの審判と私が共同し て日本シリーズの球審を務めたら、選手も観客も納得しないだろう。しかも、 ことははるかに重大だ。人が人を裁くということは、人間にとって大変な重荷 である(しかも「重大な」事件なのだ)。いかに市民感覚が大切とは言っても、 素人に委ねるべきことだろうか。そもそも私は、自分が「市民感覚」なるもの を代表しているという自覚すら持てないだろう。そして、万一自分が無実の罪 で訴えられたとき、裁くのがアマチュアだとしたら?ちょっと考えたくない悪 夢ではないだろうか。 専門家は専門家であるゆえにバランスを欠きがちであることは事実であり、 それに対して幅広い視点を持つ専門外の人の支援が必要なことが多いことも事 実だ。しかし、この件に関しては、それは専門家に対する教育と配慮によって 解決すべき問題ではないかと思う。 ■2001/06/12 (火) 小泉首相は連合を使いこなせるか 今日の朝、「政労使雇用対策会議」が1年7カ月ぶりに開催されたそうだ。 時間は8時10分から45分までの35分間ということで、おそらくこの時 間なら朝食もついたのだろうから、どれほどの意見交換ができたのかは推して 知るべしという感じだが、それでも、実務者レベルの会議体の新設が決まり、 有期雇用契約については日経連が「思い切って改め、多様な選択肢を用意すべ きだ」、連合が「不安定雇用の増大につながる」とするなど、それなりの議論 はなされたようだ。 もともとこの会議、一昨年秋の臨時国会で、連合が年金制度改革に頑強に抵 抗、笹森事務局長が公聴会で憤然と席を蹴って退席するなどの無礼を働いたこ とに自民党(というか、当時の亀井政調会長)が激怒、この会議に限らず、政 労会見など一切の政府・自民党と連合との会合をとりやめたことで中断してい たものを、従来との違いを打ち出したい小泉新首相が連合との関係回復に動い たことで再開されたもので、要するに「再開した」ということが大切なのだろ う。実際、小泉首相は今日は出席していないらしい。 小泉首相は今年はメーデーにも参加、政労会見も再開の意向という。これは 単に新味を出すにとどまらず、「聖域なき構造改革」を進めるにあたっての地 ならし、ひいては連合のパワー(衰えてはいるが)を有効に活用しようとの意 図も含んでいるのかも知れない。とはいえ、連合はよく一つにまとまっていら れると感心するほど内部の意見は不統一で、改革に関しても応援団と抵抗勢力 が共存しているのが実態だ。これをいかにうまく使いこなせるか、案外改革の 成否に影響してくるかも知れない。 ■2001/06/11 (月) 情報をリークするのは誰だ! 竹中経済・財政担当相は、経済財政諮問会議の事務局体制に不満を表明し、 「自前の事務局」がほしい、と要望した、という記事が数日前の新聞に載って いました。現在の諮問会議事務局は各関連省庁からの出向者で構成されている ため、本来機密であるはずの検討状況などの情報が各省庁に流れ、さっそく抵 抗活動がはじまることに対していたくご不満ということのようです。そのため、 なんでも旧経済企画庁のスタッフだけで構成される大臣直属の事務局も設けら れたとか。独立はけっこうですがくれぐれも独走にならないよう願いたいもの です。 竹中担当相自身も、けっこう戦略的にマスコミにリークしたりしているので、 情報の扱いに関してはどっちもどっち(実際、竹中担当相が以前出演していた ワールドビジネスサテライトの報道は諮問会議に関しては独走している感を受 けるのは私だけではないでしょう)という感じもします。 外務省では、田中外相が、本来秘密であるべき会談の内容がマスコミに洩れ る、しかも自分の不手際ばかりが洩らされるということにおかんむりで、外務 官僚を告発することすら考えているとか。 自分たちの利益のために(国益のためとはとても思えない)マスコミ(や出 身官庁)に情報をリークする官僚や政治家(竹中担当相は大臣だから一応政治 家でしょう)、少しでも他社にさきがけたい(もちろん自分たちの利益もある) マスコミ、どちらもおよそ立派な態度とは思えませんが、まさに利害の一致で もたれあっているという感じです。まあ、これが現代社会の情報戦略?という ものなのかも知れませんし、何が悪いんだと開き直られるかも知れませんが、 それにしてもあまり健全な姿ではないように思います。 やはり基本は情報公開で、そういう意味では情報公開に消極的な政治家にも 問題はありそうです。くしくも田中外相も竹中担当相も改革を標榜しているの ですから、自ら自分の都合のいいように公開・非公開をコントロールしようと いう考え方はやめてほしいものです。 |