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■2001/07/27 (金) 資本原理主義に陥るな 各地の「タウンミーティング」で、竹中平蔵経済財政担当相が、「政府が雇 用をつくるのは資本主義社会ではない」という趣旨の発言をして、公的な雇用 創出を否定して歩いているそうだ。 まあ、与党内の「守旧派」と対決しなければならない竹中担当相としては、 かなりの程度極端な表現を使わざるを得ないという事情はあるだろう。それに しても、この発言には首をかしげざるを得ない。 資本主義社会における政府の役割とは何なのか?経済学の理論でいけば、夜 警国家が理想だという考え方はあるに違いない。とはいえ、それは資本主義社 会の一つの理念型に過ぎない。実際、資本主義政党が政権につく国でも、政府 が雇用をつくっている例はいくらでもある。というか、今の日本のような不況 期においても政府が雇用をつくらない国を探す方が難しいだろう。竹中氏の発 言はまさに資本原理主義というしかない。 しかも、それが政策として適切ならそれでも悪くはないのだが、とてもそう とは思えない。竹中氏はほとんど雇用対策を具体的に語っていないのでなんと も云えない部分もあるのだが、基本的には例の「サービス分野で530万人」 雇用創出するから、職業訓練してそちらで吸収すればいいという考え方なのだ ろう。しかし、この530万人というのは、少なくとも今のところは絵に描い た餅以外の何物でもない。しかも、例えば建設業の失業者や、ホワイトカラー 失業者がそれらの仕事につくにはかなりの努力(職業訓練もふくめて)を要す る。絵に描いた餅かも知れない仕事のためにそれほどの努力をさせて、結果と して「やはり絵に描いた餅でした」ということで、政府が責任を果たしたと云 えるのだろうか?民間による雇用創出が怪しい中で失業を出す政策を取るのな ら、政府が雇用創出を保証するのとセットでなければ責任ある政策とは言えな いだろう。 「夜警国家」の理念に拘泥するあまり国家社会を破壊するというのでは、ま さに悪しき原理主義の弊害である。資本主義の一つの理念型を実現するために は、失業者が出るにまかせ、多数の人を路頭に迷わせてもかまわないというの は、宗教原理主義者のテロリストが武器をもって殺戮を行うのと構造において なんら変わりはない。現実にあわせて理念を修正してきた人類の知恵を思い出 してほしいものだ。 ■2001/07/26 (木) 保育士と幼稚園教諭 ちょっと面白いニュースが入ってきました。厚生労働省が、保育士(もう、 「保母」とは言わないのですよね)資格と幼稚園教諭資格の重複取得を支援す るための施策に取り組むことになったそうです。資格取得者の主力は短大卒な のですが、現状では短大在学の2年間で両方を取得するのはかなりの困難を伴 うということで、共通科目を増やすなどして両方を在学中に取得しやすくする ということのようです。 保育所(保育園)と幼稚園の違いはなにか?正直云って、実は私も仕事で関 係するようになるまでよくわかりませんでした。大雑把に言えば、保育所は共 働き世帯のための福祉施設で、幼稚園は就学前児童向け教育施設ということに なるのでしょうが、どちらも小学校に上がる前の子どもが行くところという意 味ではほとんど同じです。実際、施設や設備などはほとんど変わりありません し、知育重視の保育園や延長保育サービスを行う幼稚園などもどんどん増えて きて、実態としての両者の垣根は消滅しつつあるような状況でしょう。となれ ば、人的交流や施設の共用などの連携を通じて、より良いサービスの提供と生 産性の向上を考えるのは当然でしょう。そのためには、保育所と幼稚園のどち らでも働ける人を増やさなければならないというわけです。そういう意味では 適切な施策であると思います。 とはいえ、現行の児童福祉法と教育職員免許法の枠組みを維持し、二つの資 格をそれぞれ残存するというのはいかにも踏み込み不足の感があります。一方 の資格だけを取得したいという人はおそらく少ないはずですし、その上で両方 の取得を奨励するならば、資格そのものを一本化するのが正論でしょう。同じ 文部科学省の所轄なのですから、その分困難は少ないはずです。資格の発行に あたってはそれぞれにそれぞれのしくみがあるので、それを温存するために一 本化しないのではないか、というのは勘ぐりすぎでしょうが。 いずれにしても、現行の保育所や幼稚園のあり方に関しては、少子化対策や 教育問題の議論の中で、さまざまな問題点が指摘されていますし、今後この問 題についても議論が進むことを期待したいと思います。 ■2001/07/25 (水) 男性専用車両も作ってくれ 電車内で身に覚えのない痴漢行為を働いたとして告訴され、無罪判決を勝ち 取った男性が、今度は逆に告訴した女性とその両親を相手取って損害賠償を求 める訴訟を起こしたそうです。賠償額は数百万円で、名誉を傷つけられたほか、 拘置・拘留によって受けた精神的苦痛に対する慰謝料のほか、その間就労でき なかったことによる逸失利益も含んでいるとか。痴漢の冤罪というのはまこと に無念でしょうから、この提訴は実によくわかります。数百万円というのはい ささか控えめに思えてしまうくらいです。 痴漢というのは、女性が「この人にやられた」と言い張れば、「女性が恥ず かしいのに耐えて訴えているのだから」ということで、男性の主張が聞き入れ られることはほぼないといいます。そのため、冤罪に泣くケースもたびたび伝 えられており、しかも、裁判しか冤罪を晴らす手段がないため、そんな手間を かけるよりはということで、むざむざ身に覚えのない痴漢に示談金を払うよう なことも起こっています。それを目的に、エッチそうな男を狙って痴漢にあっ たという狂言をする女性まで出てきているという始末で、今回も案外そういう ケースなのかも知れません。 セクハラにも同じようなところがあります。特に、横浜セクハラ訴訟の高裁 判決で、その時は抵抗せずに受け入れても、後になって「実はあの時は本当は 耐えられないくらいイヤだったのだ」と言い出せばそれはセクハラである、と いう判決が出ていますから大変です。仕事で関係のある女性とは、仕事で必要 な話以外は一切話もしない、必要がない限り見もしないとでもいうのでない限 り、本当に安心はできないということになりかねません。アメリカではすでに、 セクハラを口実とした人種差別やライバルの追い落としなどは日常茶飯事とか。 なにごとも恣意的な判断は問題を起こしがちなものです。 話を痴漢に戻せば、身を守るために、私はとにかく混雑した車両にはなるべ く乗らないことにしています。やむなく満員電車に乗る場合は、片手は鞄、片 手は吊革と、両手のアリバイを明らかにするようにしています。私が通勤で利 用している京王電車には、深夜には女性専用車両というのが設定されています が、いっそ男性専用車両も作ったらどうかと思います。すべて男女別にしたら、 駅のホームが相手を探すアベックでさぞかし混乱するでしょうね。 ■2001/07/24 (火) 依然なくならない不法入国 時事通信の報道によれば、日系3世までは日本で就労できるという現行制度 を逆手にとって、日系人を装ってブラジル人を不法に日本で就労させる組織が 存在するとのことです。日本の戸籍謄本を偽造してビザを取得するという手口 で、ブラジルの警察は日本にも協力組織があると見ているとのことです。相場 は一人115万円とか。日系人であるかどうかの確認方法が日本の戸籍謄本し かないのがつけこまれるスキになっているようです。結婚で姓が変わる日本の 戸籍制度も偽造を見破るのを難しくしているとか。 バブル期の90年に、国内の人手不足に押されて、入管法を改正して日系2 世・3世が特別ビザを取得して国内で就労できるようにしたことがことの起こ りですが、これだけ失業率が上がっている中でも、一度開放してしまったもの を閉ざすということは外交上とても無理というのが現実なのでしょう。もちろ ん、ニーズがあるから不法にでも入国してくるというのも事実で、いわゆる3 kの汚れ仕事の安価な労働力として重宝されているのだろうことは想像に難く ありません。とはいえ、こうした労働力の存在が、3k職場の環境改善の妨げ になったり、あるいは、賃金上昇を妨げて、もっと高賃金であればこうした職 場で就労しても良いと考えている日本人の職を奪っていることも事実であり、 また、労働問題以外にもいろいろと弊害はあるでしょう。 この問題はいまさらどうなるものでもなく、現地警察と連携をとって不法入 国・就労を取り締まる以外にないと思います。教訓とすべきは、産業界などの イージーな要望に乗って、安易な受け入れ拡大措置をとることには、十分に慎 重にならなければならないということでしょう。 ■2001/07/23 (月) 反グローバリゼーションという反動 ジェノバ・サミットが開催され、またしてもグローバリゼーションに抗議す るngoなどによる活発なデモなどが行われ、ついには死者まで出るという事 態に到ったそうです。各国首脳は、反対行動そのものについては理解を示しつ つも、暴力的な運動に対しては強く批判しています。当然の対応と言えるでし ょう。 こうした過激な反対行動は、グローバリゼーションによって自分たちの職が 奪われ、生活が脅かされると懸念する、主に先進国の労働者たちによるものと、 グローバリゼーションが先進国と後進国との経済格差を拡大すると主張する途 上国民とその支援者によるものの二つがあるといいます。すでに一昨年のケル ン・サミットにおいて、グローバリゼーションは世界全体として経済を成長さ せるとしても、一部の国や人々にとっては、それについていくことができない という問題があり、より多くの国と人々が成長の成果を分かち合えるように配 慮すべきとの見解が出されているわけですが、その後さらに反グローバリゼー ション運動が激化していることを見ると、この見解がなかなか実現していない ということになるようです。 これは日本にとっても決して他人事ではありません。先日も、中国産農産物 に対するセーフガードが暫定発動されたように、グローバリゼーションによる 失業や貧困は現実の問題となりつつあります。 もちろん、反グローバリゼーションは、基本的には人間の進歩に対する否定 であって、反動以外の何物でもありません。しかし、人間が進歩を続けてきた 結果、ますます技術や経済は高度化し、かなり多くの人にとって、進歩による 変化のメリットを実現することが難しくなっており、逆に、進歩に乗り遅れる という不安が高まってきているのが現実ではないでしょうか。そういう意味で は、いかにして進歩に対する不安をいかにして軽減していくかという問題が、 反動的な感情や行動を抑え、今後さらなる進歩を続けていく上で、非常に重要 になってくるでしょう。 わが国における安定した雇用、雇用を確保しつつ労使協調で技術進歩に対応 する努力、小さな所得格差といったものは、違った意味で問題があるとしても、 進歩に対する不安を軽減するためには非常に有意義であることは間違いありま せん。それが、日本人による反動的な反グローバリゼーション運動が過激化し ない理由の一つであると考えるのも、あながち無理ではないと思います。 |