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■2001/11/30 (金) 狂気となった市場原理主義 いつまでこんなことを言っているのでしょうか。 この人にはあきれさせられることが多いのですが、「voice」12月号の竹 内靖雄氏「日本経済は病人か」を読んで、いったいいつまでこんなことを言い 続けるのだろうかと改めてあきれました。まあ、この人は資本原理主義の立場 からひねた極論を吐くことで一部でウケに入っている人なので、マトモに相手 にしないのが一番なのでしょうが。 氏に言わせれば、今の日本経済を「病人」や「航空機」に例えるのは適当で はなく、例えるなら「市場という競技場で無数のプレーヤーがやっているゲー ム」だといいます。そして、政府や官僚が介入することでプレーの質が落ちて いるので、この介入を取り除いて、ゲームを正常化させればプレーのパフォー マンスが上がる、ということのようです。たしかに、政府や官僚の過剰かつ不 適切な介入が経済を硬直化させていることは間違いないから、その限りにおい ては正しい指摘でしょう。 氏の原理主義の真骨頂は、ゲームにたとえているのに「ルール」ということ ばが一度も出てこないところです。しかも、審判をこなす「係員」も「この際 退場」だということですから、ルールなき市場への放任を主張しているわけで、 それが「正常なゲーム」なのだそうです。「病気」や「航空機」の比喩は、 「治療」「操縦」という作為を前提としているから気に入らないわけです。 もちろん、こうした目的のためには手段を問わないルールなきゲームの経過 がどうなるかは、当然氏もよくわかっていて、「何があろうと選手全員が死ぬ ことはありえないし、競技場が跡形もなく倒壊するようなこともない」と述べ ています。この比喩自体、同時多発テロを想起させて悪趣味で不愉快ですが、 これは要するに大半の人は死ぬだろうが、それでいいのだということでしょう。 それでも競技場には新たな選手が入ってくるし、死んだ中には生き返って戻っ てくるのもいるだろうから、ルールなきゲームは永遠に激しく続くだろうとい うことでしょう。それが氏の目的なのです。 要するに、氏は市場が活性化していることそのものが唯一の正義であり、そ のためには人間が不幸になろうが死のうがかまわない、という考え方の持ち主 のようです。竹中氏をはじめ、多くの改革論者が主張を修正している中で、見 上げた節操と言えるかもしれませんが、それこそが最悪の原理主義でしょう。 これはもはや狂気です。 ■2001/11/29 (木) どこまで高速道路をつくればすむのか 私は都営大江戸線を利用して通勤しているのですが、今週から、「四国西南 地域道路整備促進協議会」の吊り広告がかかっています。「つなぎましょう、 地域と地域、人と人」というスローガンがあって、高速道路を実線、未供用区 間を点線で示した四国の地図が描かれています。点線で示された四国西南部区 間は基本計画・予定路線であり、「小泉構造改革」がこのまま進むと、現行の 国費を使う枠組みでの建設はほぼ絶望的ですから、地元の危機感は相当なもの でしょう。都営大江戸線で広告するのは、都市部の住民の理解を得よう、とい うことなのか、あるいは都市部、特に首都への財源投入を強硬に主張する石原 都知事などに対する抗議の意味もあるのかも知れません。 しかし、私も四国西南地域に行ったことがないので断言はできないのですが、 地図を見れば見るほど本当にここに高速道路を作るのか、という感じがしてき ます。農林水産業、商工業、観光はもとより、生活、医療にいたるまで必要性 があるのだそうで、たしかに、そのいずれについても、ないよりはあるにこし たことはないということは云えるでしょうが、必要な費用と得られる効果とを 勘案すれば、おのずと違う考え方もあるように思います。 地元の主張は、「決して贅沢を言っていない」「最低限の生活が行え、安心 して医療が受けられ、せめて他の地方部と同じレベル、競争が出来るレベルま で」を望んでおり、そのためには「基礎となる高速道路の整備がどうしても必 要」なのだということです。 しかし、沿線人口一人当たり、利用者一人当たりの国費投入額を考えると、 それは本当に「贅沢ではない」と言えるのか、高速道路がなければ本当に「最 低限」以下なのか、一般道を最優先で走れる救急車のために高速道路を建設が 必要なのか、疑問は尽きません。 「基礎となる高速道路」という言葉には、高速道路がないから地域が発展し ない、という気持ちが感じられますが、現実には、高速道路がないときから、 ある地域より発展していた地域というのもいくらでもあります。むしろ、発展 したから道路ができた、という考え方もあるのではないでしょうか。 結局のところは、「他の地方部と同じレベルまで」、「ヨソが国費で作った のに、我々が作ってもらえないのは不公平」、ということに尽きるのではない でしょうか。その気持ちも良くわかりますが、別の可能性を探ることも大事だ と思います。 ■2001/11/28 (水) 民間だったら耐えられないが 先週末の報道によれば、産業界が切望している連結納税制度が、また先送り されそうだということです。 もともとこれは、2001年に導入されるはずが「企業分割法制などもあり、法 制化作業が間に合わない」という理由で先送りされていたものです。経済界は その際にも、経団連の今井会長が「本当に人手が足りないなら、本気で民間か ら大蔵省(当時)の要求どおりの人を出す。人件費も民間持ちでよい」と述べ るなど、強く導入を求めた経緯があります。 それにもかかわらず、またしても今回、「事務作業が間に合わない」「経済 界の意見が一致していない」との理由で先送りされようとしており、経済界の 怒りも心頭に発しているようです。 このうち、「経済界の意見不一致」に関しては、中小企業に不利だからと難 色を示していたとされる山口日商会頭が「連結納税はぜひやってほしい」と方 向転換を明確化したため、ほぼ解消されたと言っていいでしょう。とすれば、 またしても先送りの理由は「工数不足」ということになります。しかも、今年 は「会社分割法制」のような、他に工数のかかるような大型の案件があるわけ でもありません。 そもそも、これは閣議決定された経済財政諮問会議の「骨太の方針」にも明 記されている案件であり、そんな理由で先送りされていいのかという問題があ りますし、それ以前に、同じ案件を2年続けて「工数不足」で先送りするなど というのは、民間企業であれば極めて屈辱的で、到底耐えられない話です。 もちろん、これは基本的には減収につながる話ですから、財務省としてはハ ナから乗り気でない話ですし、今年はさらにそこに「30兆円枠」なんてもの も出てきて、ますます減収がつらい状況にあります。しかも、減収を穴埋めす べく「変更前後で納税額が変わらないのが筋」という財務省のムラ論理(しか し当人たちは絶対の正論と信じきっている)で持ち出した「付加税」が総スカ ンと来ては、やってられないぜ、という気持ちになるのもわからないわけでは ありません。しかし、気に食わない仕事はサボタージュする、というのが、国 家の財政を預かる役所の態度として適切でしょうか。 財政再建のためには経済財政諮問会議を最大限利用する一方、不都合な内容 は無視する。財政再建を言う一方で、政府系金融機関などの非効率は温存する。 まことに「役所の中の役所」は官庁の病弊という点でもしかりのようです。 ■2001/11/27 (火) 成果主義の不出来な宣伝 今朝の日経新聞の連載特集で、「世界経済のけん引役を務める米国」の原動 力たる「成功や報酬を求め続ける個人の『やる気』を引き出す米企業」と「低 迷する日本企業」の「違い」を探るというインタビューが掲載されています。 今の米国が世界経済のけん引役かどうかは疑問ですし、「変調貿易黒字大国」 という特集で貿易赤字大国の米国を礼賛するのも変な話で、記事もおかしな内 容が目立ちます。 マネックス証券の松本社長は「損をしたら解雇するが稼げる人はどんどんリ スクをとっていいという企業の方が、従業員の能力の平均値は同じでも会社全 体で生み出す付加価値は大きくなる」と云います。本当かどうかは別として、 「損をしたら解雇される」企業が「損をしてもそれを将来への糧として認める」 企業と「能力の平均値が同じ」になるように人材を集めるのは難しいでしょう。 また、「(米企業は)目標に向かってアメとムチがあり、いい馬を探してうま く競わせている」のだそうで、馬扱いの社員もいい面の皮ですが、それでも同 社は米国式を導入「しつつあり」日本人社員も歓迎の声が多い「のではないか」 とのことです。期待と推測だけなのですな、実は。まあ、いずれそういうのが 好きな社員ばかりになればそれで良くなるのかも知れません。 日本geのノーボン社長の発言については、geが毎年下位一割に退職させ るのは有名ですが、それで何年たっても退職させたい人がいなくならないのは なぜなのでしょう。まあ、外資でもありますから、これまたこれが好きな人は そこで働けばいいということでしょう。 守島先生は立派な先生ですが、「従業員が働かないから業績が悪い」という のが「実態を言い当てている部分もある」という一方で「『働かなくなってい る』わけではない」なんて矛盾したことを言っているのはナゼ?それから、た しかにオーバーペイメントなのは事実で、それが「成果に応じて」(主に中高 年の)賃金を減額させてこなかったせいだという考え方もできると思います。 ただ、そのために成果主義にしたところで動機づけ効果は乏しいことは、他な らぬ守島先生も実証されていたと記憶しているのですが・・・リクルートに感 化されたのでしょうか。たぶん日経の記者の問題が大きいのだろうと思います が。 というわけで、成果主義が悪いわけではなく、使い方次第だと思いますが、 こういうprはまずいんじゃないでしょうか、日経さん。 ■2001/11/26 (月) 頭取のなり手がいない? 先月末、北陸銀行が今期決算で最終赤字、国の保有する優先株について無配 となる見通しとなり、犬島伸一郎頭取が引責辞任の意向を表明しました。とこ ろが、その翌々日になって、北陸銀行は「頭取辞任は公式に決定したものでは ない」というコメントを発表しました。犬島氏の辞任の意向は固いと言われて いるにもかかわらず、このような異例のコメントの発表となったのは、なんと 後任の頭取が決まらないかららしいということですから驚かされます。北陸銀 行は経営再建に取り組み、平成15年度には復配するとの計画を示しています が、これが本当なら、後継頭取が決まらないということがあるでしょうか。 北陸銀行はどうやら財務省に後継頭取派遣を要請して断られたらしいとの話 もあります。まあ、現経営陣の失策で経営不振に陥ったのだという責任論から は、財務省に後継頭取を仰ぐのも大いに一理ある判断ですが、断られたのでは どうしようもありません。たしかに、日本の冠たるエリートである財務官僚に してみれば、北陸銀行には失礼な言い草になりますが、富山県の、いいかげん 傾きかけた銀行のトップに担がれて、着任早々責任追及というのはいかにも気 の進まない話でしょうから、後継頭取の派遣を断るのも、なり手がいないのも わからないではありません(しかし、財務省にも北陸の現状に一定の責任はあ り、後継頭取を出すのも筋の通った話だとも思いますが)。 富山県の仲沖知事や、日銀の鈴木金沢支店長も、「頭取は一生懸命やってい たのに気の毒」「相当に周辺まで切り取る処理で、経営者の英断であり、良い 赤字」などと高く評価し、間接的に頭取を慰留するメッセージを出していると か。ちなみに、鈴木氏は「都銀並の処理なら赤字にならなかった」との見解を 示しているそうですから、これはこれでいやはやという感じです。 それにしても、生え抜きの経営陣の中にも、経営トップになろうという人が いないとすると、本当のところは相当やばいのではないでしょうか。いかに傾 いたとはいえ、自分が長年奉職し、出世を競ってきた会社の経営トップになり たくないなどということが起きるというのは、再建可能な企業ではありそうも ない話のように思われるのですが。。。。 |